『白と黒の贈り物』30
食堂の扉が開いた瞬間――
私の目は、思わずまんまるに見開かれた。
ふわりと広がったのは、ほのかなハーブの香りと、
あたたかな照明に包まれた、映画みたいに上品な空間だった。
高い天井にはシャンデリアがきらきら揺れてて、
壁には、ふだん美術室でしか見ないような油絵が静かに飾られてる。
窓の外は、もう夕暮れのやさしい光が差し込んでて――
その光を反射して、テーブルのグラスやお皿がきらっと輝いてた。
広々としたフロアの中央には、重厚な木のテーブルが二列ずらり。
その上に並んだお皿は、どれもこれも、色とりどりで……
「わっ……すっご……! 本当にここ、別荘の中なのっ!?」
(まるで宝石箱をのぞいちゃったみたい……!)
長いテーブルが二列に並び、色とりどりの料理がずらりと並んでいる。
前菜にスープ、パン――奥ではシェフたちが手際よく料理を運んでいた。
「さぁ、皆さん。今日は、ちょっと特別な“高橋家別荘スタイル”でまいりますわよ」
玲奈先輩がふわっと笑いながら、手をひらり。
「コース料理の形式をベースにしながらも、皆さまの食欲にお応えして――
最初に数品並べた状態からスタートいたしますの。もちろん、順番通りに次のお皿も運ばれてきますわ」
……って玲奈先輩が説明したそのとき。
ちらっとヒカリの方を見たら――
いつも落ち着いてるあのヒカリが、わずかに目を見開いてた。
その瞳が、ほら……ほんの少しだけ、うるうるしてて…… まるで星屑がきらっと浮かんだみたいに、テーブルの灯りを受けて。
「……すごい。こんなに綺麗な食卓、初めて見たかも」
ぽつりとつぶやいたその声に、なんだかこっちまで胸がいっぱいになっちゃって。
「……気に入りましたか? 天野さん」
玲奈先輩が、すぐそばで静かに声をかけていた。
ヒカリは、ちょっとだけびっくりしたように目を向けて――それから、ふっと微笑んだ。
「……はい。とても」
その一言が、どこまでも素直で、あたたかくて。
玲奈先輩も、なんだか照れたみたいに小さくうなずいてたの、見逃さなかったよっ。
「うわぁ〜っ! ちー先輩っ! これ、ホンモノのコース料理ですよねっ!? なんかお誕生日みたいです〜っ!」
美咲ちゃんは、すでにテンションMAX。
瞳きらっきらで、テーブルの端から端まで走りそうな勢いだった。
「おぉっ……このナイフとフォーク、三本あるやつ……! 魔法使いセットかな?」
亜沙美はスマホで写真を撮りながら、感動の声を上げてた。
「え、なになに……“真鯛のポワレ 白ワインソース”? え、ポワレってなに……なんか、ドラクエに出てきそうな呪文なんやけど……」
天音ちゃんはメニューカードを見て、ふわ〜っとした顔で首をかしげてた。
「えっ、“コンソメロワイヤル”? ……それってスープなん? 王様みたいな名前やけど……」
「デザートは……“ジュレ・ド・フランボワーズ”? もはや詠唱! 詠唱始まったっ!」
私は思わず、口元をおさえてクスッと笑った。
でも、こんな素敵なディナーを準備してくださった料理人の皆さんにも、
心から感謝しなきゃって思った。
(ありがとうございますっ……!早く食べてみたいなぁ)
他にも、隆之、長谷川先輩、先生たち、合宿参加の部活メンバーがぞろぞろと席についていく。
私もヒカリ、美咲ちゃんと並んで、テーブルの中ほどの席にちょこんと座った。
なんか、こう……すごい。背筋、ぴしっとなる。
「いただきますっ!」
一斉に響いたその声と、お皿やカトラリーの音で、ダイニングは一気ににぎやかになった。
(わぁぁ……ほんとに、夢みたい……!)
私がそんなふうにうっとりしていた、そのとき――
「……ちょっとだけ、足りなかった時のために……」
となりでゴソゴソと音がして、美咲ちゃんがリュックの口を広げていた。
「やっぱり……パン入ってるぅ〜〜〜っ!?(笑)」
思わず笑っちゃう。
美咲ちゃんの、どこまでも準備万端な“パンパンリュック”――きっと、今日も大活躍する予感がした。
***
「ふわぁぁ〜〜〜……っっ!」
お湯の中で思わず、声がとろけちゃった。
天井の高い、ひのきの大浴場。
ほのかな木の香りが鼻にふわ〜って抜けて、目を閉じたくなるくらい気持ちいいっ!
「今日のごはん……マジでやばかった……」
天音ちゃんが、ふぅ〜っと長く息を吐いて、湯船のふちに腕をかけながらぽつり。
「ローストビーフ……三切れ食べたあたりで、もう……昇天しかけたですっ……!」
美咲ちゃんが湯面からぴょこっと顔を出して、目をキラキラさせながら感想爆発!
「“ジュレ・ド・フランボワーズ”とか……名前だけで魔法やったわ……」
天音ちゃんも頷いて、しみじみと。
「ふふっ……あのコンソメスープ……ひとくちごとに癒されたわ」
ヒカリが目を閉じながら、ちょこんと静かに言うんだけど――
その口元がちょっとだけふにっと緩んでて、なんか可愛かった。
「わたしね、真鯛のポワレのとき、“これが、ポワるってことなんだ〜”って、なぞの納得してたっ(笑)」
そう言いながらわたし、湯船の中で足をパチャパチャ揺らしちゃう。
(あ〜〜〜、今わたし、ワンコだったら間違いなく“全力ごろ〜ん”してるっ!
しかも湯けむりスパモードっ!)
***
タイル張りの洗い場には、しとしとと流れるシャワーの音。
「……あら、あなたたち、少しは静かにしたほうがよくてよ?」
玲奈は、しっとり濡れた髪を指先で整えながら、湯気の向こうでキャッキャとはしゃぐ声に眉をひそめた。
「ふふっ、みんな楽しそう……いいお湯みたいですねぇ」
愛衣は隣でのんびり髪を泡立てながら、ふわふわ笑顔を浮かべる。シャンプーの香りがほんのりと広がって、まるで子犬のような柔らかい空気が漂っていた。
「いや〜〜っ☆ ウチらも負けてらんないってカンジじゃな〜い? こーゆーときはリラックス大事っしょ〜っ♪」
亜沙美が笑いながら体にお湯をかけると、湯気がふわっと立ちのぼった。
やがて三人は、静かな内湯のひとつに肩まで浸かって、ぽかぽかとお湯の温もりに身を委ねていた。
「……それにしても、チハルさんたち。最近、ずいぶんと親しくなってきたわね」
玲奈の言葉に、愛衣がうなずく。
「ええ……とっても、素敵な関係です。ふふっ、見ているだけで、心がぽかぽかしますねぇ」
「だよね〜〜! なんか青春っ☆って感じ〜っ! みんな、良い仲間だよねっ♪」
少しだけ、誰も言葉を発さずに、お湯の音だけが響いた。
その沈黙の中で――愛衣は、そっと目を閉じて呟く。
「……こうして、みんなが笑っていられるのって、ほんとうに、奇跡みたい……」
玲奈がふと、横目で彼女を見る。だが、何も言わずに、ただ湯の中で腕を伸ばし、目を閉じた。
「……ま、奇跡は努力でつかむものですわ」
亜沙美はというと、ふわふわの髪を持ち上げながら、突然思い出したように言った。
「この旅館って……なんか、娯楽施設とかあったりするんですか〜?」
亜沙美の問いに、玲奈はゆったりとした仕草で髪をかき上げながら、
すこしだけ口角を上げた。
「ありますわよ。父の趣味でして、二階奥に小さなゲームルームを
設けておりますの」
「マジで〜!? どんなのが、あるんですかっ☆?」
「ふふ……ネオジオの筐体に、ワニワニパニック。エアホッケーも。あとは行ってみてのお楽しみですわね」
「うっわ〜っ、それはテンション上がるやつぅ〜っ♪ あとで絶対行く〜〜っ!」
「……ふふっ。賑やかになりそうですねぇ」
愛衣がふわりと笑い、玲奈も
「……まぁ、たまには童心に帰るのも一興ですわね」と目を閉じた。
(そして彼女たちはまだ知らない。
翌日、そのゲームルームで“データと重心の鬼”が誕生することを――)




