『白と黒の贈り物』11
うわぁぁぁ、もう〜〜〜、汗と砂で髪も体も
ベッタベタ!!これでごはんとか絶対ムリ〜〜っ!!
ってことで、午後の海岸アクティビティと清掃活動を
ばっちりやりきって、私たちは女子用シャワールームへと駆けつけた!
っと、その前にっ――
みんなで入り口横にある砂落としスペースに集まって、
足元パタパタ、ジャージぱんぱん!
愛衣「足の指の間にも……砂、いっぱいです〜」
亜沙美「見て見て、ポケットから小石が出てきたんだけど!?」
チハル「私も、なんかポケットから貝殻出てきた……!」
天音「さっきの波、めちゃくちゃエグかったな〜〜!
髪の中まで砂入ってるわっ!」
チハル「わかる〜っ!ジャージ脱いだら砂ポロポロ!
どこから湧いてきたの!?ってくらい〜っ!」
ヒカリ「ふふ……。でも、ちょっと気持ちよかったね。あの波」
そんな中、みんなでワイワイおしゃべりしながら
タオルで足元をパタパタ、服をパンパン。
これぞ、青春部活動系“砂落とし戦隊”発進〜〜っ!!
ひとしきり、じゃりじゃりを落としたら、
タオルを抱えて、それぞれ個室のシャワーブースに
入ると――水音が重なりはじめる。
さぁ〜〜っ、ざぁ〜〜……
なんか、この音、めっちゃ癒される……。
シャワーブースの中は、
畳一枚ぶんくらいの広さで、壁は白っぽいタイル張り。
足元にはちっちゃな排水溝があって、
なんかこう、シャワー専用の“個室感”って感じ!
すぐ横には、通気性のある白い洗濯カゴがぽんと置いてあって、その上に小さな棚とフックがひとつ。
私は、まずは髪をほどいて、
ポニーテールに結んでいた白いリボンを、そっと外す。
ヒカリが結んでくれた、あの“絆のリボン”。
タオルの上に大切に置いてから――
ジャージをぬいで、タンクトップもそっと外して
くるっと丸めて、洗濯カゴにぽいっ!
(こっちは、着替え用に持ってきたラフな服っ!)
……えへへ、あとでちゃんと畳もう……)
フックにはタオルをかけて、
それから、シャワーのつまみをキュッとひねった。
壁に反射するシャワーの音、蒸気がふわ〜って
上がって、ちょっとだけ“秘密基地感”があるこの空間、
……私、けっこう好きかも。
「……んっ、はぁ〜〜……気持ちい〜……」
声、出ちゃった。
なんかもう、ぜんぶ流れてく〜って感じで、
心までふわぁ〜ってゆるむの。
あぁ〜、やっぱ夏のシャワーって最高っ!
ちゃちゃっと髪を洗って、タオルでくるくる巻いて、
シャワーを止めたら、洗濯カゴから替えの服を取り出して、ぱぱっと着替え!
鏡の前でキメ顔っ!
「よーしっ、これで完ぺきっ!
ごはんと温泉と、おふとん〜〜っ♪」
ポニーテールは……あとでいいやっ。
(白リボンは、大事にリュックのポケットの中〜!)
ブースを出て、すぐ横の扇風機の前へダッシュ!
くるって回ったら、濡れた髪先がしゅるっと揺れて――
なんかちょっと、大人っぽくなった気がして……
へへっ。
「……あっ、でも! 次に使う子がいるかもだし、
のんびりしてる場合じゃないや〜っ!」
タオルを片手に、私はくるっと向きを変えて、
みんなのところへと急いで合流っ!
廊下に出ると、ちょうど同じタイミングで、
別のブースからもみんなが次々と出てきて――
愛衣「チハルちゃん、髪……ふわっとしてて、すごく似合ってる〜っ。あっ、いつものポニーテールもいいけど……今日は、ちょっとやわらかい感じで……好きですよ〜」
チハル「へへっ……ありがと〜!」
天音「わっ、ほんまや!チハルちゃん、いつもと雰囲気ちゃう〜〜っ!」
亜沙美「久々のロングチハル、いいじゃんいいじゃん〜っ!」
ヒカリ「……うん。なんていうか……下ろしてるのも、いいと思う。私は……すき、かも」
チハル「へへっ、シャワーのあとだからね。ポニーテールは……あとで、ヒカリにお願いしよっかな♪」
ヒカリ「……うん、いいよ。あとで、ちゃんと……結んであげる」
そんなやりとりのあと――
ぐぅ〜〜〜……って、お腹がめちゃくちゃいい音で鳴った。
チハル「……へっ!?」
天音「うわ〜〜〜出たっ!チハルちゃんの“腹ぺこ警報”や〜っ!」
亜沙美「その音、何回聞いても元気出る〜〜っ!」
愛衣「ふふっ……お腹の声が、ごはんに呼ばれてるみたいです〜」
ヒカリ「……ふふ。そろそろ、行こっか」
チハル「えへへ……でも、ほんとこれでごはん倍いけるよっ!」
天音「せやせや!腹ぺこスイッチ入ったでぇ〜〜っ!」
亜沙美「全力で食べて、全力でととのうぞ〜〜〜っ!」
ヒカリ「……このあとの温泉も、楽しみね」
シャワー上がりの空気が、ちょっぴりだけ“特別”に感じて――私は心の中で、こう思った。
(……こういう時間、なんか……すっごく、好き)
そのまま、みんなでぴょこぴょこ、
旅館へ続くちいさな石畳の道を歩いていく。
髪がふわって揺れるくらいの、
やさしい風が通り抜けて――
今日の夕ご飯、どんなの出るんだろ〜っ!?
***
「いただきま〜すっ♪」
夜の旅館の大広間には、“お腹すいた〜っ!”なオーラが全開で、私の胃袋も、スタンバイ完了状態っ!!
目の前には――THE・旅館!って感じの、
色とりどりのごちそうたち!
煮物に焼き魚、冷ややっこに、
なんとミニ天ぷらまで……!
湯気と一緒に、ごほうびの香りがふわ〜っと押し寄せてきて、もう完全にノックアウト……っ!
午後は浜辺で全力レクリエーションしてきたんだから、ねっ。
焼けた砂浜を駆け回って、太陽の下で汗びっしょり。
髪も潮風で、くしゃくしゃになっちゃって!
でもね――この瞬間、そのぜんぶが
「おいしさ増し増しフィルター」に変わるんだよっ。
「これ……これって……ごほうび!?
今日一日、全力で頑張ったごほうび!?」
私、いま、完全にごはんに恋してます……。
「テンション高いな〜チハルは」って、
亜沙美が笑ってたけど、これはもう仕方ないのっ!
「いや〜、旅館のごはんって、なんでこんなに優しくて美味しいんだろう……」
(お味噌汁しみるぅぅ〜〜……)
天音ちゃんは、唐揚げをひと口食べたあと、
「うん、これはごはんおかわり必須やでっ!」って、
超キラキラ笑顔。
ヒカリは、箸をゆっくりと進めながら、
「ふふっ……海の味がするね」って静かに微笑んで――
そして愛衣ちゃんは、「ごはんがふっくらで、なんだか嬉しいです〜」って、やっぱりふわふわな口調だった。
そして――
みんなで「ごちそうさまでしたっ」って声を揃えたときには、心もお腹もぽかぽかで……
(……ふふっ。今日一日、いっぱい動いていっぱい笑ったな〜っ♪)
ごはんのあとは、ロビー前に一度集合して、
「じゃあ一旦、部屋戻ってお風呂の用意してきてね〜」って先生の声。
お待ちかねの――お風呂タイム!
「よ〜しっ、バスタオル、下着、Tシャツ、
忘れものナシ……!」
天音ちゃんが真顔でチェックしてる横で、
私はリュックに、ごそごそ詰めこむ。
……うんっ! お風呂準備、完了っ!
それぞれお風呂セットを手に、
てくてく旅館の廊下を進んでいく。
足元の畳みたいな廊下は、ぺたぺたって優しい音を
立てて、歩くたびに、ほのかに木の香りが
鼻先をくすぐった。
ふわっとお湯の匂いも混ざってきて、
その先に、暖簾が揺れているのが見えた。
(わぁ……もうすぐだ……!)
胸が高鳴るのを感じながら、暖簾をそっとくぐると――
もわ〜っと立ちのぼる湯気と、あったかい空気に、
ふわっと包まれた。
中はすぐ脱衣所になっていて、
みんなで「わぁ〜……!」って小さく声をあげながら、
それぞれタオルを手に、ロッカーの前で
服を脱いでいく。
ちょっとひんやりした空気が肌に触れて、
(うわぁ……お風呂、絶対気持ちいいよね……!)
って、心の中でもうワクワクが爆発しそうになった。
***
お風呂、さいこ〜〜〜〜〜っ!!
脱衣所から見える引き戸の向こう――
ちらりと開いたすき間から、もわっ♪と
上がる湯けむりと、ほんのり木の香り。
ひのき風呂だよ!? ひのきって……
あの、アロマみたいなやつでしょ!?(たぶん)
(わ、わ、わっ……本物のひのき風呂だ……!!)
(早く入りたい〜〜っ!!)
胸の奥でバクバクに高鳴るテンションをぎゅっと抑えながら、でも顔はたぶん、にやにやしてたと思う。
「ひゃ〜っ、こりゃ贅沢やな〜っ」
天音ちゃんが、脱衣所でひときわテンション高めに
タオルをぐるぐる。
「チハル、やっぱ“お風呂”ってワードだけで元気になる顔してる〜」
亜沙美は横で、くすくす笑ってて――
「あははっ! だって今日めちゃくちゃ動いたしっ、
砂もついたしっ、これはもう……
浄化の儀式ってやつだよ〜っ♪」
そんな私の横では――
ヒカリが静かに髪をくるくるまとめて、
タオルでやさしく包んでる。
(あっ、上品……さすがヒカリっ)
「ふふっ……あったかそうな空気、だいすき」
ってぽつりとこぼしたその笑顔が、
なんかもう、見てるだけで癒し……(とろ〜ん)
そして脱衣所でタオルを手にして、
「うわ〜っ、開放感……っ!」って言いながら、
みんなで順番に浴場へ。
浴室に入ると、もわ〜んとした湯気と、
ほんのりお湯の香り。ぺたぺた歩くタイルの床が、
ひんやりして気持ちいい…。
「ふへぇ〜……足元が天国……」
なんて私がふにゃっとしてると、
天音ちゃんが洗い場で、ちょこんと椅子に座りながら
にっこりして、
「さてさて――今日一日で溜めた疲れと、流した汗と、心のモヤまで……ぜ〜んぶ、ここで綺麗にリセットや。
ちゃんと丁寧に、自分のカラダと心、
ゆっくり、ほぐしてあげるんやで〜」
って、まるで温泉のプロみたいに言うもんだから、
思わず「了解でーすっ!」って元気に返事しちゃった。
そのあと私は、ぺたぺたと洗い場に移動して、
椅子にちょこんと座り、桶にお湯を汲んで――
「よ〜し……今日の“がんばった分”をぜんぶ落とすぞ〜っ!」と、気合いを入れて泡だらけになっていたら……
「犬神さん。がんばった分は、落としちゃダメ……
だよ……? むしろ、残すところでは……?」
すぐ横で洗ってたヒカリが、ちょこんと首をかしげて
小声でツッコミ。
「……あっ。そっか……!」
私も思わず吹き出しちゃって、ふたりで「ふふっ」って笑いあった。
「……あっ!! じゃあ、“サボった分”だけ落とすことにするねっ!」
「それ、アカンやつやんっ!」
天音ちゃんがシャワー片手に即ツッコミ。
「てかさ、サボった分ってどのへんよ〜?」
すぐ近くの風呂椅子に座っていた亜沙美が、泡だてネットを片手にニヤッとこっちを見ながらツッコんできた。
「えへへ〜……
記憶が、ちょっと泡で流れちゃって〜……」
「ちょっと! チハル、それ全部すっきり洗い流したら“がんばった証”も消えちゃうからね!?」
そう言いながら、亜沙美は泡まみれの腕をシャワーで流しながら、笑いをこらえるように小さく肩を揺らしてた。
そのとき――
ふわっと湯気の奥から愛衣ちゃんが
ひょっこり顔を出して、
「チハルちゃん……泡立てすぎると、カラダが
もこもこになっちゃうから注意です〜」
「愛衣ちゃん、どこから湧いたのっ!?」
「えへへっ……湯気と一緒に、ふわっと参上ですっ♪」
「もはや妖精やん……!!」
そんなこんなで、
洗い場には、笑い声とシャカシャカ音と、
ふわふわであたたかい空気に包まれていった。
しっかり洗い終わったあとは――
湯気に包まれながら、みんなで湯船にちゃぽんっ。
背中を預けて、はぁ〜って息を吐くと、
全身がじわ〜っととろけていくみたい。
「ん〜〜っ、しあわせが体にしみこむ〜……っ」
隣からも「あ〜、極楽……」って声が漏れて、
なんだかもう、最高の“癒し空間”って感じ!
――で、ひとつ気になってたことを、ふと思い出した私
「ねぇねぇ、愛衣ちゃんって、すっごく色白で金髪で髪ふわっふわなんだけど、もしかして……ハーフだったりするっ?」
言った瞬間――
愛衣ちゃんが、ぴくって肩を小さく揺らして、
ほんのり顔を赤くして微笑んだ。
「……パパがね、外国の人のハーフなんです〜。
だから私も……ちょっとだけ異国っぽい、って言われるのかな〜って♪」
「えぇ〜〜っ!? やっぱりそうだったんだっ!」
私がぽんって手を叩くと、天音ちゃんが
ふふっと笑って、
「うん、知ってるけどな〜。でも改めて見ると、ほんま“お人形さんみたいやな”って思うわ〜」
まるで、見慣れてるはずの風景に、
ふと感動するみたいな言い方で――
愛衣ちゃんは、ちょっぴり照れた顔でにこって笑った。
「ほら、愛衣ちゃんのしっぽ……じゃなくて、髪!
ふっわふわじゃん!」私が思わずそう言うと、
「え? しっぽ?」
と首をかしげたのは、天音ちゃん。
すると――
「しっぽはないけど、髪の毛ふわふわです〜♪」
愛衣ちゃんが、くすくす笑いながら、
湯気の中でくるんっと自分の髪先を持ち上げてみせた。
(……いやいやいや、今の言い方っ!
“しっぽはないけど”って……え、なに!?
あのときの“しっぽっ!?”……もしかして……
まだ引きずってる!? 私!?)
そんな心のもやもやを抱えたまま、
浴場を出て、脱衣所の鏡でちゃちゃっと髪を整える。
体はぽかぽか、気分はさっぱり!夜用に持ってきてた
半袖ジャージに、ちゃんとお着替えっ!
(アクティビティで着たやつは……砂まみれだから、即・洗濯袋行き〜〜っ!)
それから、パタパタっと軽い足音をたてながら、
更衣室の引き戸を、すーっと開けると――
「ふぁぁ〜、やっぱ湯上がりって最高やな〜っ!」
天音ちゃんのご機嫌な声が響いてきたものだから、
私も思わず、ふふって笑っちゃった。
脱衣所から出た通路の先――
タオルを手に、濡れた髪をそっと押さえながら歩く
ヒカリが、ふとこっちを見てにこり。
「湯けむり、ふわふわだったね……」なんて小さく
微笑んでくれて――
すると、すぐ隣で亜沙美が、
私の腕をとんっと触ってきた。
「ちょ、チハル、なにその肌っ!もちもちすぎて反則なんだけど!?♡」
「えっ、そ、そんなこと……あるかなっ!?///」
「あるあるっ!うらやましすぎるんだけど〜!?
何使ってんの!?お風呂上がりなのに、もうすべすべとか……チハルってば、ほんと健康のカタマリすぎ~♡」
「いやいやいや〜っ!?や、やめて〜~~!くすぐったいってばぁ~!」
わぁわぁ言いながら、私たちは廊下のすみっこで、
ひと盛り上がり。
ヒカリも愛衣ちゃんも笑ってて、
すっかりリラックスモード。
そのとき、タオルを肩にかけたまま、天音ちゃんが
ふと思い出したように言った。
「――あ、そや! これからうち、隆之と1階ロビーの休憩スペースでゲームする予定なんやけど……
みんな、来る? Wi-Fiも使えるみたいやで。」
「ゲーム?」と亜沙美が目を丸くする。
「スマホの音ゲーやで。『ミュジフェス!』ってやつ。
音の精霊育てながら演奏するんよ〜。うち、イベント中やから今のうちにポイント稼ぎたくてな」
「え、なにそれ楽しそう……」
ヒカリが目を輝かせる。
「ふふっ、私もやってみたいなぁ」
愛衣ちゃんが、ぽふぽふの金髪を揺らして
にっこり微笑んだ。
その様子に、亜沙美が腕を組んで、にやっと笑う。
「へへっ、あたしもそのゲームやってる〜♪
今ちょうど新キャラのイベント中でさ〜」
「えぇ〜、わたし音ゲー苦手なんだよ〜っ」
私は困ったように笑いながら、手をひらひら振る。
「この前、亜沙美とやってみたけど……
もう、指つりそうだったんだから〜!」
「そーそー! チハル、途中で画面タップせずに拍手してたし!」
亜沙美がクスクス笑って、私は
むぅ〜っと頬をふくらませた。
「……ふふ、でも楽しそう」
ヒカリが、ほんわり微笑みながら言った。
「そやな、あんまりうるさくならんように
気ぃつけてな〜。ロビーには他の人もおるし」
天音ちゃんはちらっと周囲を見渡して、ちょん、
と人差し指を口元に当てた。
「ほな――みんなで行こか!」
私たちはタオルを手に、わいわいと連れだって脱衣所の前を離れ、そのままロビー奥の休憩スペースへと歩いていく。
お風呂上がりの空気をまとったまま、ちょっぴり特別な夜のはじまり――そんな感じだった。
愛衣ちゃんとヒカリは、ほっこりとした空気のまま、
どこか楽しそうに笑みを交わしていた。
ロビーの奥には、ソファや観葉植物がゆったりと並ぶ
くつろぎスペース。
自販機の横には「Wi-Fiつかえます!」の張り紙と、
紙コップがひとつ置かれていた。
近くのソファでは、別の学校の生徒たちがくつろいでいて――
「ねぇ、アイス買いに行かない?」
「え〜、今から? お風呂上がりで眠くなってきた〜」
そんな他愛のないやりとりが、柔らかな空気に混ざっていた。
その近くの丸テーブルでは、隆之がスマホを手に、
真剣な表情で何かを操作していた。
光るアイコンがリズムに合わせて流れ、彼の指が迷いなく動いていく。
私たちが近づくと、隆之は一区切りつけて、ふっと顔を上げた。
「……来たのか、みんな。にぎやかになるな」
そう言って、小さく笑ったその声は、
どこか安心したようで――
そのとき、ひょいっと顔をのぞかせた天音ちゃんが、
「たかゆき〜、お待たせ〜! ……あ、ここでも
“タカちゃん”って呼んでええんかな?」
と、ニヤッと笑う。
隆之は一瞬だけ目を細めて――それから、
小さく肩をすくめた。
「……あれは、クラン限定の呼び方だろ。
“アマちゃん”」
「え〜? うち、もう“タカちゃん”以外で
呼ばれへんくらいやで?」
ゲーム内の癖が抜けへんねん、と天音ちゃんが
わざとらしく肩をすくめると、隆之は諦めたように
ため息をついた。
「……ま、好きにしろよ」
その声は、どこか呆れたようで、それでも
ちゃんと優しかった。
私たちはそのまま、笑いながら丸テーブルのまわりに
集まり、ソファに腰を下ろした
「それ……音楽ゲーム?」
隣に座ったヒカリが、小さな声でぽつりと訊ねた。
「『ミュジフェス!』っていう音ゲーやで、
ヒカリちゃん」
天音ちゃんが軽やかに答える。
ヒカリは何も言わず、けれどその瞳はじっと画面を見つめていた。
まるで音と映像をすべて吸い込むみたいに、静かに集中してる。
「やってみる?」
隆之がスマホを少し傾けて、そっと差し出した。
ヒカリは、一瞬だけ視線を伏せたあと、
そっとスマホを受け取る。
画面を見つめるまなざしは真剣そのもので、
流れるノーツに合わせて指が小さく動き出した。
「そこ、リズムに合わせてタップ。
…うん、そのタイミングでOK」
隣で隆之が静かにアドバイスを送る。
声は落ち着いていて、けれどどこか優しい。
「ん……なるほど。音に集中したらいいのね。
少し分かってきたかも」
ヒカリの声は小さくても、どこか嬉しそうだった。
その指先は、ややぎこちないながらも
一生懸命に動いていて――
時おり、音に合わせて身体までぴょこっと
反応してしまう様子が、なんとも微笑ましかった。
……そして――
画面に触れるその手つきは、まだ拙い。
だけど、ひとつひとつの音に、彼女は丁寧に向き合っていた。
音符が流れてくるたび、ふわりと肩が揺れて、
表情がほんの少しずつ変わっていく。
「うぅ……思ってたより、難しい」
けれどその呟きには、悔しさよりも、
楽しさがにじんでいた。
気がつけば、ヒカリの肩が
ぴょこっ、ぴょこっ……と、リズムに合わせて
小さく揺れていた。
「むっ…それっ…やっ…」
ヒカリの小さな声が、
リズムに合わせてぽつり、ぽつりと漏れる。
画面には、光るマークが音楽に合わせて流れていき――
それに合わせて、彼女の肩が
ぴょこ、ぴょこと跳ねていた。
まるで心まで、音楽と一緒に弾んでいるみたいで……
どこか微笑ましい。
ときどき、首がふわりと傾いたり、膝がちょこんと跳ねたり。
「……かわいい……」
誰かの小さなつぶやきに、まわりの空気がふわっと和んだ。
「ヒカリちゃん、めっちゃ乗ってるやん〜」
天音ちゃんがくすっと笑い、横からそっと画面をのぞきこむ。
ヒカリは、はっとして一瞬動きを止めたけど、
その頬には、かすかに朱がさしていて……でも、それでも画面から目を離せなかった。
「……これ、音がきれい。
……もうちょっと、やってみたい」
淡々とした声の奥に、ほんのりとしたワクワクが混ざっていた。
愛衣ちゃんが、スマホを両手でそっと持ち上げながら、ぽつりとつぶやく。
「いいなぁ……ゲーム。わたしも、やってみたいけど……このスマホ、もう古くて……アプリが開けなかったりするの」
「へぇ、どれどれ? うわ、初期のスマホじゃん!
今どき珍しいって〜」
亜沙美が愛衣ちゃんの画面をのぞきこんで、
ちょっと驚いた顔をする。
その様子を見ながら、私も自分のスマホを手に取って、ふっと苦笑い。
「実は私のスマホも、けっこう前の機種なんだ〜。
最近もう、電池すぐ切れるし、アプリも重たくて……」
そう言って、私は手元のスマホを軽く掲げた。
隣で私の話を聞いていたヒカリは、しばらくして静かにスマホを隆之に返すと、ほんのわずかに
瞳を揺らしながら、間を置いてぽつりとつぶやいた。
「……スマホ、わたし持ってないけど。
なんか、こうしてみんなと遊んでるの見ると……
ちょっとだけ、いいなって思った」
その言葉に、愛衣ちゃんもパッと笑顔を見せて頷いた。
「わたしも……やってみたいなぁ、スマホゲーム。
もし新しいの買ったら、招待してもらってもいい?」
「もちろんっ!大歓迎!」
亜沙美が満面の笑みで親指を立てた。
そこへ、テーブルに座っていた隆之が、
スマホから顔を上げる。
「スマホ選ぶなら、スペックとバッテリー容量見たほうがいい。音ゲーなら、画面の反応速度も大事だしな」
「……さすが、頼りになるな〜隆之っ」
亜沙美が、からかうように笑って肘で軽くつついた。
その間に、天音ちゃんが勢いよく身を乗り出してきた。
「安くても、スペックええのあるでっ! うちの弟も最近買い替えたばっかやし、おすすめ教えたる〜!」
「……ふふっ。じゃあ、夏休みが終わって落ち着いたら――みんなでスマホの下見、行こっか〜っ?」
愛衣ちゃんがふんわりと提案すると、みんなの顔がぱぁっと明るくなった。
「それ、めっちゃいいやんっ!」
天音ちゃんが嬉しそうに声を上げて、
「……スマホって、奥が深いのね」
ヒカリは、手のひらの画面をじっと見つめたまま、
ぽつりと呟いた。
「うふふっ、わたしも……ちょっと楽しみになってきちゃった」
愛衣ちゃんは、ぽふぽふの金髪をふんわり揺らして、
照れくさそうに笑う。
「その前に、私……音ゲーの特訓しとかなきゃ〜〜っ!? このままじゃ、イベントのボスにボッコボコにされる〜っ!」
私がスマホを掲げて叫ぶと、ヒカリと愛衣ちゃんが、
くすくすっと笑って寄ってきた。
「……犬神さんのスマホ、貸して?」
「ふふっ、一緒にやってみよ〜?
“音ゲー特訓部”の活動、開始〜っ♪」
「わ、ちょ、二人とも近い近いっ!? 画面見えないってば〜〜!」
肩を寄せ合って、ちっちゃな画面をのぞき込む三人。
笑い声がふわっと広がって、休憩スペースの夜が、ほんのり甘く染まっていく――
***
わぁわぁ言いながら、わちゃっと賑やかに戻ってきて――ひとしきり笑ったあと、
私と天音ちゃんは自分たちの部屋(201号室)へ。
「はぁ〜……お風呂、気持ちよかったなぁ。それに、みんなでゲームしたのも楽しかった~……」
冷蔵庫を開けて、取り出したのはミネラルウォーターのペットボトル。
キャップをくるくるっと開けて、用意していた紙コップにお水を注いで、ぐびっ♪とひとくち。
「ん〜っ、やっぱり水がいちばん!カラダに染みる〜〜っ……」
お腹の中まで、すぅ〜っと整っていく感じがして、
なんだか今日の疲れも、じんわり溶けていくような……
そんな心地よさ。
「さてっと……」
私はそのまま洗面所へ向かって、
歯みがきして、トイレもサクッと済ませてきた!
「ふぅ〜……これで寝る準備、ばっちりだねっ」
洗面所を出ると、廊下の空気がすぅっと冷たくて、
ほてった肌にひんやり気持ちいい。
(あ〜……この温度差…
眠気をふわっと引き寄せるやつだ)
足音を立てないように、そ〜っと歩いて、部屋のふすまを静かに開けると――
ほんのり灯った間接照明が、やさしく畳の上を照らしていた。
ジャージ姿の天音ちゃんが、
お布団のそばでしゃがんでいて、
気づいたように顔を上げて、ほわっと笑ってくれる。
「チハルちゃん、歯みがき終わった?
お布団、敷いといたからな。……静かに入ってな」
その小声が、なんだかすごくあったかくて、
私はそっとぺこりと頭を下げて、小さな声で返す。
「ありがと〜……天音ちゃん、さすが……っ」
ジャージの袖をちょこんとつまんで整えて、
こっそりお布団のほうへ向かうと……
他の女の子たちは、もう夢の中。
ふんわり寝息が聞こえてきて、お部屋には穏やかな夜の空気が漂ってる。
(……みんな、今日はいっぱい動いたもんね。
おつかれさま、だよね)
小さく囁くように――
「……おやすみなさい、みんなっ」
私はそのまま、音を立てないように
そ〜っと布団に足を滑らせて、
ぽすん……と、やさしく横になった。




