『白と黒の贈り物』34
湯けむりの余韻に包まれた休憩室で、みんな思い思いのドリンクを楽しんでいたそのとき――
「ねぇねぇっ、玲奈先輩っ!」
メロンソーダを半分ほど飲み終えた亜沙美が、くるっと身を乗り出すようにして声を上げた。
「この別荘に……地下にゲームルームあるって噂、本当ですか〜っ!?」
そのひと言に、部屋の空気がぴくっと動く。
「えっ!? ゲームルーム!?」
「マジで!? 地下!?」
チハルが目をキラッキラにさせて、反応した。
玲奈は、紅茶の瓶を指先でそっとまわしながら、微笑みを浮かべた。
「……ええ。父の“ちょっとした趣味”でして。地下に、小さな娯楽室を作ってあるの」
「小さなって言って、どうせすっごいやつなんでしょ〜〜〜っ!?☆」
亜沙美が瞳を輝かせながら身を乗り出す。
「ふふっ……そこは、見てのお楽しみですわ」
「いこっ!ねぇみんなっ、地下だよ!?ゲームルームだよ!?これは行くしかないでしょ〜〜〜っ!!」
チハルがぴょんっと立ち上がって、バスタオルをぱたぱたさせながらはしゃぐ。
「汗かいても大丈夫なんやろ?」
天音がちらっと玲奈を見やる。
「もちろんですわ。お部屋にもシャワーとバスタブがございますし、もう一度温泉に浸かっていただくのも、おすすめですわね」
玲奈は、にこりと優雅に微笑む。
「わわっ……っ!!」
「な、なにそれっ、ぜったい最高じゃ〜〜〜んっ!!」
チハルが、ぱぁっと顔を輝かせて、思わず両手でほっぺを押さえながらくるくる回る。
「じゃあ……行きますかっ?ねぇっ、みんなで〜〜っ!!」
美咲もぴょこっと立ち上がって、瓶をそっと棚に戻しながら、にこにこ笑顔で声を弾ませる。
「レトロゲーム、あるかな〜っ♪」
ワクワクが止まらない様子で、亜沙美がみんなを先導する――
その背中に、玲奈がひとこと、ぴしりと声をかけた。
「……なお、ゲームは夜九時までとさせていただきますわ。
それ以降は、お静かにお過ごしくださいませ」
「「「はぁ〜〜〜〜〜〜いっ!!」」」
そして――
笑い声と足音に包まれながら、一行はわいわいと地下へと向かっていくのだった。
地下への階段を降りていくと、そこには、ほんのりと明るい照明が灯った廊下が続いていた。
木の壁と黒いフロアがどこか落ち着いた雰囲気を醸していて、別荘の中とは思えない静けさがある。
「うわぁ……この感じ……なんか、秘密基地みたいっ」
チハルがぽそっと呟いたその先――
廊下の突き当たりに、ひとつの木の扉が見えた。
取っ手に手をかけた玲奈が、ふっと微笑む。
「では――開けますわよ」
ぎぃ、と音を立てて扉が開かれると、
中には色とりどりのランプが灯るレトロゲームの楽園が広がっていた。
……その扉の横には、さりげなく貼られた注意書きの札があった。
※ご利用は21:00までとなります。
それ以降はお静かにお過ごしください。ご協力をお願いいたします。
まるで美術館のようなフォントで書かれたその札に、
チハルは「わ、ちゃんとしてる……!」と、思わず背筋を伸ばす。
――が、次の瞬間。
「うわっっ!!なにこれっ!!やばっ!!」
「ほんとにゲームセンターじゃんっ!すご〜〜〜〜っ!!」
扉の向こうに広がる光景を目にしたチハルと美咲は、目をまんまるにして、
そのまま勢いよく中へと駆け込んでいった。
奥にはネオジオの筐体が並び、
その隣にはエアホッケー台、ダンスダンスレボリューション、さらに懐かしのワニワニパニックまで――!
「これは……ウチのパパも泣いて喜ぶラインナップです〜〜〜〜〜っ!!」
美咲が興奮気味に叫ぶ。
「ふふっ、これは……“昭和レトロ”ってやつですね〜〜〜っ♪」
愛衣も目をきらきらさせながら、ゲーム機に顔を近づけている。
「ネオジオ……久しぶりやなぁ。
昔、近所の子らと集まって、ようゲーセンの片隅で遊んでてん。
この筐体のボタンのカチカチ音、なんや懐かしすぎて泣きそうやわ〜……」
天音が目を細めて、懐かしむように筐体を見つめた。
「すごいな。これ……すべて稼働してるのか?」
隆之がすっと近づいて、ひとつひとつのゲームを点検するように眺めていく。
「当たり前ですわ。父の“趣味”ですもの」
玲奈が肩をすくめながら、ちょこんとプリクラ機の前のソファに腰を下ろした。
「というわけでっっ!!」
亜沙美が前に出て、手を高く掲げる。
「ここからは“真夏のゲームフェスティバル”開催で〜〜〜〜っす☆」
ぱちぱちぱち〜〜〜っ!
拍手が響き、まるで夏祭りのような空気が広がっていく――
「ふふ〜……せっかくだから、最初はこれから、どうですか〜?」
愛衣がそう言って指さしたのは――
カラフルなライトが瞬き、左右に設置されたパネルがやけに存在感を放つ、リズムダンスゲーム。
その名も、ダンスダンスレボリューション。
略してDDR。
「……気になってた。少し、挑戦してみようかしら」
画面を見つめながら、ヒカリが静かにステップ位置に立つ。
部屋着の裾がふわりと揺れて、足元のライトに淡く色が映った。
“鬼モード・選択中”
「えっ、ヒカリ!?それ……最高難易度じゃ……っ!」
チハルの声も届かぬまま、ヒカリは冷静に画面を見つめ続ける。
「……大丈夫。足さばきなら、得意なはず」
だけど――
♪タッタカッターン!!♪
軽快すぎるイントロと、
文字通り“人間離れ”したステップ数に、ヒカリの足がついていかない!
ドッタン!バッタン!ズザッ!!
「…………っ!? あれ……っ、踏み……にく……っ」
どたばたッ!!
ステップミス連発!!
ヒカリ、まさかの――地団駄っ!!!
「……くっ……ま、まだいける……!!」
ダダダダダッ!!!
表情は真剣そのものなのに、
足元だけは、まるで拗ねた子供が駄々をこねているみたいにバタバタと!
チハル「えっ、ちょっ!?ヒカリっ!?それ、“ステップ”っていうか……」
美咲「じ、地団駄ですぅ〜〜〜っ!!」
天音「……怒ってるん?ゲームに?」
愛衣「ふふ〜……あれはもう、“舞”ではなく、“闘”ですねぇ〜〜っ♪」
そして――
“MISS MISS MISS GREAT MISS”
画面は、容赦なく告げた。
GAME OVER
「…………」
ヒカリはしばらく無言のまま、
足元のマットをじっと見つめていた。
(……どうして、私、こんなに悔しいのかしら……)
次の瞬間――
ヒカリ、リトライボタンをポチッ。
第二ラウンド、開戦っ!!
――その様子を後ろから見ていた、美咲と天音が、顔を見合わせる。
「……ヒカリ先輩、なんだかんだで、すっごく負けず嫌いですね……っ」
美咲が少し笑いながら言うと、
「うちらも……やる?」
天音がネオジオの筐体を指さす。
画面には、昔ながらの2D格闘ゲーム。
選択キャラは、すでに美咲:お団子髪のちびプロレスラー vs 天音:長髪クール系剣士。
「よぉしっ……いきますよぉ〜〜〜っ!!」
美咲のスイッチ、オン。
ネオジオ対戦、開幕!!
続く戦いの火花と、DDRでバタバタするヒカリ――
地下のゲームルームに、賑やかな“夏合宿の夜”が響き始めた。
⸻
「おりゃ〜〜〜っっ!!必殺ドロップキックです〜〜っっ!!」
画面内で、小柄なキャラが華麗に跳ねる。
ボタンをバチバチ連打しているのは、美咲――
その顔は真剣というよりも、ほとんど“ごはんにありつく時”と同じ表情。
「ちょっ、ウチのキャラが……ずっと浮いてるやん……」
天音は両手で操作しながらも、どこかほんわか笑っている。
選んだキャラは、クール系の長髪剣士。
なのに――ジャンプからの連続攻撃で、一方的に追い詰められていた。
「やっぱりこのゲーム、楽しいです〜〜〜〜っ!!
わたし、パパとよくやってたんですよっ。ネオジオ好きなんです〜〜っ!!」
「わぁ〜、すごいな美咲ちゃんっ!めっちゃコンボ決まってるっ!」
「かわいい顔して、容赦ないな〜〜……」
後ろで見ていたチハルと亜沙美が、きらきらしながら声をかける。
「えへへ〜〜っ、対戦は遠慮しないのがルールですっ!」
美咲がちょっとだけキメ顔で言ったその瞬間――
「せやけど……そろそろ、ウチの番やでっ」
天音が、くいっと指を鳴らす。
次の瞬間――
ドカッ!バキィ!ズババババッ!!!
「うわっ、えっ!? あれっ!?動け――わっ!? えっ、えええっ!?!?」
美咲のキャラが画面の端に追い詰められ、
天音の怒涛のコンボが止まらない!
「ここからは、ずっとうちのターンやぁっ!!」
天音のキャラがシュパッと切り込み、ジャンプキャンセルからの空中斬撃!!
バッキン!バッシィ!!キラキラエフェクト乱舞!!
「え、えええ〜〜〜っ!?!?」
「ちょ、ちょっとぉっ!!」
「あのっ……まだ“私のターン”来てないんですけどぉぉぉ〜〜〜っっ!!」
後ろで見ていたみんなが、ぷっと吹き出す。
「それが格ゲーや! うちは止まらへんで〜〜っ!!」
「なんせ、格ゲー部門では“日向のクイーン”って呼ばれてたんやからな〜♪」
「えええ〜〜〜〜っっ!?!? そんなの聞いてません〜〜〜〜〜〜っ!!」
天音のコンボは止まらず、画面の美咲キャラはぴょんぴょん跳ねて宙を舞う!
「や、やめてくださいっ! 空飛んでるだけで、着地できないんです〜〜っ!!」
わちゃわちゃ大騒ぎの中で、ネオジオ筐体のスピーカーからは勝者ボイスが流れていた――
『Perfect Victory』
天音、静かにピース。
「……うち、ちっちゃい頃からこれだけは強いんよ」
美咲は、ほっぺをぷくーっとふくらませたまま、
ちょこんと天音の隣に座り込んだ。
「も、もう一回っっ!!」
――このあと、二人のバトルは、
“笑いが一段落したところで幕を下ろした”という――。
*
ゲームルームの片隅――
明るいランプの灯りが瞬くなか、やや静かなベンチスペースに、玲奈・亜沙美・長谷川の三人が腰を下ろしていた。
「明日の午後は海水浴、その後バーベキュー、夜は肝試しに花火大会……流れに無理がないか、もう一度確認しておきたいわね」
「はいっ!広報用のスケジュール表も、修正バージョン作ってありますよ〜っ☆」
「備品チェックは任せろ。肝試しのルートもさっき再確認してきた」
それぞれに役割を確認し合いながらも、どこか和やかな空気が流れていた。
夏合宿という一大イベント――生徒会にとっても、一つの晴れ舞台だった。
と、そこに。
「生徒会長〜、こんなところにいらしたんですね〜〜」
ふわりとした声と共に、ひょこっと現れたのは――
生徒会書記の柚葉だった。手にはミニノート。
杉本柚葉。生徒会の縁で玲奈や亜沙美とは親しく、そして美咲とは同じ一年生の友人。
どこかほんわかした雰囲気をまといながらも、抜群の事務処理力を誇るしっかり者だ。
「明日のイベント内容、私の方でもチェックしておこうと思って……
肝試しの順路と、花火の設営場所、もう一度整理したくて」
「助かるわ、柚葉さん。いつもありがとう」
玲奈がやわらかく微笑むと、柚葉も照れくさそうに小さく会釈を返す。
そのやりとりの最中――
「うう〜〜〜っ……天音先輩っ、ひどいですぅ〜〜〜〜〜っ!!」
後ろから泣きそうな声とともに、ふらふら〜っと戻ってきたのは、美咲だった。
「わ、わたしのターン、一瞬で終わっちゃったんですけど〜〜〜っ!?!」
「……うちのターン、終わってへんかっただけや〜♪」
天音が後ろでのほほんと手を振る。
「ふふっ、美咲ちゃんらしいな」
柚葉がくすっと笑って、すぐに手をひらひら。
「美咲ちゃんもここにいたんだね〜。じゃあさ……ちょっと気分転換に、ワニ叩いてみない?」
「えっ、ワニ……って、まさかっ、ワニワニパニックですか〜〜っ!?」
ぱあぁっと顔を輝かせる美咲。
その隣で、柚葉も小さく頷く。
「うん、あそこの台、今ちょうど空いてるから。一緒にどうかな〜って」
「やりますっっ!!」
目をキラキラさせた美咲が、いちごミルク片手に勢いよく頷く。
「よーしっ、次は負けませんよぉ〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」
ふたりは笑いながら、並んでゲーム台へと駆けていった。
その背中は、まるで小さな“仲良しコンビ”のようで――
その様子に、亜沙美がふっと微笑む。
「ふふっ、可愛い〜〜♪」
そして間もなく、ゲーム台の方からは
「バシンッ!」というワニを叩く音と、
「きゃあっ!?」「そっちじゃないよ〜〜っ!」と、にぎやかな声が響きはじめる。
そのとき――
バスケットシュートゲームの前で、
「よ〜〜しっ! いっくよ〜〜っ!!」
チハルが勢いよくボールを放り投げる。
そのフォームは少しぎこちないけれど、
跳ねるように動きながら、夢中になってシュートを繰り返す姿は―― フォームは荒いのに、伸びしろだけがまぶしい。
「チハル、ほんっと楽しそうだね〜〜っ」
亜沙美が目を細めて、嬉しそうにメロンソーダをちゅっと飲む。
「ほんとうに……ああして、何にでも夢中になれるのって素敵ですわね」
玲奈も紅茶をそっと口に運びながら、
やわらかく微笑んだ。
長谷川はふたりの会話に軽く相槌を打ちつつ、
そんなチハルの姿を、静かに見つめていた。
「……犬神に、バスケの楽しさを教えてやるかっ」
ぽつりと呟いた声には、
どこか兄のような、やさしい響きがあった。
ポケットに手を入れ、コインをひとつつまみ上げると、
すっと立ち上がる。
「ちょっと、様子見てくる」
その言葉に、亜沙美が「ふふっ、がんばって〜」と背中を押すように笑った。
そう言って背を向けた長谷川に、玲奈は言葉をかけなかった。ただ、そっと、微笑むだけ。
(ほんと、わかりやすい人ですわね……)
少女たちの笑い声が交錯する中、
ゲームルームには、またひとつ、新しい空気が流れ始めていた――。




