『白と黒の贈り物』24
(……ん?)
バスが坂道に入る少し前、ちょっとだけ開けた場所に出たとき、
ちー先輩が、わたしの前でふいに指を差しました。
「……あっ。あそこ……!」
ちー先輩の膝の上にちょこんと座ってたわたしは、
その声に合わせて、そっと上体を起こして外をのぞきます。
茶色い屋根に、少し古めの木の看板。
白いのれんが、風にふわって揺れていました。
「え、知ってるお店ですかっ?」
そう聞くと、ちー先輩が小さくうなずいて――
「この前フェリー乗り場で会ったおばあさんの……お店っ!
島の海岸清掃のとき、島の昔話をしてくれた……語り部のおばあさんだよ〜っ!」
ちー先輩の顔が、少しだけやさしくなった気がしました。
そのとなりには、ぽっかりと空いた広い空き地。
草がいっぱい生えてて、誰も入ってる気配はなくて……
なんだか、“時間が止まった場所”みたいな感じがしたんです。
(……どうしてだろ)
(初めて見る場所なのに……ちょっとだけ、胸がぎゅってなる)
でも、バスはそのままカーブを曲がって、坂を登っていきました。
その先に、まぶしいほど白くて大きな建物が見えて――
気づけば、呼吸がひとつ深くなっていた。
(わぁっ……もう見えてきたっ!!)
バスのフロントガラスの向こう、道の先に――
なにあれ!?って言いたくなるくらい、広くて、大きくて……白く輝く建物が見えてきて、わたしの心臓が跳ねましたっ!!
「うっそ……あれ、別荘!? お城じゃないんですかぁ〜〜〜っ!?」
思わず叫んじゃって、隣のちー先輩が、わたしのテンションに負けないくらい元気な声で、
「やばっ! ほんとにお城だよねっ!? すごすぎっ!!」って――一緒に笑ってくれましたっ。
天音先輩も、ぼそっと『ガチで姫様仕様やん……』
ヒカリ先輩は、わたしたちの横の席で、ずっと窓の外を見ていました。
まるで建物に視線を奪われたみたいに、静かに釘付けになってて――
その横顔がどこかすごく綺麗で、わたし、ちょっと見とれちゃった。
「……おとぎ話に……出てきそう。こういうの、初めて……」
その静かな声には、やわらかな響きがあって――
ちー先輩の膝にちょこんと乗ってるわたしまで、背筋がぴんっとなりましたっ。
愛衣先輩はふわっと微笑んで、
「ふふっ、夏の夢が始まりそうな感じですね〜♪」
って、やさしく言いました。
長谷川先輩は少し懐かしそうにうなずいて、
「何度か来たことあるけど……相変わらず桁外れだな、玲奈の家は」
ってぽつり。
隆之先輩はスマホを操作しながら、建物をじっと見ていました。
「……これは完璧だな。外壁の素材、日射反射率が高い。設計も無駄がない」
クールな声でぽつりと言って――その表情には、興味と感心がにじんでました。
(隆之先輩って、こういうの好きなんだ……)
って、ちょっとびっくりしたっ。
「いや〜〜〜っ、もうこれはっ、リゾートホテル超えてるぅぅ〜〜〜っっ!!」
「ちょ、なにこの開放感っ!? 写真映えヤバすぎじゃんっ!」
亜沙美先輩が、サングラスをおでこにずらして身を乗り出してきました。
「はいはい、みんな落ち着いて〜。バスの中から大興奮って、元気すぎるでしょ〜」
杉本先生が笑いながらも、どこか楽しそうに見守ってくれてます。
バスの中では、歓声と驚きの声が飛び交って――
そりゃそうですっ!だって、これまで見てきたどんな建物よりも、キラキラしてて、広くて、もう……夢の世界そのものなんですっ!!
バスがぐるっと私道を回りこむと、目の前には広いロータリーと噴水。
その奥には、二階建ての白亜の建物がどどーんと構えていて――
「ひえええ……テニスコート何面分の大きさですかぁっ!?
えっ、実際にテニスコートありますよね!? っていうかバスケコートまである〜っ!!」
わたしのテンション、もうマックスですっ!!
……隣で愛衣先輩がくすっと笑い、ふわっと髪を耳にかけて外を見る。
その横顔が、朝の光に溶けていくみたいで――
思わず、息をするのも忘れて見つめていました。
そして――
バスがぐぅぅ〜っと減速していく。
白くきらめく別荘の全景が、ゆっくりと視界いっぱいに広がった。
やがてドアが開いた。
夢みたいな世界が、静かに目の前へ広がって――
わたしたちは、ひとり、またひとりとバスを降りていった。
* * *
バスを降りたわたしたちは、わちゃわちゃと声を弾ませながら、広い石畳のエントランスに集まりました。
(ざっと数えたら……二十人以上!?)
クラスメイトに部活の先輩後輩。
テニス部、バスケ部、それから他の部のメンバーもいて――
リュックを背負った子やキャリーを引く子、
どこを見てもそわそわキラキラ、テンション高めですっ!
その真ん中、さすがの貫禄で立っていたのが――玲奈先輩っ!!
「ごきげんよう、皆さま。遠路はるばるお疲れさまでしたわ」
優雅にワンピースの裾をなびかせて、私たち全員ににっこり。
「ふふっ、今日はこの別荘を、皆さんのために用意いたしましたの。
どうぞ、ご案内させていただきますわね♪」
隣でちー先輩が「うわ、やっぱりすご……」と息を漏らし、天音ちゃんは「ほんまに別世界やなぁ〜」と目をぱちぱち。
隆之先輩は建物の構造をじっと観察してて、すでに“分析モード”突入!?
亜沙美先輩は動画撮影に夢中、愛衣先輩はカメラをかまえてにこにこ。
白石先生と杉本先生も、生徒たちの様子を見守りながら微笑んでいて――
うんっ、まさに“夏合宿の始まり”って感じですっ!
そのとき――
『では――こちらへ』
玲奈先輩の一言で、わたしたちは夢心地のまま玄関ホールへ。
大きなガラス扉が音もなく開き、
一歩足を踏み入れた瞬間――ふわっと空気が変わる。
わぁっ、空気まで違う!?
さっきまであんなに暑かったのに、ここだけ別世界みたいで――
風はひんやりしてて、肌にふわっとやさしくて。
朝の陽射しが壁に反射してきらきらしてて、まるで“夏の秘密の避暑地”に迷い込んじゃったみたいで……胸がふわっと熱くなりました。
「ようこそ、皆さん。お待ちしておりました」
階段の上から、制服姿のスタッフさんがにこやかに手を振っています。
(あっ……玲奈先輩の別荘って、スタッフさんもいるんだ……すごっ)
その姿がまた映画のワンシーンみたいで、
わたし、思わず声をあげそうになりましたっ。
わたしたち一行――生徒たち、先生たち、部活メンバーを合わせて二十人以上。
キャリーやスポーツバッグを転がしながら、ぞろぞろと玄関口へ。
「でっか……」「これ入っていいの?」なんて小声も飛び交って、みんなのきょろきょろした様子が、なんだか微笑ましかったのです。
「うわぁ……あれ、全部ガラス……? すごすぎ……」
ちー先輩のつぶやきに、隣のヒカリ先輩が静かに頷く。
「……すごく、きれい。光の入り方が……なんか、落ち着く」
「……なんか、詩みたいです〜。ヒカリ先輩って、やっぱり素敵っ!」
思わず頷いて、「分かりますっ、その感じ……!」って、相槌を打っちゃいました。
「ふふっ、ようこそ。ようやくお迎えできましたわね」
玲奈先輩が、優雅にワンピースの裾を揺らして――
まるで舞踏会の主役みたいなオーラで、私たちを出迎えます。
「ご案内しますわ。こちらへどうぞ」
そのままガラス扉を抜けて、夢みたいな館の中へ。
……えっ!? なにこの天井の高さ!?
ガラス張りの吹き抜け空間に、シャンデリアがきらっきら。
ひんやりした空気に、シトラスの香りのアロマがふんわり漂って――
(お、お姫様のお屋敷って……ほんとに実在するんですね……っ)
(ここ、ほんとに現実なんですか〜〜!?)
息を呑むほど、きらきらしていた。
玄関ホールを抜けた先、開け放たれた扉の向こうに――
まるで映画のセットみたいなリビングが広がっててっ!
「わぁぁ……っ! ひ、広すぎますってば〜〜っ!!」
思わず声が漏れちゃいましたっ。
天井がどこまでも高くて、空まで続いてるみたい!
シャンデリアに朝の光が砕けて散って、天井でキラキラきらめいてて――
白とグレーのインテリアは、まるで海外のお屋敷みたいなんですっ!
「ふふっ、どうぞ中へ。ご遠慮なさらず、くつろいでくださいましね」
玲奈先輩が裾をひらり。
その一歩で、リビングの空気まで上品になった気がしましたっ。
「ふふっ、ではご案内しますわね。まずは――」
階段の踊り場でくるりと振り返り、玲奈先輩が微笑む。
「こちらの別荘は、お父様の会社が、お得意様の接待などに使用している施設でして。けれど今日は、特別に“3日間の完全貸切”でございますわ」
(か、完全貸切ぃぃ〜〜っ!? そんなのもう……夢の合宿確定ですっ!!)
「奥にはテニスコート、ガレージの隣にはバスケットコート。
屋上には星空テラスもございますのよ。ふふっ、今夜のお楽しみですわね」
(えっ、テラス!? 星空!? 絶対そこ行きたいです〜〜っ!!)
「マジで……すごすぎ……」
「写真撮っていいの? ってか撮る!」
「ひとまずソファ座ってみていい……?」
あちこちでざわざわ、きらきらな声が弾ける。
天音ちゃんはソファのふかふか具合を確かめてうなずいてるし、隆之先輩は壁の構造をじっと見つめて、もう完全に“観察モード”。
そのとき――
長谷川先輩が館内をゆっくり見渡しながら、小さくうなずく。
「……やっぱ、変わってないな。玲奈のとこ、ほんと手入れが行き届いてる」
その声に、愛衣先輩がふわっと微笑んで尋ねました。
「長谷川先輩、こちらには何度か?」
「昔な、玲奈に誘われて。ちょっとだけ顔出したことあるんだ」
幼馴染ならではの懐かしさがその声ににじんでいて――
わたし、ちょっと胸がきゅんってなりましたっ。
その少し後ろで、天音ちゃんがリビングを見渡しながら話しかける。
「ヒカリちゃん、こういうとこ……落ち着く?」
ヒカリ先輩は、静かに部屋を見つめてからぽつり。
「……こういう静かなとこ、好き。気持ちが、すーっとする」
「ふふ、そっか。ウチは逆に、こういう空間……ちょっと緊張するなぁ」
二人が笑い合う姿が、なんだかすごく微笑ましくて――
静かな空気の中にも、あたたかい光が流れていました。
「ちなみに、奥のテラス側にあるテニスコートと、ガレージ横のバスケットコートは、お父様のお客様がスポーツをお好みで、常設されたものですの。
……最近は、わたくしたちが一番使っておりますけれど♪」
玲奈先輩の微笑みが眩しすぎて――
ありがたみが過剰で、思わず手を合わせそうになった。




