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『白と黒の贈り物』17

私たちは脱衣所に出て、ドライヤーで髪を乾かし終えたあと――ふと立ち止まって、あることに気づいた。


(……あっ……明日から合宿組と合流なんだよね?

ってことは……)


「うわ〜〜、やばい! 明日着る服、残りわずかなんですけどぉぉぉ!?」


「ふふっ♪ チハルちゃん、洗濯するなら一緒にいこっか〜?」

愛衣ちゃんがほわっと笑って、優しく声をかけてくれる。


「フロントで洗濯機、借りれるって聞いたで〜」

天音ちゃんがタオルを肩にかけながら、頼もしげに答えてくれた。


「 さっすが天音ちゃんっ!

じゃあ、洗濯部隊出動〜〜っ!」


洗濯カゴを抱えて、私・天音ちゃん・愛衣ちゃんの三人で、旅館の裏手にあるコインランドリーへ、

ゆるゆる向かう道すがら――


カゴの中で、汗を吸ったタオルやジャージが、

くたっと小さな重みを作っている。

その隣には、洗濯ネットに入れた白リボンも、そっと。


(今日いちにち、がんばってくれたから……ちゃんとふわふわにしてあげなきゃ)


腕に伝わるその温もりと、石畳をぺたぺた歩く足音。

涼しい風がすっと吹き抜けて、

どこか遠くで風鈴の音がちりん、と鳴った。


愛衣ちゃんは、胸の前でカゴをぎゅっと抱えながら、

「みんな、今日もよくがんばりました〜……♪」

って、まるでお布団を抱えるみたいにふわふわ歩いてる。


その隣で、天音ちゃんは

「うへぇ〜、この暑さで洗濯物まで重なったら、

なかなかやな〜」

なんて笑いながら、ちょっと肩をすくめた。


そんなふたりのやりとりを聞きながら、私は――

「あはは、なんか……旅してるって感じ〜っ!」

胸の奥で、ふわっと嬉しさが弾けた。


のんびりした風と、石畳のぺたぺた鳴る足音が

なんだか楽しくって…心までもが

ふわふわと軽くなっていくみたいだった。


そんな、のんびりした空気のなかで――

ふと、思い出したみたいに

私は顔を上げて、ふたりに声をかけた。


「あ、そうだふたりとも! 明日から玲奈先輩たちの

夏合宿だけど……参加するんだよね?」


天音ちゃんは「当たり前やろ〜?」と笑って、

愛衣ちゃんは、ふにゃっと微笑んで「もちろんだよ〜♪ ちゃんと荷造りしてきたもんっ」


そんなふたりの笑顔を見たら、

うれしさが、ぱぁぁっと広がって――

私は思わず、くるっとその場で一回転しちゃいそうな

くらいワクワクしたっ!


「やったぁ……!ふたりとも一緒だなんて……

もう、絶対ぜったい楽しいじゃんっ♪」


このふたりが一緒にいると、

空気までふわっとあったかくなるみたいで――

私は、洗濯カゴをぎゅっと抱えながら、

ふたりの並ぶ後ろ姿を、なんとなく微笑ましく

見つめていた。

そんなあったかい景色を眺めているうちに、

ふと、前から気になっていたことを思い出して――


「そういえばさ、愛衣ちゃんと天音ちゃんって、

すっごく仲いいよね〜。

あ、そうか……ふたりって、幼なじみなんだっけ?」


天音ちゃんが、ちらっと愛衣ちゃんの方を見て、

「ま、そんなとこやな」って照れたように笑う。

愛衣ちゃんも、ふにゃっと嬉しそうに微笑んで、

「ちっちゃいころから、ず〜っと一緒だよ〜♪」って。


「で、ふたりとも高校の部活動、“癒し系同好会”

だもんね〜。天音ちゃんが部長で、愛衣ちゃんが

副部長……って、なんか最強タッグすぎっ!」


「ほら、癒されたい人には、癒しを届ける。

それがうちらの信条や〜♪」

天音ちゃんが、おどけながらピースしてくる。


「うふふ〜、実はね、“癒し系同好会”ではね、

たまにだけど、お菓子を作ったりもしてるの。

“癒し”って、人によっていろんな形があるから……

甘いものも、そのひとつかなって思ってて」


そう言って、愛衣ちゃんがふわっと微笑んだあと、

話を続けてくれた。


「だからね、玲奈先輩に、合宿の前にちょこっと相談してみたんだ〜。そしたら、“台所、好きに使っていいわよ”って言ってくれて……♪

冷蔵庫にも食材があるから、自由に使っていいって……だから、明日、ちょっとだけお菓子でも作ろうかなって思ってるの」


愛衣ちゃんが、ふわっと微笑んで、

そっと言葉を添えた。


「それで…もし作れたらね、」


一呼吸おいて、ふわっと視線を伏せながら、恥ずかしそうに金髪の毛先を指先でくるりといじる。


「みんなにも食べてもらえたら嬉しいかな〜って」


その一言を聞いた私は、

心ごと、ふわぁっとあったかい毛布に包まれたみたいな気持ちになって、思わず前のめりに――


「えっ、いいの!? 愛衣ちゃんのお菓子……みんなで食べてもいいの!? わ〜っ、楽しみ〜〜っ!!」


すると天音ちゃんが、

「うち、知ってるもん。愛衣ちゃんのお菓子は、

癒しの味そのものやで〜っ♪」

って、いつものドヤ顔で親指をピシッと立ててくる。


愛衣ちゃんは少し照れたように笑いながら、

そっと目を細めてうなずいた。


(……なんか、いいなぁ。こういう関係って)


日向町に来たばかりのころは、

まだ誰とも深く話せなかった私。でも今では、

こんなに素敵な仲間がそばにいてくれる。 


コインランドリーに着いて、

洗濯物をドラム式洗濯機にぽいぽい放り込みながら、

私はふたりの顔をちらっと見た。


その笑顔を見ていたら、自然と――

あの春の日のことが、ふっと胸によみがえってきた。


「そういえばさ、今年の春に2年生になって、同じクラスになったとき――ふたりの話を聞いて、私ほんとに

びっくりしちゃったよ!」  


思わず、笑いながら声を弾ませたあと――

ふっと胸の奥があったかくなった。


「まさか、ふたりとも中学までは常盤町にいたなんて……!

だって、私も常盤町出身だったから……そんなの、

もう、びっくり通り越して運命って感じだったよ〜!

中学校は違ってたけど、どこかですれ違ってたかもしれないんだよね……なんだか、不思議な気持ち」


愛衣ちゃんが、「えへへ〜……たぶん、どこかで会ってたかもねっ」って、ふんわり微笑んだ。

天音ちゃんも、「うち、すれ違ってたら絶対気づいてたと思う〜。その元気、オーラでバレバレやで♪」って

冗談まじりに笑った。


ふたりは顔を見合わせて、くすくすと笑い合っていた。

その笑顔が、私の胸にぽっとあったかく灯って――

このあとの夢の中まで、やさしくつながっていくような気がした。


***


お布団に入って、電気が落ちた部屋の中。

障子越しの月明かりだけが、ほんのりと輪郭を照らしていた。


(……今日も、いっぱい笑ったなぁ)


温泉でふわふわになった身体が、まだぽかぽかしてる。

毛布にくるまれて、まどろむこの時間――

まさに“夏の夜”って感じ。


隣のふとんからは、

天音ちゃんの小さな寝息が聞こえる。

どこか安心するそのリズムに、まぶたが

ふわっと重くなっていった。


もうひとつ隣のふとんでは、別のクラスメイトが、

すうすうと静かに寝息を立てていて――

さらにその奥でも、かすかに寝返りを打つ気配がした。


みんな、今日一日たくさん遊んで、たくさん笑って――

きっと、いい夢を見てるんだろうなぁ。


私は、心の中でそっとつぶやいた。

(……みんな、おやすみ〜っ)


そんな優しい気持ちに包まれながら――


(……あれ? なんか……この感じ、昨日も……)


私は、ふわふわの夢の中の世界へと、

すぅっと沈んでいった。


***


木造の古い家屋の中。

障子越しのやわらかな光が、畳の上にゆれていた。


外は吐く息が白くなるほどの冬の空気。

けれど、室内には陽だまりのようなぬくもりが広がっていて、畳の匂いとともに、そっと心を包み込んでくれるようだった。


静かな時間。

だけど、どこかあたたかくて、

ぬくもりのある空気が満ちている。


(……ここ、どこだろう……)


私はまた“浮かぶような存在”として、その空間をそっと見つめていた。


部屋の奥では、一人の若い女性が、

雪のかけらみたいに白い小さな子猫を

そっと抱き上げている。

子猫はタオルにくるまれ、

ぐったりと身体をあずけていた。


女性の表情はモヤがかかったようで、よく見えない。

だけど、その動作は、とても丁寧で――

まるで、宝物にふれるような優しさだった。


部屋の隅、籠の中では、

小さな赤ん坊がすやすやと眠っている。

かすかな寝息と、ゆっくり上下する小さな胸。


縁側の外からは、薪を割る音が聞こえていた。

その音が止んでしばらくすると、柔らかい足音と

ともに、ひとりの若い男性が現れる。


彼の足元には、片足を引きずりながらも、まっすぐに

歩こうとする赤茶色のふわふわした小さな犬の姿。


「おいで……無理しなくていい。

少しずつ、でいいからな」


男性は、しゃがみこんで、犬の目線に合わせるように

声をかける。その声音は、静かで優しくて……

まるで、心にまで届いてくるようだった。


子犬はぺたんと座り込んで、それでも小さくしっぽを振った。彼は微笑みながら、その頭をゆっくり撫でた。


「お前は……ほんとうにがんばり屋さんだな……

きっと、お前の父親も、そんなお前を

誇らしく思ってるさ」


そう言いながら、男性は、ふと縁側の空を見上げた。

その目には、誰かをそっと想うあたたかさと――

それを失ったような、小さな寂しさが重なって見えた。


障子の向こうで、子猫を抱いた女性が

赤ん坊のそばに座っている。

その背中が、やさしくて、あたたかくて、

どこか……懐かしかった。


この空間には、言葉にならない思いが満ちていた。

ふたりと、ふたつの小さな命と、そして赤ん坊。


それは、全てのはじまりだった。

家族という名前の、かけがえのない絆の――

とても静かで、やさしい、記憶の断片だった。


***


古びた縁側に座っていた男性のすぐ隣に、

そっと膝をついた女性が、

なにか一生懸命に語りかけているのが見えた。

でも、その声は、まるで遠い夢の中みたいに

ぼやけていて――ひとつも聞き取ることは

できない。


女性の顔も、相変わらず光のモヤが

かかったように、よく見えなくて…。


だけど、それでも不思議と雰囲気だけで分かった。

その表情は、やさしくて、あたたかくて

きっと、大事な気持ちを伝えようとしてるんだ、って。


隣にいた男性が、ふと顔を向けた。

そして、少しだけ驚いたように、静かに笑った。


「ん? 名前……?」


そのひと言に応えるように、隣の女性の輪郭が

ふわりとゆれて――ほんのわずかに、

照れくささのような空気が、そっとにじんだ。


――あぁ、分かる。

ふたりは今、あの小さな子たちに、

名前をつけてあげようとしてるんだ。

そう思ったら、胸の奥がふわっとあったかくなった。


「どんな名前にするんだ……? ……“みぃ”?」


子猫の方に目をやりながら、彼はゆっくりと頷いた。


「なるほどな……たしかにこの子、さっきから

“みぃみぃ”鳴いてたもんな。……うん、ぴったりだ」


真っ白な子猫はクシュンと鼻を鳴らして、かすかに体を寄せるように毛布に包まれていた。


男性は今度は子犬の方へ目をやると、少しだけ考えるように目を細めた。


「……で、そっちの子犬は……“チップ”か。

……希望の欠片(チップ)って意味だよな。

うん、似合ってる」


犬の耳がぴくんと動いて、しっぽがふわりと

一度だけ揺れた。


「ははっ、チップ。お前さんの名前だよ。

……気に入ってくれるといいな」


その声はやさしくて、

心の奥にまで染み込んでくるようで……

私は、ふたりの名がここに宿ったその瞬間を、

胸のどこかで、ずっと忘れられない気がした。


……気がつくと、景色は静かに移ろっていた。

まるで、夢の一幕が終わって、

次の朝へと続いていくように。

けれど、胸の奥に灯ったあたたかさは、

まだしっかりとそこにあった。


朝日が、木の格子からやわらかく差し込んでいた。

部屋の空気には、おだやかな朝の匂いと、小さな寝息が混じっている。


毛布に包まれていた真っ白い子猫は、

昨日よりもほんの少し――目がはっきりしていた。

身体を丸めながらも、時折、

耳をぴくぴく動かしている。


女性が差し出した、小さなミルク皿に顔を近づけ、

みぃ……と、小さな声で鳴いたあと、

ごくん……と一口、飲んだ。


「……飲んだ」


男性の声が、思わず息をのむように呟かれる。

女性の顔は見えない。けれど、彼女の肩がふるりと震え、そっと、胸元で手をあわせるような仕草をした。


ただそれだけのことなのに――部屋の空気が、ふっと、

やさしくゆるんだような気がした。

まるでそのミルクが、とてもやさしくて、あたたかいものだったかのように。


その頃――

縁側では、小さな子犬が、日差しを浴びながら

よたよたと歩いていた。


後ろ足を少し引きずりながらも、前足で一歩、また一歩と踏みしめる。

部屋の中にいた男性が、そっと縁側へと歩み寄り、

犬のそばにしゃがみ込む。


「……そうそう。焦らなくていい。ゆっくりで、いいんだ」


子犬は一度よろめいて、尻もちをつくようにぺたんと座り込む。

でも、しばらくしてから――すっと顔を上げた。


その目には、ほんの少しだけ“光”が宿っていた。


しんとした空気の中、ふっと微かな音が重なる。

家の奥では、赤ん坊の声がした。


籠の中で目を覚ました赤ん坊は、

指をぎゅっと握って、くすくす笑っている。

まるで、その場のぬくもりを、

肌で感じているかのように…。


その声に気づいた男性が、

ふっと表情をやわらげて近づいていく。


「陽一……起きたのか」


(……陽一? えっ…今、そう言った……?)

(それって……私のお父さんと、同じ名前……)


その声は、胸の奥にしまっていた何かを

そっと呼び覚ますみたいで――

子犬は、ぴくんと耳を動かし、

何かに気づいたように――

一瞬だけ立ち止まりながらも、やがてそっと前足を

踏み出し、ぬくもりのほうへと歩み寄っていった。


(じゃあ……この男性は……私のおじいちゃんで……)

(あの女性は……おばあちゃん……?)


……それから、どうしてだろう。

あの子犬を見ていると、胸の奥が、ぎゅっと熱くなって――なぜだか、すごく懐かしい気持ちになった。


あの子犬の名前は、たしか「チップ」。

……私が動画投稿を始めるときに、

ふと浮かんだペンネームも――「犬神チップ」。


あの時は、ただ頭の中に自然と浮かんできた言葉だと

思ってた。でも……もしかして、あれは――

前世の記憶の中で、私が大切にしていた名前…、

だったんじゃないかって、今になって思う。


だとしたら――あの子犬って、まさか……。


その瞬間――

私の心に、なにかがふわっと浮かびかけて――


……しかし、その“想い”は、言葉になる前に、

光と風の中へと、静かに溶けていった。

まるで、またいつか思い出す時を、

静かに待つみたいに――


世界がやさしく滲んでいく。

木の香りも、光も、ぬくもりも。

指の隙間からこぼれるように、

少しずつ遠ざかっていく。


そして、次の瞬間。

私は、まぶたの奥に朝の光を感じて――

夢から、目覚めた。

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