『白と黒の贈り物』22
「そろそろ次の移動ね。チャーターバス、何台か到着したみたいですわよ」
玲奈先輩の優雅な声に、みんなが一斉に顔を上げた。
「……えっ!? チャーター……って、貸し切りの!? バスっ!?」
思わず、変な声が出ちゃった。
「てっきり、みんなで歩いて行くのかと思ってました〜〜〜っ!!」
わたしが叫ぶと、
「いやいや、合宿所までそこそこ距離あるからな?」
って天音先輩がちょっと笑いながら突っ込んで、
「……徒歩だと30分はかかる。荷物もあるし、炎天下なら熱中症リスクも高い。チャーターで正解だ」
越智隆之先輩が、スマホでルート検索を終えて、淡々と分析。
「そ、そんな……! 徒歩もアリかなって、
ちょっとだけロマン感じてたのにぃ〜〜っ!!」
「はいはい、正論ですねっ……うぅ、越智先輩の分析、的確すぎるのですぅ〜〜っ!!」
そんな“現実パンチ”を食らって、わたしはしょんぼり肩を落としたのでした……。
「美咲ちゃん、バスのありがたみを知ったね……」
ちー先輩が、くすっと笑って声をかけてくれます。
「えっ、まさかの徒歩移動想定!? 美咲ちゃん、攻めすぎ〜!」
亜沙美先輩まで、苦笑いしながらツッコんできましたっ。
「ふふっ……それも楽しそうね」
天野先輩がやさしく笑ってくれて――
ちょっと恥ずかしかったけど、
なんだか……みんなで一緒にいられるってだけで、
すっごく楽しかった。
――と、そこで。
「……んっしょ……」
わたしが背負っていたリュックを下ろした瞬間、
**ドスン!**と音を立てて床に沈みました。
「えっ、美咲ちゃん……そのリュック、何入ってるの!?
え、めっちゃ重くない!?」
亜沙美先輩が、びっくりした顔で指差してくる。
「えへへっ……あの、フェリーの売店で……そのっ、ついつい……っ」
わたしがリュックを開けると――
「うっわ!? パン! パン! パン!! 爆パンリュックやん!!」
天音先輩が叫んでるっ。
「……惣菜パン、菓子パン、ジャムパン。水分量は中程度、常温保存も可能か…」
越智先輩は、リュックの中をじっと見つめて、ぽつりと呟いた。
「カロリー密度高めで、非常時にも対応可。糖質の吸収速度も速いし……選択としては妥当だな」
「えっ!? そ、それって……わたし、パンのチョイス……正解だったんですかっ〜〜っ!?」
わたしのリュックを、まさかそんな風に分析されるとは……っ!!
「……むしろ、現場に一人は必要な備えだな」
越智先輩は真顔のまま、軽くうなずいてるっ……!
「ふぇぇぇ〜〜っ、ほ、褒められた……っ!? か、科学的に……っ!!」
「旅の備え、完璧ですっ!!」
わたしは胸を張って、パンをぎゅっ!と両手で抱えましたっ。
そしたらちー先輩が、くすっと笑って言ってくれたんです。
「もう〜、美咲ちゃんは準備の方向性が全力すぎるよ〜っ」
うぅ〜〜、なんだか恥ずかしいけど……
みんなが笑ってくれて、すっごく嬉しかったですっ!!
そんな“パン爆弾”の余韻に包まれた、ちょっとぽかぽかな雰囲気の中――目の前に停まっていた“チャーターバス”を見て、その場がざわっとどよめいたのです。
「すごっ、ほんまに合宿やん……!」
「やってくれるわね、玲奈先輩……!」
思ってたよりずっとゴージャスなバスに、
合宿に参加する他の生徒たちが、ぽつりぽつりと驚きの声を漏らしていて――
(ふふっ、わたしもびっくりしちゃいました。
まさか、観光バスみたいなのが来るなんて……!)
わたしの中でも、ワクワクがふわっと跳ねたのですっ!
ちょうどその時――
他クラスの生徒や、合同参加の別の部活メンバーたちも、
ぞろぞろとバスの前に集まってきてました。
「てか、マジで来てたんだ……高橋玲奈先輩」
「本物見たの初めてかも……あのサーブ、えぐいらしいよ?」
「うわ~、テニス部のエースってあの人か。めっちゃオーラあるな」
「おい、あれ見ろよ、チャーターバスって……ほんとに来るんだな……」
「えっ、歩きじゃないの!? 30分かかるって聞いてたからサンダルやめたのに!」
「やべ、テンション上がってきた~っ!」
あちこちから飛び交う声に、旅館の前は
たちまち賑やかな雰囲気に包まれていきました――
……そのとき。
「――よし、全員そろったな」
低めで落ち着いた声が響いて、ふと視線を向けると、バスの前に立っていたのは、白シャツに黒のジャケットを羽織った、背の高い男性――白石孝先生だった。…確か、ちー先輩たちの担任の先生。
「これより、合宿所の別荘に向かう。乗車前に点呼を取るぞ。静かに並んでくれ」
さすが、白石先生。
ビシッとした声に、自然と空気が引き締まってます。
そしてその隣に立っていたのは、柔らかい笑顔の女性。
「はいは〜い、緊張しなくても大丈夫よ〜。楽しみながら行きましょ♪」
ふわっとした雰囲気で声をかけてくれたのは、
わたしたちテニス部の顧問・杉本晴香先生でした。
50代くらいで、落ち着いた雰囲気の女性の先生。
スポーティーなポロシャツに、やわらかな笑みがよく似合っていて――どこか、頼れる“お母さん”みたいな空気をまとっています。
わたしたちの練習を、少し離れたところから静かに見守ってくれていて、いざというときは、しっかり背中を押してくれるような存在なのですっ。
(……杉本先生がいてくれると、それだけで安心できちゃいます♪)
「道中は安全第一! バスの中での飲食はOKだけど、周りに気を配ってね〜♪」
その優しい言葉に、バスの前で緊張していたみんなの
表情が、ふっと和らいでいく。
点呼が始まる直前、ふと振り返ると――
「ふぅ〜、バスって聞いてたけど、思ってたよりゴージャスじゃない?」
亜沙美先輩がサングラスを頭に引っかけたまま、バスの側面をのぞきこんでいた。
「ね、これってさ、リクライニング深いやつだよね!?絶対すぐ寝ちゃうやつだ〜!」
「……あとで絶対、ちー先輩の肩に寄りかかって寝る予感しかしないですっ♪」
わたしがくすくす笑いながら言うと、亜沙美先輩は笑顔でウインクを返してきた。
「ねぇねぇ、それって予約できる? あたし、ちー先輩の左肩ねっ!」
にこにこしながら、リクライニング席を指さしたその瞬間――
「えぇぇ〜っ!? ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 左肩は……左肩はわたしのポジションですぅ〜〜っ!!」
わたしは両手をぷるぷる振って、全力で抗議!
お昼寝するなら絶対、右肩より左肩のほうが落ち着くんですっ!
「じゃあ、あたしは右肩でっ! うんうん、これでバランスも完璧〜♪」
にこっと笑う亜沙美先輩に、わたしはぷるぷる震えながら抗議した。
「ダメです〜〜っ! 右も左も欲しいです〜〜〜〜っ!!」
叫んだあと、周りが一瞬静まり返って――次の瞬間、爆笑が起きた。
わたしはぷるぷるしながら叫んで、それでも収まらなくて――
「むしろ……ちー先輩を、まるごとぎゅーって抱きしめたい……っ!」
「ちょ、ちょ待ってぇ!? チハルちゃんが抱き枕化されてるで!?」
天音先輩のド直球すぎるツッコミが、バスの前に響きわたった。
「ふふっ……チハルちゃん、大人気ですね〜♪」
愛衣先輩が、ふわふわ金髪を揺らしながら、まるで実況中継みたいに微笑んでいる。
……そのころ当の本人はというと――
「私……なんか……クッション扱いされてない!?」
ちー先輩の叫び(?)が、バスの前の空気をふわっと揺らした、その直後――
「ふふっ……なんだか、バスって、ちいさな旅の始まりって感じがするね〜」
愛衣先輩は、ぽふっと金髪を揺らしながら、空に向かってカメラを構えていました。
手にしていたのは、ちょっと古めのスマホだったのに――撮られた写真は、どこかあたたかくて、優しい空の色をしていたのです。
「ほらほら〜っ、みんな笑って〜? せっかくだから記念に一枚撮るよ〜っ♪」
「ちょっ、待って待って〜! 前髪が暴れてる〜!!」
亜沙美先輩が、手ぐしでぱたぱたと整えながら小走りで近づいてきました。
「わたしも〜っ! ほっぺ引き上げて……ほらっ、ちー先輩もこっち向いて〜っ!」
わたしは、ちー先輩のすぐ隣にぴたっとくっついて、これぞ“記念撮影用配置”なのですっ!
「ふふ、ちー先輩〜、カメラ向くときだけでもカッコつけてよね〜♪」
亜沙美先輩が、にこっと笑って、ちょっとおどけた口調で茶化してきます。
「えっ、ちょ、な、なんで両側ふさがれてんの!? 身動き取れないんだけど〜!?」
ちー先輩はちょっと赤くなりながらも、ちゃんとカメラに顔を向けてくれました。
わたしと亜沙美先輩が左右から、にこにこ並んで――
もう、これは完全に“ちー先輩サンドイッチ”なのですっ!
愛衣先輩のスマホが、パシャッとやさしい音を鳴らしました。
その一枚には、チャーターバスと、澄んだ空と、
そして、わたしたちの“これから”が、しっかり写っていたのでした。




