『白と黒の贈り物』15
……ふぅ〜、おなかいっぱい〜〜〜っ。
みんなでカレーを食べ終えたあとは、
少しだけ、夏の空気にとけこむみたいな休憩タイム。
太陽は真上、空はまぶしいくらいの青。
セミの声がジリジリ響いていて、
肌に触れる空気は、ちょっと熱を帯びてる。
でも――
ヒカリと一緒に木陰へ入ると、
さっきまでの暑さがふっとやわらいで、
不思議と風がやさしく感じられた。
私はレジャーシートの上に、ぽふんっと寝転がる。
ヒカリは隣で、すっと腰を下ろして空を見上げていた。
ふわりと揺れるポニーテールの先――
結んでいたお気に入りの“白リボン”が、
木漏れ日の中でひらひらと踊っている。
汗ばんだ額に、木の葉の影がちらちら揺れて、
風がそっと髪をなでていく。
遠くで鳥の声が聞こえて、
空を見上げているだけなのに、
胸の奥がじんわりとあったかくなる。
(……夏って、いいなぁ)
静かで、優しくて、どこか嬉しくなるような、
そんな真夏日のひとやすみ――
そのとき、ヒカリがそっとつぶやいた。
「……こんな日が、ずっと続けばいいのにね」
その声が風に溶けて、空に溶けて、まるで心の奥に
ぽたりとやさしい雫が落ちたみたいだった――
「う、うんっ、わたしもそう思うっ!
なんかさっ……うまく言えないけど……
ヒカリがそばにいると、今日って、すっごく特別な気がするんだ〜っ!」
ちょっと恥ずかしくて、顔をぷいってそらしたけど、
心の中は、ぽかぽかしていて――
でも、ヒカリはふっと優しい顔で空を見上げると、
まるで風に語りかけるように――
「……少し、歩いてみない?」
その言葉は静かでやわらかくて、
夏の光の中に、そっと溶けていった。
「うん、行こっか!」
私は、ほっこり満たされた気持ちのまま、
ヒカリとふたりで、山道をゆっくり歩きはじめた。
ふと振り返ると、
さっきまでにぎやかだった体験施設の小屋が、
木々の向こうに、ちらっと見えた。
そして、また前を向いて歩き出したとき――
空気の色が、すうっと変わった気がした。
「……こっち、なんか静かだね?」
「うん……風の音が、ちょっと違う気がする」
木々の合間から差し込む光は、さっきよりも細く、
その先には――ふわっと開けた、静かな空間が広がっていた。
柔らかい草に覆われた地面。
古びた石畳が、遠い昔からそこに敷かれている。
そして、空の下に、堂々と佇む小さな祠。
黒ずんだ木の柱は、風雪に耐えてきた跡があり、
屋根には苔がそっと広がっていて――
それでも、凛とした気配を失わないまま、
この場所を、何十年、何百年と守り続けてきたようだった。
祠の周りは不思議なくらい静かで、
吹き抜ける風さえ、どこかやさしかった。
まるで――
「ここは特別な場所なんだよ」って、
森全体が語りかけてくるみたいだった。
「……あれって……」
近づこうとしたとき、
そこには、立て札があった。
『立入禁止区域につき、関係者以外の立ち入りを禁ず』
白くて古びた木札。
でも、そこに書かれた文字だけは、真新しくて――
まるで最近、誰かが書き直したみたいだった。
私は、思わずごくんと息をのんだ。
「なんか……変な感じするよね?」
ヒカリは、そっと口元に指を当てた。
「……ここ、たぶん、また来ることになると思う」
「えっ……?」
私が思わず聞き返すと、ヒカリは少し迷うように目を伏せて、それから、はっきりとした声で言った。
「ここは……試練の場になるの。
私が――記憶の結晶を手に入れるための。
そして、犬神さん、あなたにとっても……
きっと、とても大切な場所になるはず」
風が木々のあいだから吹き抜けて、
カラン……と、小さな鈴が鳴るような音がした。
それは、祠の屋根の下にかけられた、
古びた鈴が、そっと風に揺れた音だった。
私は、その音と
ヒカリの横顔を静かに見つめていた。
さっきから、心の奥でずっと引っかかっていたこと。
今なら、ヒカリに聞いてもいいような気がした。
風がそっと背中を押すように吹いてきて、
私は、思いきって口を開いた。
「ねぇ、ヒカリ……」
ヒカリは、そっとこちらを見た。
「前にさ……“犬神の指輪”のこと、
見えてるって言ってたよね?」
「うん」
「他の人には見ることが出来ない、この“犬神の指輪”が、ヒカリには見えてるって……それって、どうしてなんだろうって……」
少しだけ間があって、ヒカリは静かに言った。
「……私にも、全部はわからない。でも……わたしは、見えるんだよ。それは、私もあなたと同じ犬神の継承者だから……」
「犬神の継承者って……いったい何なの?
それに、“記憶の結晶”って……
それを手に入れたら、ヒカリはどうなるの?」
ヒカリはふっと目を細めて、祠の方を見つめた。
「……いつか全部わかる時が来る。
あなたなら、きっと」
そして、ヒカリは祠から少し視線を外して、
私に向き直った。
「明日、臨海学習が終わったタイミングで――
この場所に、また来よう。
そこで、試練に挑む準備を始めようと思うの」
私は、思わずまばたきをした。
胸の奥が、なにかを予感するように、
かすかに脈打っていた。
「……うん、わかった。いっしょに行こう、ヒカリ」
私たちは視線を交わして、静かにうなずいた。
そして、その場を離れることにした。
***
気づけば――太陽はすっかり、午後の空。
風のにおいも少しだけ変わっていて、
さっきまでの静けさが、まるで夢だったみたいに思えた。
みんなと合流した私たちは、午後のレクリエーションに参加!
チームに分かれて、写真コンテストにオリエンテーリング!
地図を片手に、山の中をぐるぐる大冒険っ!
「あっちだってば!」「え、こっちやろ!?」
「あ〜もう迷子〜っ!」
そんな声があちこちから聞こえてきて、笑って、
走って、また笑って――
自然の中で、最高に“青春”してる気がした。
やがて空が、うっすらオレンジ色に染まりはじめて、
木々の間を風がすーっと通り抜けていく。
今日のレクリエーションも、そろそろおしまい。
私たちは、笑い声で胸いっぱいにしながら、
夕暮れの旅館へ、みんなで帰っていった――
***
旅館に戻った私たちは、まずは汗を流すために、
浴場で軽くシャワーを浴びることに。
アクティビティ用の服を脱ぎ、のれんをくぐると、
もわっと優しい湯気が体を包みこむ。
シャワーでさっぱり汗を流したら、浴衣に着替えて――
その瞬間、なんだか自分じゃないみたいな、
不思議な気持ちになった。
いつもの私より、ちょっぴり大人っぽくて、
でもどこか軽やかで。
(わぁ……浴衣って、なんか特別な感じする……)
鏡に映る自分を見て、そっと帯を整えていると――
「チハルちゃん、それ似合ってるやん〜」
天音ちゃんが、にこっと笑いながら、
帯をポンと軽く叩いてくれた。
「えへへっ、ありがとっ。 天音ちゃんも、いい感じに旅館のお姉さんっぽい〜っ」
「えっ、ほんま? よっしゃ、じゃあ今から
“仲居さん風ポーズ”いきます〜」
そう言って、天音ちゃんはタオルを肩にかけて、
「いらっしゃいませ〜
ごはんのおかわりいかがですか〜♪」と、
おしぼりを差し出すフリ(笑)
「よ〜し、次はチハルちゃんの番やで」
天音ちゃんにバトンを渡されて、
私、なんだかスイッチが入っちゃった。
「それじゃあ……いきます」
ぴょんっと小さく一歩前に出て、
両手をくるんと回しながら、
「ちゃっ、ちゃっ、ちゃらら〜♪」と、
小声で即興の音頭っぽいステップ。
「な〜つといえば〜……お〜んせんといえば〜……♪
そうっ! ゆ〜かたで〜、おまつりダンス〜っ……ふふっ♪」
もちろん、声は控えめに。
はしゃぎすぎないように、周りを気にしながら、
目が合った友達と、くすっと笑い合う。
「なにそれ……」
「チハルちゃん、どこで練習したん……」
「えへへ、ノリと勢いだけで生きてるからね」
「じゃあ私はモデルっぽく……」
そう言って、別の子が斜め45度でスッとポーズを決めると、そのまま、すました顔でゆっくりと歩き始めた。
まるで旅館の廊下をランウェイに見立てた、
即席ファッションショー!
浴衣の裾をひらっと揺らしながら、
くるりと振り返って――
「旅館のニューファッション、いかがですか〜?」
「なんで旅館でウォーキング始めてんの〜(笑)」
すぐにみんなくすくす笑い合って、
浴衣の裾がふわふわ揺れた。
脱衣所のすみっこで、そっと咲いたミニお祭り。
ふわっとした浴衣の裾が揺れて、
その瞬間だけ、旅の時間がやさしくほどけた気がした。
全員おそろいの旅館浴衣なのに、ポーズひとつでこんなに個性が出るんだなぁって、なんだか楽しくて――
あっという間に、脱衣所の一角が
“ポーズ見せ合いコーナー”に早変わり。
※スマホは使わず、目で楽しむのが旅館ルール♪
そんな小さな笑い声が響く中で、
私の心もふわっとあったかくなった。
浴衣の裾を整えて、
みんなでそっと脱衣所をあとにする。
ほのかに香る石けんの匂いと一緒に、
心まですっきり軽くなっていた。
***
大広間へ足を運ぶと、そこには旅館のごちそうが、
これでもかってくらいずら〜〜っと並んでいた。
「えっ、これ……ほんとに全部食べていいの!?」
色とりどりの小鉢に、天ぷら、お刺身、炊き込みご飯、お味噌汁、そしてデザートには、おっきくてプルプルで真っ赤なタコさん型のゼリーがお皿の上に盛り付けられて立っていた!
わっ……なにこのゼリーっ!? ぷるっぷるで、たこさんの形してる〜っ!?
思わず両手で頬をおさえて「かわいすぎっ!」って声に出しそうになっちゃった。
あのプルプル感、たぶん触ったら……
こっちまでぷるんってなる気がする♪
「今日一日がんばったごほうびやな」
天音ちゃんが、どこか誇らしげにお箸を持ち上げる。
「ほんとに……全部おいしそう」
ヒカリは、お椀をそっと手に取りながら、
ふわっと小さく目を輝かせた。
「ふふ〜……みんな、ピカピカでごきげんさんだねぇ♪
……たこさんゼリーも、ぷるぷる踊ってるみたい〜♡」
愛衣ちゃんは、ふわふわ笑いながら、
まるでお料理と会話してるみたい。
隆之は、ごはん茶碗を手にしながら、
少し真面目な声でぽつり。
「……全部、すごく計算されてるんだな。タンパク質、ビタミン、炭水化物……完璧だ」
その“クールすぎる栄養分析”に、一瞬ぽかんとしてから、私たちは顔を見合わせてくすっと笑った。
(さすが隆之……やっぱりブレないなぁ)
その空気が、なぜか安心感に変わって、大広間の雰囲気がさらにあったかくなった。
みんなの声が一斉に上がって、浴衣姿のテンションが
一気に最高潮に!
「「「いっただっきま〜〜すっ!」」」
楽しかった今日一日のことを思い出しながら、私たちは、あったかくておいしい晩ごはんを頬ばった。
お腹いっぱい、ごちそうに大満足したあとは――
楽しみにしてた、温泉タイム!




