『夏空に煌めく祈り』11
「じゃあ、また明日!」
ヒカリの声が、夕暮れの風に乗って、優しく届いた。
私は思いきり手を振って、笑った。
「うん! またねっ!」
そう言って、反対方向へ歩き出す。
線路を渡る風がちょっとだけ気持ちよくて、
心の中にふんわりと残る温かさが、今日という一日をそっと包んでくれていた。
(……なんか、夢みたいだったな)
雑貨屋、カフェ、そして光希のお見舞い。
どれも全部、ヒカリとだったから――特別に感じたのかもしれない。
私はスマホを取り出して、
さっき撮った、海とランチとヒカリの写真をもう一度見た。
(……やっぱ、いい笑顔だなぁ)
自然と笑顔になりかけて――ふと、足を止めた。
――えっ!?
まるで、背中をツンってされたみたいな感覚。
なぜだろう。
背中のあたりが、すぅっと冷えるような感覚。
何かが……私のことを、どこかで見てる気がした。
私は、おそるおそる振り返った。
そこには、もうヒカリの姿はなかった。
角を曲がったその先に、きっともう行ってしまったんだろう。
でも。
――その一瞬だけ。
角の影に、誰かが立っていたような気がした。
目の奥に残っていた“あの視線”。
さっき別れたときとは、ちがう気配。
冷たくて、でも奥の方に火を灯したような、矛盾した感触。
(……いまの気配……なんだったんだろ)
誰もいないはずなのに、背中の奥がぞくりとした。
あの春。
ゲンキと一緒に、犬神神社へ向かってたとき――
あのときも、背中にふわって、視線を感じた。
でもそれだけじゃない。もっと他にもあった。
(そういえば……旧校舎でも、感じたんだ。あの時――)
夢幻封界に包まれた、あの静まり返った廊下。
物音ひとつしないのに、
なぜか「誰かが、見てる」っていう気配だけが、ずっと背中に張り付いてて。
あの感覚。今のと、すごく似てる。
(あれも、犬神の力で察知してたのかな……)
なんだか――
あのときの自分が、何も知らずに踏み込んでたのが、ちょっとだけこわくなった。
でも、今は違う。
試練をひとつずつ超えてきた今の私は、
ただの“人間”のチハルじゃない。
背中で感じる気配の重みも、ちゃんと受け止められる気がする。
……こわい。でも、
(うん、大丈夫。ちゃんと気づける。私、強くなってるもん)
そう思って、私はぎゅっと拳を握って――
もう一度だけ、背後をちらっと振り返った。
けれど、そこにはやっぱり、誰もいなかった。
静まり返った通りと、その上空に――
夕焼けに染まった空だけが、静かに広がっていた。




