『白と黒の贈り物』13
…ふわぁ……なんか、顔がほんのりあったかい。
まぶたの裏に光がじわ〜っと染み込んでくるのを
感じながら、私はゴロンと寝返りを打った。
夢……見てたような……?
でも、思い出せない。
なにか大事な事を思い出そうとしてた気がするんだけどなぁ……。
ゆっくりまぶたを開けたら、
柔らかい朝の光が、ぼんやりと広がっていた。
畳の香りと、朝の光のまぶしさ。
旅館で寝泊まりして、朝、目覚めた時って、
なんだか「冒険の朝」って感じがするんだよね。
障子越しに入ってくる陽ざしが、じんわり明るくて、
外で鳴いてるセミの声と、
風鈴のチリンチリンって音が重なって――
まるで、“夏休みの朝”をぎゅっと詰め込んだみたいな空間だった。
部屋の隅では、天音ちゃんがまだ
ふとんの中でまるっと丸まってて、
たまに「……むにゃ……うどんやないわ……」とか
寝言をもらしてるのが、ちょっと笑えてきた。
私はそっと息を吐いて、もう一度ふとんの中で伸びをした。
(……なんだろ、すっごく心がほわっとしてる)
理由はわかんないけど、
なんだか、優しい夢を見ていたような……
そんな気がした。
そのときだった。
『……夢を、忘れたのか』
頭の中に、しれ〜っと、しぶ〜い声が響いた。
え、きたきた、いつもの低音ボイス……
この響き、間違いない。
(シロ……朝から心に直接語りかけてくるパターン……)
『そなたの魂は、確かに揺れていた。写らぬ者の気配に触れ、記憶の扉がわずかに軋んだ……
だが、なお“封じられたまま”か』
……写らぬ者? 記憶の扉??
なんかすっごいシリアスな感じで来てるけど、まだ私、完全に寝ぼけてるんだけど!?
シロの声はすっごい落ち着いてるのに、
私の頭の中は、もう、ぐるぐるーっと渦を巻いていた。
(え、なに? 私、また何か大事なこと
スルーした感じ!?)
『無理もない。
まだ、そなたは気づいていないのだからな。
自身が何者であり、何を背負わされているのか……』
うわ〜〜シロの語り口、朝から重っ……!!
でも、なんだろう。
確かに、胸のあたりが、ぎゅってしてる。
なにか……思い出しかけてたような、そんな感じ――
『だが、そなたの中に眠る力は、
確かに目覚めつつある。やがて来る“第三の試練”――
その先に、真実の記憶は繋がっていくのだ』
第三の試練!?……って、第一の試練のとき、
確かに“あと三つある”って言ってたけど……
え、まさかこれ、渡島でやるってこと!?
嘘でしょ!?
合宿で、ただのバカンスじゃなかったの!?
(あ〜でもなんか、言ってること……本当っぽくて、
悔しいというか……ぐぬぬ……)
『いまこそ時は満ちた……光影の封印を打ち破れし者よ……覚醒せよ、犬神 千陽ッ!!』
「ちょっとちょっと!? なにそのラスボス最終形態みたいなセリフ!? 朝からやめてぇぇ〜っ!!」
……はっ。
やば、声出た。
「……うるさいわぁ……
誰や、朝から叫んどるのはぁ……」
隣の布団から、むにゃむにゃ言いながら天音ちゃんの低音パンチ炸裂。
「ご、ごめんっ、あの、なんか脳内で犬が吠えたというか……!?」
『ふむ……汝の“機転の極意”も、ついに目覚めの時を迎えたか……』
(いやそこ覚醒しなくて いいからーーっ!!)
朝からテンションぐるんぐるん、私の脳内カロリー消費、
すでに限界突破してますっ!
ふと気づけば、あちこちでお布団がもぞもぞ。「ん〜……おはよう〜」
って、ぼそぼそ声が聞こえてきて、
部屋の空気が少しずつ“朝”になっていく。になっていく。
「おはよーっ、みんな〜っ!」
私が、ぱっと声を上げると、
ぽつぽつ返ってくる寝ぼけた挨拶の数々が、なんだか可愛くてほっこり。
……そして、ふと気づく。
「……ふわぁ〜、朝って……こんなに体が重かったっけ……?」
ふとんからごそごそ抜け出した私に、
となりの天音ちゃんが、寝起きの顔でぼそり。
「そりゃ、昨日あれだけ走り回っとってんからな……
もうちょい寝かせてぇ〜……」
「ダーメ!お楽しみは朝ごはんから始まるのですっ!」
天音ちゃんと一緒に、朝の身支度スタートっ!
同じ部屋のクラスメイトの子たちも、ふわぁ〜ってあくびしながら順に起きてきて、
「ふぇ〜…ねむ〜」なんて言いながら、みんなでわちゃわちゃ布団から抜け出す。
私はひと足お先に、トイレもちゃちゃっと済ませて、
洗面所へダッシュ!
歯をシャカシャカ磨いて、ドライヤーで爆発寝癖をちょいちょいっと整えて――
よしっ、完了!
部屋に戻って、ベッドの端っこに置いておいたアクティビティ用の服に手を伸ばす。
着替えるのは、カーテンで仕切った部屋のすみっこ。
背中を向けて、Tシャツのすそをつまみ上げると、
汗ばんだ肌に少しだけ空気が触れて――
(あっつ〜……朝からもう、真夏って感じ……!)
さらっとした半袖シャツに袖を通して、
次はハーフパンツ! ひざ丈くらいのをササッと脚に通して、ウエストをキュッと整える。
ちょっと冷たい布地が肌に触れて、ひやりとした感触に思わず「ひゃっ」と声が漏れた。
「チハルちゃん、準備はやっ!」
後ろから天音ちゃんの声。
「ふふんっ、朝はスピード勝負だもんっ♪」って、振り向きざまにニコッ!
――まあ、たまに寝坊しちゃうからね。
限られた時間で着替えてダッシュしてきた経験値は、
無駄に高いのだ。
だから朝の身支度はテキパキ! これも努力(?)の
成果ってことでっ、えっへん!
でも、リボンがまだだったことに気づいて、
慌ててポニーテールを結び直して――
鏡の前で、お気に入りの白リボンをきゅっ!と結んで、私はにっこりポーズで元気チャージ完了っ!
「よ〜しっ、今日もいっちょ、がんばるぞ〜っ!!」
それを見た隣の天音ちゃんが、ふふっと笑って――
「ちょ、朝からテンションMAXて……チハルちゃん、
何の勝負始まんの!?しかも今さらリボン結び直してんの、見逃してへんからな〜(笑)」
すると、洗面所の方からクラスメイトのひとりが顔を出して、
「チハルちゃん、朝からフルスロットルすぎ(笑)
まだ目ぇ開いてないんだけど〜」
もうひとりもタオルで髪を拭きながらにこっとして、
「朝からそんなに全力って……ほんと、すごいなあ〜」
「えへへ〜っ、気合い入れないと、一日がはじまらないんだもんっ♪」
元気ポーズでびしっ!とキメたあとは、
ふと頭に浮かぶ、いつもの朝の風景――
(ゲンキは、お布団でごろごろ中かな?
パパとママは朝ごはん食べたかな〜。
さとしは……私より先に起きてたりして!
くぅ〜悔しい〜っ)
なんて家族のことを思い浮かべながらも、
私の心はもう、今日の朝ごはんでいっぱいっ!
(どんな料理が出るんだろ〜っ!?)
ウキウキ気分で、天音ちゃんや部屋のみんなと一緒に、旅館の大広間へ向かった。
***
宴会場でもある大広間の入口で、スリッパを揃えて脱いで、そっと畳の間にあがった瞬間――
ずらりと並んだお膳の向こうから、
ふわ〜っと味噌汁の香りが漂ってきた。
わぁ……!
定番だけど、最高すぎる朝ごはんだぁ〜っ!
思わずお腹を押さえて、「いただきます」って言いたくなるくらい、テンションが上がった――!
ふっくら炊きたてのごはんに、
ほかほかの焼き鮭。
湯気の立つお味噌汁に、ぷるぷるの出汁巻き卵。
見ただけで、おなかがきゅるるって鳴りそうになった。
「いただきま〜すっ♪」
ひとくち頬張った瞬間――
ごはんの甘みがふわっと広がって、
鮭の香ばしい香りが鼻にぬけて、
お味噌汁のあったかさが、じんわり胸にしみていく。
朝からしあわせすぎて、
私のほっぺ……もう、にやけるの止まらなかったっ!
(……これ、絶対、
世界が幸せになる朝ごはんだ……っ!)
ほわほわした気持ちに包まれたまま、
私は、最後のひとくちを大事に味わった。
そして、みんなが食べ終わるころ――
担任の白石先生の明るい声が、大広間にすうっと通った。
「これから山の活動に入ります。動きやすい服装に着替えて、帽子、水筒、虫よけも忘れずに準備してくださいね。準備ができたら旅館前に集合してください。」
そのひと言で、みんなわらわらと立ち上がって、急ぎ足でそれぞれの部屋へと散っていった。
私たちも、天音ちゃんや同じ部屋のクラスメイトの子たちと一緒に、ちょこちょこ小走りで自分たちの部屋へと戻っていく――
部屋に入った瞬間、
私のスイッチも一気に“出発モード”っ!
リュックをバタッと開けて、帽子をひょいっ!
水筒の水は、ばっちり満タンっ!
虫よけスプレーも忘れずに、ぽいっとイン!
そして――今朝、着替えた服装は、
もちろん、すでにアクティビティ対応済み!
ドヤッ(キラーン)☆
計画的に選んだこの動きやすさ、見よっ!
私の完璧な準備力〜っ!
「ふふんっ、朝の私、グッジョブ♪」って、
自分で自分を褒めてあげた――そのとき。
「おお〜さすがチハルちゃん! このまま伝説の山に旅立てそうやんっ!」
背後から天音ちゃんの声。
気づけば、どこからかパンフレットを広げて、ノリノリで言っていた。
「ふむ……この山の先に伝説の剣が……」
完全になりきり冒険モード(笑)
私はリュックを背負って、お気に入りの帽子を
きゅっとかぶる。鏡越しに天音ちゃんと目が合って、
思わずふたりでニッコリ。
準備は万端――さあ、今日の冒険、スタートだっ!
そのとき、同じ部屋のクラスメイトの子が
「チハルちゃん、今日の山のアクティビティ、
一緒に頑張ろうねっ!」
って、声をかけてくれて――
「うんっ!全力で楽しもうねっ♪」
もうひとりの子も「は〜い、みんなで気合い入れてこ〜っ!」って拳をぎゅっ!
天音ちゃんも笑いながら「せやせや、準備オッケーやったら、いざ出発や〜っ♪」
そんな感じで、部屋の中はすっかり出発モード!
リュックをパタンと閉じたところで、天音ちゃんが笑顔で声を上げた。
天音「よーし、せーので言おっか〜!」
「ちょっと待って〜……はいっ、リュックよしっ!」
「OK、バッチリ〜!行こ行こ〜っ」
チハル「いっくよ〜っ♪」
そして私たちは、輪になって手をそっと重ねて――
ぴたっと息を合わせた、その瞬間――
「「「「ではではっ、出発〜〜っ!!」」」」
そんなテンションの中、
ぺたぺたと急ぎ足で廊下へ飛び出して、
そのままみんなで、てくてく旅館の入り口へ――!




