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『犬神物語』 〜転生少女と不思議な絆〜  作者: 犬神 匠
第八話 渡島編 後編
73/84

『白と黒の贈り物』26

犬神さんと小川さんは、並んでひとつのベッドに身を預けていた。

ふかふかのシーツに、静かな寝息が重なる。

その幸せそうな寝顔を見つめながら――


「……ふふっ、いい顔で眠ってる」


ぽつりとこぼれた言葉には、あたたかな想いが確かに宿っていて、静かな部屋の中、風のようにそっと溶けていった。


……こんなふうに眠る姿を、私は何度も見てきた気がする。


なのに――

胸が、やさしく、少しだけ痛む。


私はベッドの足元にある椅子に腰を下ろし、そっと目を閉じた。


何かがこみ上げてくる。

抑えきれないわけじゃない。

ただ――静かに、あふれただけ。


「……とおく とおく 風吹いて……♪」

「きみの夢を 運んでも……♪」


ほんの一節だけ。

けれど、それでよかった。


歌はやがて、私の心の奥へと静かに沈み、

あたたかい静寂が、また部屋に降りてくる。


……あの頃の日々のように。


そして、時間が静かに流れた。


***


ふたりの寝息が重なる空間に、気づけば――ヒカリもそっと身体を預けていた。

まるで、そのぬくもりに寄り添うように。


チハルと美咲。

そして、その真ん中で――

ヒカリまでもが、すぅすぅと寝息を立てている。


その寝息は、まるでひとつのメロディのように重なり、

部屋の空気に、ぬくもりが満ちていく。


やがて――

ぽつり、ぽつりと、誰かの寝言が空気の中に溶けた。


「……ゲンキ……おいで……いっしょに走ろうね〜……」

チハルは小さな笑みを浮かべながら、足をぱたぱたさせている。


「……ちー先輩、ずるいです……お団子、もうひとくち……」

美咲はぴとっとチハルにくっついたまま、もごもご寝言をつぶやく。


「……わたしも……もう、すこしだけ……こうしていたい……」

ヒカリの声は、ごく静かに。

まるで記憶の底からこぼれた祈りのようだった。


その姿は、夢の中で再会した家族のように――

とても、幸せそうだった。


***


「よ〜し! いくよっ……覚悟してね〜〜〜!!」

亜沙美がそーっとドアを開ける。


「……寝てるなぁ〜〜……」

天音の声が、少し感動混じりで揺れていた。


「……ちょ、ちょっと……ヒカリちゃんまで!? 添い寝っ!?!?」

「これは……むりむりむり、あたし溶けるっ!!」


三人はぴったりくっついて毛布にくるまり、チハルの腕には美咲が、ヒカリの肩にはチハルが――

まるでなにかを守るように寄り添っていた。


「ヒカリちゃん……ほっぺにチハルの髪、くっついてるで……」

「それすらも尊いとか、もうどうすればええんや……」


***


寝息が三つ、やわらかく同じリズムで響いていた。


わたしはその光景を、そっと見守っていた。

何も言わず、何も触れず。

ただ、その姿を――

まるで知っていたように、目を細めて見つめていた。


……ふふっ。

それで、いいのです。

本当は……ずっと、こうしていたかったんですよね。

気づかれていなくても、記憶の中に残っていなくても――静かに心の中で祈った。


(また、あしたね)


……そのとき、

ふわりと揺れた“しっぽ”が、三人の寝息に寄り添うように揺れた。


見える人には、きっとそれがわたしだと分かる。

けれど今は――ただ、見守るだけ。


***


幸せな午後のまどろみも、そろそろ終わりの時間だった。


「……マジで起こすの、罪悪感ヤバすぎる……」

ベッドの前で、亜沙美が小声で震えている。


「こんな天使みたいな寝顔見たら、無理やろ……」

天音が手を合わせて、ぽそりとつぶやいた。


けれど使命は果たさなければならない。

“玲奈先輩の部活タイム”――それは絶対のタイムスケジュール。


「ちー先輩〜〜〜っ!!」

「れ、玲奈先輩がっ! 部活、はじめますわよ〜っ!!ってっ!!」


「うぅ〜〜……あと5分だけ……わふっ……」

チハルは寝ぼけながらゲンキの夢を見ているらしい。


「……うへへ……サーブうったら、ご褒美に焼きそばパン……」

美咲はもぞもぞしながら、夢の中で爆食モード。


「……ラケット……は……そっちの光の方へ……」

ヒカリは眉を寄せ、寝言のまま手を伸ばした。


まるで夢の中で、光を追いかけながらラリーをしているみたいに。


「いやっ……この寝言トリオ、起きる気ゼロなんですけど〜〜っ!!」

亜沙美が全力ツッコミ。


「……うち、今日だけで人生五回くらい尊死した気がするわ……」

天音はバスタオルで顔を覆いながら震えている。


「ふふっ……そろそろ、時間ですから」

愛衣がやさしく微笑み、カーテンをすこし開けた。


差し込んだ光が、ふわっと三人に届く。


***


「よしっ……っと!」

チハルは髪を結んでいた白いリボンをそっとほどき、指先で形を整えた。


「今日はテニスモードだから、リボンはお休みっ……」

そう呟いてリボンをポケットにしまい、

かわりに取り出したのは――白いヘアゴム。


「……でも、ちゃんと“白”で気合いはキープだからね〜っ!」

明るく笑いながら、きゅっとポニーテールを結び直す。


テニスジャージに身を包んだチハルは、

その姿だけで、もうコートの風を感じているみたいだった。


「ふへへ〜〜っ、ご褒美の焼きそばパンは、帰ってからですっ!」

美咲もジャージに着替え、やる気満々の笑顔。


「……私も、着替えておくわ」


ヒカリはそう言って、用意していた半袖ジャージを手に取る。

シンプルで動きやすい――彼女にとって、飾りのない服は落ち着く。


「あれっ? ヒカリちゃんもジャージ? 見学って言ってたのに〜」

天音がゆるっと笑って声をかける。


「……一応、ね」

袖を通しながら、ヒカリは視線をふと外した。


(……ラケットを握ったときの感覚……もう一度、確かめてみたい)

そんな想いを胸の奥にそっと押し込める。


そのまなざしは、まだ部屋の中にいるというのに、

まるで遠くのコートの風を思い出しているようだった。


そんなヒカリの横顔を、愛衣はそっと見つめていた。

言葉にしなくても、彼女の中に灯りはじめたものを――

きっと、感じ取っていたのだろう。


「ふふっ、がんばってくださいね。わたしも応援してますから」

愛衣がふわっふわのロングヘアを揺らして手を振る。


「おっけ〜☆ じゃあ、うちら見学チームは日陰でまったり見守る組なっ♪」

亜沙美はサングラスをかけながらノリノリ。


「……テニス部の本気、見せてもらおか」

天音は帽子を目深にかぶって、なぜかやたらガチな観戦モード。


そんな三人が揃ったその瞬間――


「ふふ……ついに、作戦開始やな」

天音が小さく笑って、愛衣と亜沙美に目をやる。


「そうそう☆ 実はこの合宿に合わせて、“癒し広報部”っての、こっそり準備してたの〜!」

亜沙美はスマホのメモを開きながら、得意げにウィンク。


「みなさんのがんばる姿を写真に残して、癒して、応援して……」

愛衣はやさしく頷き、

「みんなが“いい夏だった”って思えるように……って、三人でこっそり話してたんです〜」


空気がふんわりと和んだ、その瞬間――


「ふっ……ついにやな」

天音が帽子を深くかぶり、メガネを押し上げる。


「癒し広報部、作戦開始――!」

「見せてもらおか。テニス部の本気というやつを」


その目は完全に“戦場の眼差し”。

メガネが光り、空気がピンと張り詰める(ような気がする)。


「ふふっ……なお、ウチがメガネを直した時は――『必中』のサインやで」

(※ただの癖です)


「ちょ、天音ちゃん!? シャア入ってる入ってる!!」

亜沙美が即ツッコミ。


「フフ……ウチら、癒しの――」

天音が指を一本立て、スッと横に振る。


「“赤い三連星”」

愛衣が優雅に微笑む。


「⭐︎爆誕⭐︎!! 癒しのジェットストリームアタック、発動〜っ☆」

亜沙美がスマホを掲げて叫び、

天音はメガネをすっ…と押し上げる。

三人は爆笑しながら、テンションMAX。


……が、次の瞬間――


「えっと、シャアって……誰……?」

チハルがぽかんと目を丸くする。


「ごめんね。私も……記憶に、ない。」

ヒカリが静かに首を傾げる。


「しゃー!? 猫の……威嚇ですかっ!?」

美咲が突然、両手をくいっと構えて――

「シャーッ! からの……猫パンチっ!!」

ふにゃっとした動きで、空中に連続パンチを繰り出した。


「ちょ、やめて〜〜!! ツボる〜〜!!!」

亜沙美がお腹を押さえて崩れ落ちる。


「……ウチ、今……完全に孤高のニュータイプや……」

天音は静かに遠い目。


そんな天音の横に、すっ…と愛衣が歩み寄り、

やわらかな手つきでそっと頭をなでた。


「大丈夫です〜、天音ちゃん。

 わたしは、ちゃんとついていってましたから」


愛衣はふわっと笑って、もう片方の手でメガネのフチをトン、と触れる。


「……ふふっ。なんや、慰められるのって、ちょっと気持ちええな……」

天音がほんの少しだけ頬を染めた。


空気がふわっとやさしくほどけて――

気づけば、みんなの視線が自然と癒し広報部の三人に集まっていた。


「わたし……ほんと、うれしいっ!」

チハルがまっすぐな瞳で三人を見て、にぱっと笑う。

「そんなふうに応援してもらえるなんて、すっごく心強いよ〜っ!!」


「……ありがとう」

ヒカリはほんの少し目を伏せてから、ぽつり。

「そんなふうに見守ってもらえるのって……安心するわ」


「わ、わたしっ……感動しすぎて……涙腺がぁっ……!」

美咲は両手で頬を押さえながらぷるぷる震えている。

「癒し広報部……尊すぎてっ……語感も可愛いですしっ!!」


そして――


「んじゃっ、みんな行こっか〜〜っ!!」

チハルが、ぱんっと両手を叩いて勢いよく立ち上がる。


「はいっ! 準備ばっちりですっ!」

美咲が元気いっぱいに答えて、髪のお団子をきゅっと整える。


「私も、動きやすい服に着替えておいたわ」

ヒカリは半袖ジャージ姿で静かに立ち上がる。


そして――

癒し広報部の三人が、ふっと視線を合わせた。


「癒し広報部、フォーメーション展開やっ!」

天音が帽子をきゅっと下げ、メガネを押し上げる。


「目指すは、完璧サポートと激写の二刀流っ☆」

亜沙美がスマホをくるっと回してノリノリでウィンク。


「ふふっ……それでは、“癒しのジェットストリームアタック”――発動しますね〜」

愛衣が静かに微笑みながら、すっと手を重ねる。


六人はそれぞれ荷物を手に取り、

わいわいと談笑しながら別荘の廊下を抜けていった。


目指すのは――

ガラス張りの天井から日差しが降り注ぐ、冷房完備の屋内テニスコート。


遠くからは、シュッと風を切るラケットの音と、ボールの弾む音が心地よく響いていた。


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