『白と黒の贈り物』7
こんにちは。犬神愛衣です。
……なんて、ちょっと改まった言い方、照れちゃうけれど。
この物語のどこかで、あなたと誰かの“絆”が、
そっと重なりますように。
そう願いながら、今日も私は――
しっぽを、ふる…ふる…。
七月の空から八月へ。
夏の風が少しずつ熱を帯びて、チハルちゃんたちの胸の中にも、小さな想いが灯っていきます。
ショッピングモールでの“ときめき”を経て、
いよいよ迎えるのは――“臨海学習”と“夏合宿”。
大切な誰かと過ごす時間は、きっと、未来へと続く絆になるから。
その一歩一歩を、チハルちゃんは今日も踏みしめていきます。
さぁ。
小さな足音が、波音とともに響く夏。
チハルちゃんの“まっすぐな瞳”が、
今日も物語の扉をひらいていく――
***
「わふっ!? もうこんな時間っ!?!?」
目覚ましを三回止めたことを今さら思い出しつつ、
私はお布団を吹き飛ばす勢いで飛び起きた!
今日から臨海学習っ!
待ちに待った渡島合宿っっっ!!!
三日間の臨海学習(8月3日〜5日)と、そのあと続く
玲奈先輩たちとの夏合宿(8月5日〜7日)!
六日間の“夏イベントづくし”が、いよいよスタートっ!!
……なのに、なぜ私はこの時間になっても
リュックのチャックを閉められてないの~~!???
「テニスラケットに、部活道具一式、下着にタオル、水筒、歯ブラシ……あれ? この袋なに!?
いや、これはいらない……やっぱ入れとく!
……いや、やっぱりいらないかも~~!!」
……どうして私は、この荷物と格闘してるんだ~~!!
気づけば、部屋の中は、もはやカオス。
あっ、でも――
「ラケットとかは全部、別荘に揃ってるから大丈夫よ」
って、玲奈先輩が言ってたんだった。
……とはいえ、シューズだけは念のため持っていこうかな。
そんな中、ふと目に入ったのは、いつも通学かばんに付けている、白いワンちゃんのキーホルダー、
“ユキちゃん”。
私は手に取って、やさしくなでながら、
にっこり微笑んだ。
「……みっちゃん、一緒に行こっか」
そう呟いて、ユキちゃんキーホルダーを
そっとリュックに付け替えた。
(うん、これで大丈夫。みっちゃんも一緒なら、
なんだか心強い気がするっ♪)
ユキちゃんをリュックに、ちょこんとつけたその瞬間、気持ちがふわっと軽くなって、やる気スイッチが
カチッと入った気がした。
よしっ、こういう時こそ落ち着いていこう!
焦らずキビキビ、てきぱき動くのがチハル流っ!
まずは、洗面所へダッシュ!
「ふわぁ~……まずは歯磨き、歯磨きっ!」
キュッキュとブラシを動かしながら、今日の流れを頭の中で再生中。
(バス乗って、船乗って、島着いて、テンションMAX!)
歯を磨き終えたら、鏡の前で……ハッ。
「うっわぁ!? 今日の寝癖……
なんでこんなに爆発してるの~っ!?」
ドライヤーで、ぶおぉぉぉっ!!
風圧MAXで寝癖と格闘っ!
手ぐしでわしゃわしゃ整えて、
前髪チェックもぬかりなく。
(……よし、だいたいOK!手も洗ったし、あとは部屋に戻って――)
制服に着替えて、シャツをぴしっと羽織り、
スカートをくるん♪
最後に髪をくるくるっとまとめて、
ポニーテールをきゅっ!
机の端に置いていた“それ”――
ヒカリがディオンで手作りしてくれた、世界にひとつだけの白いリボンを、ポニテの根元に結びながら、
「ヒカリのリボン、今日のお守りっ♪」
鏡の前でぴしっ!とポーズを決めて、OKサイン!
「よしっ、見た目100点っ……たぶんっ!」
テンポよく深呼吸してから、私は
いつもの和室へと向かった。
おじいちゃんの仏壇は、台所の隣の和室にある。
毎朝ここで手を合わせるのが、私の小さなルーティン。
「おじいちゃん、おはようっ!
今日から合宿、いってきます!」
手を合わせて、ぎゅっと目を閉じる。
写真の中で笑うおじいちゃんの顔を見ると、
胸の中がぽかぽかしてきて、
なんだか「がんばろっ!」って気持ちが、
自然に湧いてくる。
そういえば……おじいちゃんの若い頃って、
どんな感じだったのかなぁ?
きっと、今みたいに優しくて――
でもちょっとだけ、カッコよかったりして?
くすっと笑いながら、私は手をそっとおろした。
「よ~~~しっ、準備っ、完了っ!……って、ごはん、まだだったぁ。」
和室からそっと立ち上がって、畳の感触を名残惜しむように足を運ぶ。
「おはよ〜っ、ママっ!」
キッチンの方に駆け寄ると、すぐに優しい声が返ってきた。
「千陽、おはよう。ごはんできてるわよ。ほら、ちゃんと座ってね!」
「はーいっ!ママ、ありがとぉぉぉ〜〜っ!」
テーブルにはもう、朝ごはんが並んでて――新聞を読んでいたパパがちらっと顔を上げて、ひと言。
「お、千陽。おはよー」
「うんっ!おはよ、パパ〜っ!」
ダイニングには、あたたかな匂いと、家族の声――
テーブルには、湯気の立つ味噌汁と、きれいに焼かれたふわふわの卵焼き、そしてちょっと可愛い形のおにぎりが並んでた。
「うわぁ……ママ、これ……ハート型のおにぎり?」
「うふふ、元気出るかなって思って」
「出る出るっ、めっちゃ出る~!」
私は席につき、手を合わせてぴしっと背筋を正す。
「いただきますっ!」
ひと口ごはんを口に入れて――
カミカミ、もぐもぐ……三十回……は、ちょっと多いけど、最低でも十五回以上はちゃんと!
「うん……やっぱり、ちゃんと噛んで食べると、元気が中からわいてくる感じがする~」
横目で時計をチラリ。うん、ちょっとギリギリだけど……でも!
「ちゃんと座って、感謝して、よく噛んで――
これが朝ごはんの基本!」
ママが笑いながら「チハルらしいわねぇ」って
言ってくれて、
私はちょっと照れながら、お味噌汁をゆっくりすする。
(食べることも健康のうち……うん、今日もいいスタートだ♪)
そういえば最近、忙しくって――全然、犬神チップの健康動画、投稿できてないなぁ。……臨海学習と合宿から帰ったら、空いてる時間にでも、また一本作ってみよっかな。でも、今は気持ちを切り替えて、
合宿に専念しなきゃねっ!
「今日は、しっかり食べて、がっつり動くっ! 合宿、燃えるぞ~~っ!」
「チハル、元気なのはいいけど、忘れ物ないか確認しておけよ?」
パパが新聞を畳みながらニコッとしてくれる。
「うんっ、パパ! たぶん大丈夫っ! たぶんっ!!」
「たぶん言うな~」
「へへっ……てへっ☆」
朝ごはんは、いつもどおりしっかり味わって、
元気チャージ完了!
リュックを背負った私は、
エンジン全開で玄関へ猛ダッシュ!
――と、そこへひょこっと顔を出す弟・さとし。
「……お姉ちゃん、夜ふかし禁止だからね」
「うわっ、さとしから健康指導された!?
ま、まかせといてっ!」
私は、ぐいっと彼の頭をなでて、そっと耳打ち。
「帰ったら、ちょっといいお土産あげるかも~?」
「ほんと!?約束だからね!」
「んふふっ、ちゃんと帰ってくるから、待っててね!」
そして、最後の最後。玄関のドアを開けようとして――振り返る。
「……ゲンキ!」
リビングの方から、ぴょこっと飛び出してきた、
ふわふわの柴犬。
私の相棒。世界でいちばん大事な、かわいくて、
たのもしい家族!
「あ、そうだゲンキ! そのチャーム、ちゃんと
つけてくれてるんだね……♪」
ゲンキの首元には、あのときディオンのクラフト体験で作ったチャームが、ちょこんと揺れていた。
シロと2匹並んだときに、お揃いに見えるよう
色や形をそろえたチャーム。
「シロとおそろいだよっ! ……なんかちょっと、
シロに見守られてるみたいでしょ?」
私は、にっこり笑って
ゲンキのチャームをそっと指先でつまむ。
「……うん、やっぱ似合ってる。超かわいい~っ!」
ゲンキはちょっと照れたみたいに、
ふんっと鼻を鳴らしてぺたんとお座り。
「そのチャームがついてる限り、
ゲンキは、ぜったい大丈夫だよねっ!」
手のひらに伝わるぬくもりが、
胸の奥をじんわり溶かしていく。
こうして触れているだけで安心できるこの子と、
しばらく離れると思うと――
ほんの少しだけ、寂しくなる。
「ゲンキ……しばらく会えないけど、
元気でいてねっ!」
私は、その場にしゃがみこんでから、
ギュ~~~ってゲンキを優しく抱きしめた。
ふわふわで、あったかくて、心の奥までぽかぽかして、思わずぎゅっと目を閉じたくなるくらい安心する。
「帰ったらさ、いっぱいお散歩に連れてってあげるからねーっ」
ゲンキは「ワン!」って一声。
しっぽをブンブン振って、
見送る準備もばっちりなご様子!
「よ~~っし、じゃあみんなっ!!」
私は元気いっぱいに、玄関からジャンプするように飛び出して――
「いってきま~~すっ!!!!」
空は快晴。
背中には、リュックと一緒に――
ユキちゃんキーホルダーも、ヒカリの白リボンも、
そして家族とゲンキの想いも…
ぜんぶ詰め込んだ“わたしの元気パワー”。
私は、夏の冒険に出発するっ!!
***
家を出た瞬間、むわっとした夏の空気が
肌にまとわりつく。
でも、気分は軽い。むしろ、走りたくなってくる!
「よーしっ……今日は、全力で行くよっ!」
私は道路をまっすぐ駆け出した。
いつもの通学路、日向高校まで続くあの上り坂――
いつもよりも、今日だけは特別な意味がある気がして、思わず口角が上がる。
道端には朝顔が咲いていて、近くの木々からは蝉の声がわんわん響いてくる。でも、それもなんだか――
私のテンションを盛り上げてくれる
“夏の応援歌”みたい!
リュックが、ぴょこぴょこ上下に揺れてるけど、
そんなのへっちゃら!
この足取りは、臨海学習という名の
大冒険へのスタートダッシュっ!
(さあ、行こう!)
風に揺れる白いリボンを感じながら、私は夏の坂を、
勢いそのまま駆け上がった――!
……の、だけど。
「はっ、はぁ~~……っ、ちょっと、待って……
リュック、重すぎっ……!!」
坂の途中でゼェハァしながら、
膝に手をついてうずくまる私。
部活用シューズに、タオルいっぱいに、お風呂セット一式、着替え3日分、お菓子に、健康&マッサージグッズ――
リュックに詰め込みすぎたかも~~っ!!
「……でもっ! 全部必要なんだもんっ!」
と、自分に言い訳しつつ、よろよろ再スタート。
(冒険は、筋トレから始まるんだよ……ねっ!?)
汗をぬぐいながら、あとちょっとだけ続く坂を、
最後の力を振り絞って登りきる。
そして――
視界がひらけて、日向高校の正門が見えた瞬間、
私は思わず「わっ」と声が出た。
「うわっ、もうこんなに集まってる~!」
制服にトラベルバッグを抱えたクラスメイトたちが、
校門前にぞろぞろ集まっていて、
いつもの登校風景とはちょっとだけ違う、
夏の朝の“旅立ちの空気”が広がっていた。
その中で、ひときわ目立つのが――
「チハル~! おっはよー!!」
声のする方を向くと、大きく手を振るのは亜沙美!
元気いっぱいに笑いながら、でっかいトートバッグを
ひょいっと振り回してる。相変わらずパワフル。
そのすぐ横では、
隆之が腕組みしながらこっちを見ていた。
なんかこう……妙に“準備完璧オーラ”がにじみ出てる!
「遅かったな。荷物、重そうだけど大丈夫か?」
「だ、だいじょぶ……っ! ちょっとだけ……登り坂が筋トレだっただけっ!!」
はあ、はあ、と息を整えながら顔を上げたら、
隆之がちょっとだけ苦笑いしてた。
「……無理するなよ。あとでバスで寝るんだろ?」
「えへへ、バレた~~っ!?」
そんなやり取りをしていたら、
ひときわ静かな足音が近づいてきた。
「おはよう、犬神さん」
夏制服のブラウスに、小さな赤いストライプの蝶ネクタイ。そして、淡い紺と白とグレーが重なった上品なチェック柄のスカートは、裾がふわっと揺れるAライン。
白いソックスにローファーまで、
すべてが整っていて――
その佇まいは、陽の光を浴びてどこか透き通るようで、
まるで、同じ制服を着ていても
“次元が違う”って感じがした。
「ヒカリっ……うん、おはようっ!」
私は少しだけ息を整えて、にこっと笑い返す。
その瞬間、ふわりと風が吹いて――ヒカリの髪と一緒に、私の白いリボンもそっと揺れた。
胸の奥に、ぽっと灯るような静けさ。
……うん、今ならわかる。“ちゃんと繋がれた”って、
心から思える。
ヒカリの横顔を見つめながら、私はひとつ深呼吸をした――そのとき。
ふと背後から、どこか優雅で品のある声が響いた。
「みなさん、出発のご準備は万端かしら?」
振り返ると、そこには玲奈先輩が立っていた。
夏の制服の上に薄い紺色のカーディガンを羽織っていて、凛とした姿に思わず背筋が伸びる。
「玲奈先輩っ! おはようございますっ!」
「ふふっ、元気で結構ですわ。私たちは、臨海学習が終わったみなさんに、あとから合流いたしますわ。
――渡島で、再びお会いしましょうね」
「わっ……はいっ、楽しみにしてますっ!」
すると、その隣から――
ふっと、肩にあたたかい感触がのった。
振り向かなくても、わかった。
この大きくて、落ち着いたぬくもりは、
長谷川先輩の手だ。
「犬神、気をつけていってこいよ。」
その声を聞いた瞬間、背筋がぴんっと伸びた。
優しくて頼れるあの声。
思わず、顔がぱっと明るくなる。
「おはようございますっ、長谷川先輩っ!
はいっ、行ってきますっ!」
口元に自然と笑みが浮かぶ。
久しぶりにかけられたその言葉は、なんだか空気まであったかくしてくれるみたいで。
「ん。犬神は……なんていうか、
がんばり屋すぎるとこあるからさ。
無理せず、自分のペースで楽しんできなよ」
その言い方が、すごく自然で、
胸の奥がぽわっとあたたかくなった。
優しい声に包まれるだけで、なんだかほっとする。
特別な言葉じゃないのに――
まるで、心の奥にそっと手を添えてくれるみたいで。
「うん、大丈夫だよ」って、静かに見守ってくれてるような、ちょっとだけ甘くて、あったかい安心感だった。
(あれ……なんだろ)
胸のあたりが、ふわっと軽くなる。
背負ってるリュックは、ずっしりしてるのに、
不思議と足取りが軽くなるような。
そんな中で、こんなにも自然に、
優しく声をかけてくるから――
「うっ……やさしさが染みますぅ……!!」
って、出ちゃった。本音。
しかもなんか、語尾のあたり、
ちょっと震えてた気がする。やばっ。
長谷川先輩は、そんな私を見て少しだけ目を細めて――
優しい笑顔で「よしよし」っていう感じで、
軽くうなずいてくれた。
ほんの数十秒のやり取りなのに、
私は心のどこかで、その言葉を“お守り”みたいにしてる気がした。
(うん、やっぱり先輩って、すごく頼りになる……)
それだけで、ちょっと背筋が伸びる気がした。
そして――少し遅れてやってきた美咲ちゃんは、
何か言いたそうに唇をきゅっと結んで、
でもうまく言葉が出ないような顔。
「ちー先輩……っ」
その目が、うるうるしてて、
今にも涙がこぼれそうで――
「うぅ、やっぱり、さみしいですぅ……!」
「もぉ~、美咲ったら、そんな寂しがらないの!
すぐ一緒になるんだから、ねっ?」
「でもぉ……みんなが先に行っちゃうって思うと、胸がきゅぅって……」
私が慌ててなにか言おうとしたそのとき――
ふわりとヒカリが横から手を伸ばして、美咲ちゃんの頭をそっと撫でた。
「……だいじょうぶ。ちゃんと、待ってるから」
ヒカリのその手は、どこまでもやさしくて、
あたたかくて――
美咲ちゃんは目をぱちくりさせたあと、
ほわっと顔を緩ませた。
「……はい、待っててください、天野先輩っ!」
そして私の方を見て、泣き笑いのような顔でぴょんっと手を振ってくる。
「ちー先輩、わたしのぶんも
楽しんでくださいね~~~!!」
「うんっ!まっかせてっ!!
絶対、あとで合流しようねっ!」




