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『犬神物語』 〜転生少女と不思議な絆〜  作者: 犬神 匠
第八話 渡島編 後編
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『白と黒の贈り物』37

夜の風が、縁側の障子をやさしく揺らしていた。

虫の音が静かに響いて、空はすっかり夜の色。


陽花里は、赤ん坊の陽一を腕に抱いて、

縁側にそっと腰を下ろした。


その胸にぴたりと寄せるように、

子守唄が、ひとつ、静かにこぼれる。


♪ ゆれる ゆれる 月のかげ

 そっと そっと まぶたとじ

 だいじょうぶよ そばにいる

 ねんね ねんね こもりうた


(……この声……)


わたし――チップは、縁側の下でぺたりと伏せながら、

そのやさしい歌声に耳をすませていた。


どこか懐かしくて、心がとろけそうで。

その音色が、空気ごと包んでくれるみたいだった。


みぃちゃんも、陽花里の足元で小さく丸まりながら、

とろんとした目で、声の余韻にうっとりしている。


やがて陽一は、すやすやと寝息を立てて、

陽花里の胸のなかで穏やかに眠っていた。


その姿に満足したように、守が毛布を広げ、そっと陽一をくるむ。


(……家族って、こういうの……なのかな)


そう思ったら、胸の奥がきゅんとした。


夜の空気は、ひんやりとしていて――

でも、背中に感じるぬくもりが、ずっと心をあたためていた。


わたし――チップは、縁側の前の庭で、ぺたりと寝転んでいた。


すぐそばには陽花里。

みぃちゃんとわたしの間には、寝かしつけた陽一を毛布でくるみながら、

守が静かに、空を見上げていた。


ふと目を上げると、そこには――

満天の星空。


どこまでも透き通って、

こぼれ落ちてきそうなほど、星たちが瞬いていた。


「……見て、チップ。

 あの星たち……ぜんぶ、いのちなんだよ」


隣から聞こえた陽花里の声は、

夜風のように、静かでやさしかった。


「誰かがね、どこかで願ってるの。

 誰かを想って。

 あんなに遠くの光でも……届いてるって、信じてるんだよ」


その言葉が、私の中で、そっとほどけて――

そっと星空を見上げた。


(……きれい……)


でも、それだけじゃない。

私は、陽花里の声を聞きながら、

あの光の中に、やさしい気持ちが生きてることを感じた。


「ねぇ、チップ……

 あなたは、どんな星になりたい?」


こたえることはできなかったけど――


(……大切な誰かのそばにいて、笑ってくれる星……)


そんな想いが、ぽつりと心に灯っていた。



……でも、これは“夢”。

そう、分かっているはずなのに。


私は、今もそのことをちゃんと覚えている。


だけど――この夜だけは、

きっとずっと、心の中で灯ってる。


星を見上げるたびに、

思い出すんだ。


あの声と、あの光。

そして、やさしい“おやすみ”のぬくもりを――。


***


夜の風が、白いレースのカーテンをふわりと揺らす。


……眠っている犬神さんと、小川さん。


静かな寝息が部屋の奥から聴こえてくるなか――


私は、ベランダに出て、空を見上げていた。


ほんのり月明かりの差す場所に立ちながら、

そっと目を閉じた、そのとき。


『……ヒカリちゃん』


私の隣に揺らめいていた光希の姿は、

あたたかな“光のモヤ”のように、ゆらりと揺れていた。

小さな、けれど確かな声が、胸の奥に響く。

風に乗ってではなく――

私の中に宿る、もうひとつの“光”から。


『ごめんね。ずっと、黙ってて。

 でも……ヒカリちゃんが、ちーちゃんと笑ってるの見てると……なんだか、それだけで……幸せで』


私は、そっと目を細めて、心の中で笑う。


「……わたしも、あなたがいてくれてよかった」


『あのとき――

 ちーちゃんがくれた、お守り。

 病室で、ずっと枕元に置いてたの……

 ヒカリちゃんが、それを手にしてくれたとき――

 わたし、あなたの中にいられるようになって……

 そこからずっと……ちーちゃんのこと、見てたの』


「……そうだったのね」


風が、そっとふたりの間を吹き抜ける。

だけどその距離は、決して冷たくない。


『ヒカリちゃんのおかげで……

 ちーちゃんの笑顔、たくさん見られた。

 臨海学習で、波打ち際ではしゃぐ姿。

 合宿で、あんなにおっきな声で笑ってた姿。

 ショッピングモールで、わたしが……行けなかったところも、ヒカリちゃんの目を通して、ぜんぶ、

見てこれたんだよ』


言葉を失った私に、光希の声がふんわりと重なる。


『……ありがとう、ヒカリちゃん。

 わたしに、“ちーちゃんとの未来”を

見せてくれて――』


胸の奥が、ぽうっと熱くなる。

魂の奥まで染みわたるような、“ありがとう”。


私は、そっと心に問う。


「……犬神さんに、……伝えても、いい?

 あなたの想い――お見舞いのことも。

 あのとき、嬉しかったって」


『……ううん。恥ずかしいから……言わないで』


少しだけ揺れたその声に、こらえきれない嬉しさが滲んでいた。


『でも……ありがとう。

ヒカリちゃんが“わたしの代わり”だったんじゃなくて――ヒカリちゃん自身が、大切な“ちーちゃんの友達”だったから。……だから、こんなにも嬉しかったんだと思う』


私は、そっと胸に手をあてる。

ヒカリとしての心が、たしかに光希のぬくもりを抱きしめていた。


「……わたしも、犬神さんの笑顔が、大好きだったから」


ふたりの光が、やさしく重なって――

風のなかで、ただ静かに、寄り添っていた。


月は、雲の切れ間から顔を出し、

そっと夜を照らしていた。


風がやさしく吹いた。

光希の輪郭が、ふわりと滲んでいく。


『ちーちゃんのこと……よろしくね』


ヒカリは、そっと目を伏せながら――

すこしだけ、優しく微笑んだ。


「……ええ。言葉にはしないわ。

 でも……あなたの気持ちは、きっと届く」


『ありがとう……ヒカリちゃん……』


ふわっ、と光がほどけて――

その声もまた、夜の風に溶けていった。


ヒカリはひとり、ベランダに立ち尽くす。


……もう、隣には誰もいない。

だけど胸の奥には、“光希”という少女のまっすぐな願いが、たしかに残っていた。


ヒカリは、そっと目を閉じた。

風の音が静かに流れ、

夜の空気がふわりと頬をなでていく。


少しの間、言葉を抱えたまま――

やがて、ぽつりと声がこぼれる。


「……運命が、どんな形で私を壊そうとしても――」


「私は、あの子たちの笑顔を守る」


「……それが、“私”にできる、最後の願いだから」


その声は、夜空に吸い込まれていった。


そして――

ヒカリは静かにベランダを後にし、

そっと眠るふたりのそばへと、戻っていった。


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