虚飾男の末路
「ざけんじゃねえ!! そんなこと、許されるわけねえだろ!!」
観客を沸かせ、プレイヤーを震撼させた一言に、権蔵が激昂した。
敗北と反則は、即・死刑。
――あまりにも重すぎる罰だ。
その抗議に、幸子も声を上げる。
敵チームのメンバーも呼応し、口々に叫ぶ。理不尽だ。重すぎる。狂ってる。
……ただ、どこか納得できる気もして。
だから和樹は、何も言えなかった。
このゲームは最初からおかしかった。
五千万円という報酬も、参加しただけで手術費が免除されるというのも、すべてが異常だ。
「和樹……さん」
考えに沈んでいた和樹の背中を、梨乃がそっと掴んだ。
顔面は真っ青で、細かく震えている。
和樹は彼女の肩を軽く叩いて落ち着かせると、司会者に目を向けた。
権蔵たちが騒ぎ立てる中、彼は一言も発さず、静かに佇んでいた。
その表情は、読み取れなかった。
「私はこの仕事が大好きです」
ようやく開いた口から出たのは、理解しがたい言葉だった。
「少子高齢化、自然災害、経済の低迷……今の日本はたくさんの問題に直面しています。でも、あなたたちを見ていると、再認識できるんです。――ああ、日本はなんて幸福に満ちた、素晴らしい国なんだ、って」
その声は優しかった。まるで親が子を諭すように、穏やかに。
だからこそ、背筋が凍るほど、不気味だった。
「だってそうでしょう? あなたたちのような人間でも、“大人”を名乗れるほどの時間を生きられるんですから」
その言葉に、誰もが黙り込んだ。
反論できなかったわけではない。ただ、口を開くことすらためらわせる、異質な狂気がそこにはあった。
そんな権蔵達に、司会者はさらに畳みかける。
「子どもを戦場に送り出す国がある。過酷な労働を課す国がある。生まれて十数年しか経っていない子どもに、過剰なクオリティを要求するこの世界で――あなたたちがここまで長く生きられた理由なんて、ただ“生まれた国がマシだった”ってだけでしょう?」
理屈は、あまりに暴力的だった。
だが、だからこそ胸に刺さった。
「今こそ、自分の現在地を自覚すべきです。多くの人は、明確な挫折を経験せずに堕ちていく。あなたたちのように。ここは社会の底の底。人としてやり直したいのなら――今日という日を全力で戦いなさい」
「……それでも、命まで取る理由なんてないだろ」
絞り出すように、権蔵が声を上げた。
司会者は小さくため息をつき、マイクを持ち直す。
「あなたたちが“支払えるもの”って、“掛けられるもの”ってなんですか?」
司会者はさらに続ける。
「確かに命を奪う理由は、私たちにはありません。でも――命を賭ける理由なら、あなたたちのほうにあるでしょう?」
その言葉に、もう誰も何も言えなかった。
「覚めない夢なんてない。そろそろ見るべきです。あなたたちがずっと目を逸らしてきた“現実”というものを」
司会者の静かな“正論”に、権蔵たちは完全に黙らされた。
そんな重苦しい空気の中、突然――
「おい、テンポ悪いぞ。無能司会」
声を上げたのは、青チーム・三番。最年少と思しき少年だった。
ゼッケンの肩を指で弾きながら、凶悪な笑みを浮かべて司会者を睨みつける。
「さっさと始めようぜ。……楽しみで仕方ねぇんだよ」
その言葉に、プレイヤーたちは驚愕の表情を浮かべ、観客席からは拍手が巻き起こる。
「これはこれは……大変失礼いたしました」
司会者は深々と頭を下げると、両手を広げ、空気を一変させた。
そしてすぅっと息を吸い込み、マイクを口元に添える。
「――『ここ掘れワンワン』、スタートです!!」
こうして、地獄のゲームが幕を開けた。
***
「一ラウンド目。スタートです」
その司会の一言により、司会の後ろのモニターが動き出す。
六百の数字を刻むカウントダウン。それは話し合いフェーズの制限時間だ。
あの数字がゼロになる前に、和樹たちは骨を動かさなければならない。
「チっ!! 俺が行く。早い方がいいだろ」
始まったゲームをいち早く動かそうと名乗り出たのは権蔵だった。
権蔵は背中を梨乃に掴まれる和樹を見て舌打ちすると、ずんずんと骨入れに向かった。
――このゲーム。ルールは単純な運ゲーだ。どっちが先に鍵を見つけられるか、それだけ。
鈴丸権蔵。
齢三十にして起業。普段は大手企業の社長として、社員を束ねるリーダー。
それは虚構を重ねた彼のスペックである。
しかしもしも彼に誠実さを求めるのならば、答えは変わって来る。
借金五百万円。フリーター。虚言癖。
競馬やパチンコにのめりこみ、現実を見れずに嘘で塗り固めたような男。
それがありのままの彼のスペックだ。
――大丈夫だ。考えは間違ってないはず。これで勝てば、全てがうまくいく。
そんな小さい自分を嘘で固め、大きく見せている権蔵。
自分の正体を自分にも見えないように、隠し続ける。
そうしていつしか分からなくなった自分を、また見えないように隠す。
本当の自分は嘘の自分で嘘の自分が本当の自分で。
今震えているのは嘘の自分。本当の自分はもっと、もっと、もっと――。
「これは運ゲー。ならば、試行回数を重ねられる先行が圧倒的に有利」
このゲームは先に鍵を見つけた方が勝ちだ。
ならば単純に、先行の方が試行回数を一回多く稼げるはず。
――俺の借金も、あの気に入らない和樹ってやつも、梨乃ちゃんの心も。全てが――。
「ごんぞうさ……」
直前、和樹が何かを叫ぼうとしたが、瞬間的に引っ込める。その行動の心意に気付いた者は、まだ一人だけ。
権蔵は震えながら骨入れに手を伸ばし、ざらついた一本を掴みあげ、持ち出した。
そしてそれに伴い、その機体は起動した。
「……っは?」
――機械が、唸った。
折りたたんでいた足を延ばし、その巨体の全貌を明らかにしたシロが、骨を動かされたことを捕捉した。
猛スピードで迫るシロに驚愕し、身動きの取れない権蔵。
シロは権蔵の前で止まると、穴を掘り始めた。
「ここ掘れワンワン♪♪ ここ掘れワンワン♪♪」
そうして、虚構にまみれた彼の人生は、四メートル超の犬型ロボットに潰されるという、嘘みたいな方法で幕を閉じた。
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