『白と黒の贈り物』3
……あれ。
今……手、引かれた……んだよね。
気づいたら、
私の手が、隆之の手にちゃんとつながれてて。
力強くても、雑じゃなくて。
なんていうか、すごく――自然な感じ。
「人混みだ。はぐれるなよ」
そう言われて、
ああ、そうかって思った。
たぶんそれ以上の意味なんてない。
きっと、そういう人なんだ。
……なのに、なんでだろう。
手のひらが、じんわりあったかくて、
どきってした。
心臓が、ちょっとだけ変なリズムで動いた気がして、
自分でもよくわからなくて――
私、なに考えてんのかな。
深呼吸して、頭を軽く振る。
それでも手は、
なんとなくそのままで。
振り払いたいわけじゃないし、
でも、ぎゅって握り返すほどの理由もなくて。
ただ……そのままにしておきたかった。
(……なんか変だな、わたし)
そう思いながらも、
……私は、静かに歩き出す。
ほんのすこしだけ、足並みを合わせながら。
――そのときだった。
「……なにしてるの、ふたりとも?」
すぐ後ろから、すっと落ち着いた声がした。
空気がふわりと張りつめたように変わって、私は思わず振り返る。
そこには、静かに立つヒカリの姿。
その声に気づいた瞬間、私たちは目を合わせて――
気まずさを誤魔化すように、そっと手を離した。
まるで最初から繋いでいなかったかのように。
「……ヒカリ?」
あ、来てくれたんだ――
そう思ったはずなのに、思わず口に出していた。
合流は遅れるって聞いてたけど、
こんなふうに、気づいたらすっと現れるなんて。
……なんだろう、やっぱりちょっと不思議な人だなぁ。
私服姿の彼女は、どこかいつもより軽やかに見えて、
けれど不思議と、その場の空気をぴんと引き締めていた。
「よかった……無事で。ちょっと心配しちゃったよ」
私の声は、少しだけ驚き混じりで、
けれど どこか安心していた。
「ごめんなさい。ちょっと、雑貨フロアを見ていたの。
合流が遅くなってしまったけれど……ちゃんと見つけられたわ」
笑ってるわけじゃないのに、ヒカリの声には不思議なやわらかさがある。
それが、なんだか心地よくて――
「うん、ありがとう。……来てくれてよかった」
私は、自然とそう言ってた。
そこへ、美咲ちゃんがぴょこんと飛び出すみたいに前に出て、
「天野先輩〜! 迷子かと思いましたよぉ〜!」
それに乗じて、亜沙美も手を腰にあてて首を振る。
「スマホ持ってないのは、合流難易度高いって何度言えば……」
「ふふ……ごめんなさい。気をつけるわ」
ヒカリは、やさしく答える。
そのやりとりを見ていると、
なんていうか――不思議な感じがする。
ヒカリって、なんでだろう。
どこにいても、ちゃんとそこに溶け込んでるのに、
気づいたら、誰よりも遠くを見てるような……そんな雰囲気がある。
でも今はただ――
合流できたことが、うれしかった。
そのタイミングで、隆之がぽつりと言った。
「……俺、ここで待ってるから。水着売り場にはさすがに入りづらいし」
「あっ、ありがと!ごめんね、荷物だけお願いできる?」
私がそう言うと、隆之は軽くうなずいて、
「問題ない。あとでフードコートで合流しよう」 とだけ言って、
待合スペースのほうへ向かっていった。
(……うん、さすが隆之。空気読むの、完璧)
その横で、ヒカリはみんなのやりとりを静かに聞いていたかと思うと、
自然な調子で口を開いた。
「じゃあ、そろそろ見て回ろうか」
彼女の歩き出す後ろを、自然とみんながついていった。
……その後ろ姿が、
どうしてだろう、ほんの一瞬だけ――
なにか、大切なものを背負っているように見えた気がした。
***
よ〜〜っし!今日のミッションは、ズバリっ!!
「渡島の海水浴に向けて、最高の水着をゲットすることっ!!」
……ってことで、チハル、ヒカリ、美咲ちゃん、あたしの4人で
新しくできたショッピングモールの夏フェアに突撃〜っ!
しかもオープン記念のセール中ってことで、もう目が回りそうなほどカラフルな水着がずら〜〜〜っと並んでる!
テンション上がらないわけないっしょ!コレ〜〜〜っ!?!?
ちなみに――
隆之には、試着コーナー近くのベンチで待っててもらってる。
チハルがちゃんと説明してくれてたし、
あたしも「ありがとね!」って声かけたから、
あとはもう――ちゃちゃっと水着決めて、早めに合流しよっ!
隆之のことだし、自販機で飲み物買って待っててくれそうだしね。
そういうとこ、ほんと頼れるっていうか、さすがって思う。
「ほらほらっ!こっちこっち〜!水着コーナー、やばいくらい可愛いの揃ってるよ〜〜〜!!」
チハルの手を引きながら、あたしはすでにハイテンションモード突入っ♪
「えっ、あっ……ちょ、ちょっと待って〜〜っ」
モジモジしてるチハルもかわいすぎ〜!
でも今日は遠慮なしにいくよ〜っ!
「安心してってば〜、ここの試着室、“水着試着OK”のお店だし、ちゃんと下着の上から試せるタイプだからっ!」
「そ、そうなんだ……なら、少しだけ……!」
チハルがそっと前に出た瞬間、うんうん、これだよこれ!!
こういうの、女子同士のショッピングって感じでめっちゃいいっ!
「渡島の海水浴場ってさ〜、人も少ないし穴場なんだって〜! めっちゃ映える写真撮れそうだよね〜〜〜!!」
「はいっ、インスタ映え確定ですねっ!」
って、さすが美咲ちゃんはノリが良いっ!
ふわふわした見た目だけど、テンションの高さは負けてないからね〜!
「……風も気持ちよさそうだった。前に見たとき、すごく綺麗だったから。」
ヒカリもぽつりとそんなことを言ってて、
なんかちょっとだけ、遠くを見てる目をしてた。
それがなんか、ね。
“誰かとの思い出”を胸にしまってるみたいで――
あたしは、聞かない。
でも、わかるよ。
だからこそ――この水着選び、最高の思い出にしてやるんだから!
水着コーナーに一歩足を踏み入れた瞬間――
色とりどりのビキニ、ワンピース、フリル、ラッシュガード……
もう、目移りしちゃうレベルの可愛さラッシュで、あたしの脳内は完全に“夏”!!
「やばいっ! どれも可愛くて選べないかも〜〜!!」
って言いながら、あたしは一番に手に取ったのが、
白と水色のグラデーションが爽やかなセパレート水着。
レースがちょこんと付いてて、元気系だけどちゃんと女の子っぽさもあるやつ♪
「河田先輩っ、それ似合いそう〜〜!」
って美咲ちゃんが、にこにこしながら言ってくれて、
「でしょ〜〜!?」って返したあたしのテンション、すでにMAX突破!!
……と、横でまだ迷ってるチハルを発見。
「チハル〜、どんなの探してるの? これとか可愛くない?」
って差し出したのは、スポーティーなネイビーのワンピースタイプ。
「わ、わたしこういうの着たことなくて……」
って顔が赤いチハルも、なにその反応!かわいすぎか!!
「でも、動きやすいし、安心感あるでしょ? 海でも元気に泳げるし!」
って畳みかけたら、チハルはちょっと照れながらコクンってうなずいた。
よ〜し、ナイス一歩!
その隣では――
ヒカリが静かに、一着の水着を手にしてた。
黒の、シンプルなデザイン。
セパレートだけど、露出は控えめで、ラインがとっても綺麗なやつ。
「……それ、ヒカリが選んだの?」
あたしが声をかけると、ヒカリは小さくうなずいて、
「うん。……これが、いいかなって。」
その目はどこか遠くを見てるようで、でも――
しっかりと“何か”を想ってるように見えた。
なにか、話したそうで、でも話さないまま。
あたしは、それ以上は聞かなかった。
そのかわりに、ちょっとだけ笑って言った。
「じゃあさ、せっかくだし、みんなで試着いってみよっか♪」
「ええ〜っ!? ほんとに着るの〜〜〜!?」
チハルが再び慌て出したけど――
「だいじょーぶだって〜、下着の上から着るやつだから!ねっ、美咲ちゃん!」
「はいっ、私もいっちゃいますっ♪」
「……わたしも、着る。」
よっっしゃあ〜〜っ!試着バトル、開幕っ!!
試着室の前で、それぞれの水着を抱えたあたしたち。
「うぅ〜〜〜……緊張する〜〜〜〜〜っ」
チハルがぎゅっと水着を抱きしめて、カーテンの前でプルプル震えてる。
そんな姿も含めて、めっちゃチハルだなぁって思う。
「ほら、大丈夫大丈夫!中から見えないし、下着の上から着るんだから、全然平気だって〜♪」
「そ、そうなんだけどっ……あうぅぅぅぅ〜〜〜」
そんなチハルの背中をそっと押しつつ、
あたしも試着室へIN! テンションは高いけど、心の中はドキドキ……!
──数分後。
「よ〜し、着れたーっ!」
「わ、わたしも……たぶん、着れた……!」
「……準備、できた。」
「はいっ、美咲もです〜っ♪」
よ〜っし!じゃあいくよ?
せーのっ――
シャッ!
カーテンがそれぞれ開く――瞬間。
「「「……っ!!」」」
その場が、一瞬、止まった。
チハルは、ネイビーのワンピースタイプ。
シンプルだけど、チハルのスタイルにめっちゃ合ってて、爽やか可愛いが炸裂してるっ!!
「な、なに……? 変、じゃない……よね?」
チハルが顔を真っ赤にして聞いてくるから、あたしは即答!
「変どころか、最高!爽やかすぎて風になりそう!!」
「え、風っ!? ええ〜〜っ!?」
わちゃわちゃしてるその横で――
ヒカリは、黒のセパレートを着て、静かに立ってた。
露出は少ないのに、なぜか一番目を引く。
すごく落ち着いた雰囲気で、大人っぽいというより“どこか神秘的”って感じ。
あたしも、美咲ちゃんも、思わず見とれちゃった。
「……どう?」
ヒカリがほんの少しだけ、視線をこちらに向けて尋ねる。
普段あまりそういうことを気にしなさそうなヒカリが、ちょっとだけ不安そうな声を出すなんて――
それだけで、ちょっと嬉しくなっちゃった。
「うんうんっ!めっちゃ似合ってる〜〜!!」
「お・と・な・女子って感じだし、ヒカリにしか着こなせないやつっ!」
その言葉が自然に出たのは、たぶん、ほんとにそう思ったから。
ヒカリは一瞬びっくりした顔をして、それから――
ほんの少しだけ、口元をゆるめた。
あっ、ちょっと照れてる? わ〜、その反応レアかも〜〜〜!
(……よーし、ポイント入ったっ☆)
そしてそして、美咲ちゃんはというと――
「じゃーんっ♪ どうですか、これっ!」
ピンクのフリルに、ちょこんとリボン。
まるでぬいぐるみから飛び出してきたような“あざとかわいい”が詰まったデザインっ!
「えっ、なにその破壊力……!? やばっ、写真撮らせて!!」
「えへへ〜っ♪ ちー先輩に、かわいいって言ってもらえるかな〜って……♡」
って、ちょっとちょっとぉ!? そのセリフ、ずるくない!?
チハルもポカーンってしてたし、もう反応が全部かわいすぎて尊い!!
「……どれも可愛いけど……うーん、うーんっ、迷う〜〜っ!!」
試着室の鏡を何度も見直して、チハルたちのリアクションも思い出して―― それでも、心の中はぐるぐるぐるぐる。
でも、ひとつだけわかった。
きっと、この夏の思い出は――
あたしが選んだこの一着と一緒に、ちゃんと残るんだろうなって。
……どれにしたかは、まだナイショだけどねっ♪
「この夏、ぜったい最高の思い出にしてやるんだから――!」




