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『犬神物語』 〜転生少女と不思議な絆〜  作者: 犬神 匠
第八話 渡島編 後編
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『白と黒の贈り物』33

別荘の一階、ひんやりとした空気の中で、冷蔵棚のライトがぼんやり灯っている。

お風呂上がりの湯気がまだ頬に残る時間――最初に休憩室へやってきていたのは、玲奈と亜沙美だった。


別荘の一階、冷房の効いた休憩室に、ひんやりした空気とほんのり紅茶の香りが漂っている。

冷蔵棚のライトが優しく光るその空間に、先にやってきていたのは、玲奈と亜沙美のふたりだった。


「……ふぅ、やっぱりこれですわね」


瓶入りのストレートティーをひと口。

玲奈はゆったりと椅子に腰かけ、目を閉じる。

その所作は、まるで“紅茶の儀式”。


「今回の夏合宿、準備してきた甲斐がありましたわ。

スケジュールも別荘の手配も……いろいろ大変でしたけれど、みなさんの笑顔を見ていると、そんな苦労も忘れてしまいますわね」


「ほんっと、それですよ〜っ!」

亜沙美がにっこにこで、両手に持ったメロンソーダをシュワッと開ける。

瓶の中の泡が、楽しげに踊っていた。


「先輩、覚えてます? あたし、あの企画書の資料づくり、

“スライドのページ多すぎ”って言われて、泣きながら削ったんですよ〜〜〜っ!」


玲奈は静かに笑みを浮かべながら、ふたたび紅茶をひと口。

その優雅さの中に、ほんのすこしだけ、お姉さんっぽい優しさがにじんでいた。


「でも……おかげで、広報部らしいまとめ方になっていましたわ。さすがですわね、亜沙美さん」


「わぁ〜〜っ!ありがとうございますっ☆」

嬉しそうにメロンソーダを掲げてから、くいっと飲む。


「ほらっ、見てください先輩っ!この透けるエメラルドっ☆ “映え”しか勝たんですっ〜〜っ♪

広報レポにも“癒しコーナー”ってタイトルでこの瓶、載せますからねっ♪」


玲奈は思わず肩をすくめるように笑った。

「……まったく、あなたって本当に前向きですわね」


そんなふたりの笑い声に誘われたように――

休憩室の引き戸がガラッと開いて、湯気と笑い声が

どやどやと入ってくるのだった。


「おっ、先輩たちもう来てたんだ〜!」

チハルがぱぁっと明るい顔でふたりに手を振る。


「そういえば、玲奈先輩と亜沙美って……サウナ入ってなかったの?」


玲奈はゆるやかに紅茶を回しながら答えた。


「ええ、私は……あまり熱いのが得意ではなくて」

「香りは好きなのですけれど、あの熱気は少し……刺激が強すぎますの」


「そそっ!あたしも〜〜!!あっついのホント無理でさ〜〜っ」

亜沙美が全力で首を横に振る。


「でも……明日あたり、がんばって挑戦してみようかな〜〜とは思ってるよ?」


「うんうんっ! もし気が向いたら、ぜひ行ってみて〜〜っ!」


「サウナでたっぷり汗かいて、水風呂でキュッと締めて、そんで外気浴〜〜っ!」

「このルーティンがね、最高に気持ちいいんだよっ。ととのう〜〜っ!って感じで!」


チハルが両手をぱたぱたとあおぎながら、満面の笑顔を見せる。

その目が、何かを見つけたワンコみたいにきらんっと光って――冷蔵棚のほうへぴょこっと視線を送った。


「うわっ、瓶ジュース色んな種類のがあるっ…!え、これって……もらってもいいんですかっ?」


振り返って、ちょっとだけ不安げに玲奈を見上げるチハル。

その顔は、さっきまでサウナで戦ってたとは思えない、

わふっとした子犬感満載。


玲奈はすっと微笑み、静かにうなずいた。


「ええ、もちろん。皆さんのために用意したものですわ」


「やったぁ〜っ!玲奈先輩、ありがとうございますっ!!」


喜びが爆発したチハルは、ぴょんっと飛び跳ねるように冷蔵棚へ駆け寄ると、

迷わずコーヒー牛乳を手に取って――


ぷしゅっ!とふたを開け、ゴクゴクゴク……!


「ぷはぁ〜〜〜〜〜〜〜っっ!! やっぱこれだよねぇ〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」


まるで魂ごと昇天していったような顔。

その幸せっぷりに、部屋の空気が一気にゆるんだ。


その様子を見た他のメンバーたちも、

「ありがとうございます」や「いただきます」など、思い思いの言葉を添えながら、

それぞれお気に入りの瓶を手にしていく。


続いてやってきた美咲は、髪のタオルをそっと外しながら、ちょこんと冷蔵棚の前に立つ。


「わ、わたし……いちごミルク、にします〜っ」


瓶を両手でぎゅっと抱えて、おそるおそるひと口。


「んふぅ……あまっ……しあわせですぅ〜〜〜〜っ……!」


天音は、そのとなりで炭酸サイダーを持ち上げて

にやっと笑う。


「これやって〜〜! しゅわ〜〜〜っ……が、夏って感じやんかっ!」


そんななか。

冷蔵棚の一番奥に並んでいた、ひときわ色の濃い瓶に、すっと手が伸びた。


ヒカリだった。


みんなが手を出さなかった、あの1本――

渡島産青汁ストレート100%。完全ノンブレンド。苦味特化の伝説級ドリンク。


「ヒカリっ、それ、マジで……!?」

チハルの声がうわずる。


「ヒカリちゃん、それはヤバいって!まじで“草”やで!?」

天音がサイダーを飲み込みながらガチトーンでつっこむ。


「お野菜じゃなくて、畑そのものです〜〜〜っ……っ!!」

美咲は瓶を抱きしめるようにして震えていた。


だけどヒカリは――瓶のふたを静かに開けて、そのままごく、ごく、ごく……と、

まるで何でもないように一滴残さず飲み干した。


「んふっ……これがいいのよ。昔から、好きだったの」


その声はどこか、懐かしい音色に満ちていた。

チハルの胸の奥が、ふと、ぎゅっとなった。


(……あれ……?)

(なんで……今の言い方……どこかで聞いたような……)


思いが言葉になる前に――

もう一枚の扉がガラリと開いた。


「お〜っ、なんか、えらい集まってるな」


タオルを肩にかけた長谷川が、さっぱりした顔で入ってくる。

その後ろには、緑茶のペットボトルを手にした隆之もいた。


「まさか二人でバスケしてたとか〜?」

亜沙美がにやっと笑いながらからかうと、長谷川が軽く肩をすくめた。


「バスケしてたんだよ」

長谷川が軽く笑って肩をすくめる。

「こいつ誘ったら、ちゃんと付き合ってくれてさ」


「体力維持は合理的だ」

隆之はさらりと言いながら、緑茶を口に運ぶ。


「え!?隆之って、バスケしてたのっ!?」

チハルがびっくりして振り返る。


「てっきり、日向より日陰を選ぶ系男子や思てた〜〜っ」

天音も思わず吹き出す。


美咲が両手でいちごミルクを抱きしめながら、ぽそっと呟いた。

 

「隠れイケメン属性……ですぅ……」


そんな空気の中――

ヒカリが手にしていた瓶に、ふと長谷川の視線が止まる。


「おっ天野、なんか面白いの飲んでるな。

それ、ちょっと一口いい?」


何気ない調子でそう言った長谷川に、

ヒカリは瓶を持ったまま、ふわりと視線を向ける。


そして、迷いもなく――

瓶をすっと差し出した。


「……飲んでみる?」


声は静か。でも、どこかほんのり甘くて。

差し出されたその仕草には、なぜだか妙にドキッとする気配があった。


長谷川が自然に手を伸ばしかけた、そのとき――


「だめええええええええええええっっ!!!」

チハル、天音、美咲の三人が即座に叫んだ。


「間接キスとかアウトです〜っ!!青春イベント禁止っ!!」

「それにそれに、それって青汁なんやで!?草やで!? ほぼ牧草やでっ!!」

天音も手をぶんぶん振って大慌て。


「てか、やばっ!!それ飲んだら恋バナ確定じゃん!!」

亜沙美が瓶を両手で抱えて、ツッコミ混じりにぷくっとほっぺをふくらませた。


「だ、だめっ!!長谷川先輩、それ飲んだら……消えるから!!いろんな意味でぇぇ〜〜〜っ!!」

チハルまで、なぜか本気で止めにかかる。


隆之は、静かにうなずくだけだった。

「……賢明な判断だな。あれは……本物だ」


ヒカリは、みんなの反応にほんの少しだけ瞬きをして――

瓶を自分の方へ戻すと、またひと口。

静かに、やわらかく。


「……あら、そうなの?」


その声には、ほんのすこしだけ、いたずらっぽい甘さが滲んでいた。


そのやりとりを見届けたあと――

玲奈がゆっくりと立ち上がり、静かに紅茶の瓶を置いた。


「長谷川さん……ほんとうに、それを飲むおつもりでしたの?」


視線をそらしたまま、

けれど言葉には確かな熱がこもっていた。


「……そういうことは、誰にでもなさらないでくださいまし」


そう言い残すと、玲奈は椅子に戻りながら、ふっと息を吐いた。

紅茶に視線を落としたその瞳には――

わずかに、拗ねたような光が宿っていた。


ほんの少しだけ、空気が揺れる。


それに気づいたように――

長谷川はふっと笑って、肩をすくめた。


「そうか。じゃあ、やめとくよ」


ほんのすこし目元をゆるめながら、

瓶に視線を残して――

すっと立ち位置を戻す。


チハルたちの過剰反応に紛れて、

ふたりの間にだけ流れていた、ほんの短い静けさが――

なぜか、あとになって少しだけ気になる空気を残していた。


そんなやりとりを見ながら、愛衣はミルクティーの瓶を両手で包み込み、ふんわりと微笑んでいた。


「ふふ〜……“青春サウナ”、熱くていいですねぇ〜〜っ♪」


愛衣の「青春サウナ」発言に、

みんながふわっと笑顔を浮かべた、そのとき――


玲奈がすっと立ち上がり、紅茶の瓶を丁寧に置いた。


「お楽しみのところ、水を差すようですけれど――」


紅茶をひと口含みながら、静かに、でもどこか嬉しそうに目を細めて言葉を続けた。


「明日の夜、日向町で花火大会が開催されますのよ」


その一言に、場の空気が一気に華やぐ。


「しかも――」

玲奈は少し声を弾ませながら、手元のスマホをチラと確認して微笑む。


「渡島でも、特別に花火が打ち上げられるそうですわ。

 父の粋な計らいで、少しだけ……小規模ではありますけれど」


「え〜〜っ!?すごっ!!」

「やば!それもう完全に特等席じゃん!!」

 


玲奈は微笑みを浮かべながら、ふわりと頷いた。


「父が、別荘の高台から見える場所を確保してくれております」

「それから――浴衣も、全員分ご用意しておりますわ」


紅茶をひと口。

その視線には、どこか楽しげな光が宿っていた。


「ふふ……夏の夜を、思いっきり楽しみましょうね」


「えぇっ!?!?浴衣!?花火っ!!!」

チハルが目をキラッキラにして立ち上がる。


「やった〜〜〜〜っ!!わたし、ピンク着たいです〜〜〜っ!!」

美咲が跳ねるように喜ぶ。


「星と花火って……うち、明日、寝落ちしたら損するやつやぁ……」

天音がしゅわしゅわ弾けるサイダー瓶を見つめながら目を細める。


愛衣はそっと瓶を置いて、にっこり。


「ふふっ……明日は、きっと忘れられない夜になりますよ〜っ」


ヒカリは、空を見上げるようにして、

空になった瓶をそっと棚に戻した。


「……空に咲く、儚い光。……悪くないわ」


 そして夜は、夢へと続いていく――

湯けむりと笑いの余韻を残したまま。


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