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『夏空に煌めく祈り』6

「さてさて、午後は――!」


グラウンドでは、日差しをたっぷり浴びながら、日向高校テニス部の交流試合がスタート! 今日の主役は、やっぱりこのラケットとコート!


そのときだった。

玲奈先輩がふと視線をベンチへ向けて、優雅に髪をかき上げながら、ゆっくりとつぶやいた。


「……ねぇ犬神さん。天野さんって、まだラケットすら構えていないのに、不思議と視線を引きつけますわね。まるで……その場に“テニス”という空気が流れているような。ええ、まるで呼吸と一緒に、自然とコートに馴染んでいるような――そんな雰囲気を感じますの」


私は一瞬きょとんとしたけど、すぐに頷いた。


「わっ、やっぱり先輩もそう感じてたんですね! 実は私も、前から

ちょっとそんな気がしてたんです〜!」


隣にいたヒカリは、きょとんとしながらも、少しだけ口元をゆるめていた。

その姿を見て、なんだかうれしくなって、私は思わず声をかけた。


「ねえ、ヒカリ。よかったら、ちょっとだけミニラリーやってみない? ラケット、貸してあげるからさ!」


ヒカリは驚いたように私を見つめたけど、玲奈先輩のやわらかな笑みを見て、静かにうなずいた。


「……うん、少しだけなら」


そして――即席でヒカリVS私のミニラリーが始まった!


「よーし、軽くいくよっ!」

私は軽くサーブを打ち込んだ。ヒカリがラケットを構える。


その瞬間――


空気が変わった。


ヒカリのフォームが、無駄のない流れるような動きで、美しかった。

返球は、軽やかに、的確に、私の足元を突いてくる。


「う、うそ……!?」


玲奈先輩が驚きの表情で立ち上がる。

「今の……フォーム、どこかで……」


ヒカリはラリーが終わると、そっとラケットを返してきた。

「ごめんね、ちょっと動きすぎたかも」


私はぽかんとしたまま、ヒカリを見つめてしまう。


「ヒカリ……すごい……! もしかして、前にやってたの?」


「ううん……。ちょっと、昔に触ったことがあるだけ」

そう言ってヒカリは笑うけど、その笑顔の奥に、何かを隠してるように見えた。


玲奈先輩は、しばらく遠くを見るように立ち尽くしていた。


(玲奈先輩……なんだか、不思議な顔してる)


私は、胸のあたりがじんわりあったかくなるのを感じてた。


「ヒカリ……ほんと、すごかったよ! まさか、あんな球打ってくるなんて……」


「ううん、ほんとに久しぶりだっただけ。たぶん、偶然」


ヒカリは、そう言っていつものクールな顔で笑ったけど――

なんとなくその笑顔の奥に、ふわっと“寂しさ”が混じってた気がする。


「ヒカリー! 見たよ見た! さっきの、めっちゃかっこよかったじゃん!」


ぱたぱたと駆け寄ってきたのは、亜沙美。手にはスポーツドリンク、頭にはタオル、完全に観戦スタイルだっ。


「まじで風の精かと思った……あのフォーム、神がかってたよね?ね?隆之!」


「ああ。正直、天野の運動センス、科学的に説明つかないレベルだ……」


隆之はいつもの冷静モードだったけど、ペットボトルの握り方が

ちょっと力んでた気がする。やっぱり衝撃だったんだろうなぁ。


ミニラリーのあとの休憩タイム。

ベンチに座ってスポドリをぐびぐび飲んでたら、美咲ちゃんがちょこちょこって駆け寄ってきた。


「あのっ、天野先輩、すっごく綺麗なスイングでしたっ!」


「うん、見てたんだ。……ありがと。たまたま、うまくいっただけだから」


「はいっ!フォームも安定してて、すごく参考になりました!あと、ちー先輩もめっちゃ走ってて!ボールに対するあの粘り、部内でもトップレベルだと思います! すごく勉強になりますっ!」


「わぁ……そ、そんなに褒められると照れる……!」


(ていうか“トップレベル”とか言われると余計照れる~!)


「もちろんですっ!尊敬してますよ~!」


その元気いっぱいな笑顔に、わたしも思わず笑顔が移っちゃった。

美咲ちゃんは両手でグッとサムズアップして、

太陽みたいにキラキラ笑った。


その笑顔に、ちょっと照れつつ――でも、

ほんのり心の中がくすぐったくて、

私も、思わず口元がゆるんじゃった。


(ふふ……かわいい後輩だなぁ、もう!)


だけど――


ふと、美咲ちゃんが手にしたタオルを見て、ちょっと困った顔に。


「あっ……やば……」

「さっき、自販機で買ったジュースこぼしちゃって……。

タオルが、なんかベタベタで……うぅ」


「えー!大丈夫!?服とか かかんなかった!?」


「それはセーフでしたっ。でも、汗拭こうと思ったらタオルが冷たくて甘い匂いして……完全にアウトです~」


「わーお、それは事故だぁ……」


そのときだった。

ヒカリがそっと、自分のバッグからきれいに畳まれた白いタオルを取り出して、

美咲ちゃんの前に差し出した。


「これ、まだ使ってないから。よかったら、どうぞ。」


「えっ、え、ええっ!? い、いいんですか!? でも、それ天野先輩の……っ」


「大丈夫。替えとして持ってきてたんだ。清潔だから。

ほら、今拭かないと風で冷えるわよ?」


その言葉に、美咲ちゃん――


\\ ぽぉぉ~~~っ…… //


明らかに顔が真っ赤!耳まで赤い!


「あ、ありがとうございますっ……!

あの……天野先輩、めちゃくちゃ優しくて……」

「……なんか、ママ味を感じますぅ……」


「ま、ママ味!?きた!きた~~!!」


思わず叫んだら、亜沙美が即ツッコミモード。


「やっぱり、ママ味案件でしたか。天野さんは今日も優しさの化身ね~」


隆之もなぜか真顔でうなずいた。


「データ的にも、天野の“癒し指数”は高めに設定してるからな」


美咲ちゃんは、タオルを両手で ぎゅって持って、まるで宝物みたいにしてた。


ヒカリは苦笑いしながら、「ふふ、ありがと」って微笑んで――


(ああ……あれは、確かにママ味……いや、癒しの女神っ!?)


私は、なんかもうテンション上がりすぎて、

コートの端でぐるぐる回りたくなった。ぐるぐるっ!


(美咲ちゃん、やられたなぁ……うん、わかる、すっごくわかるよその気持ち)


そんな午後の、ちょっとした休憩タイム。

なんでもない日だけど、なんか心があったかくなる、そんな瞬間だった。


すると、そこへ、タオルを肩にかけた長谷川先輩が現れた。

ヒカリのほうをじっと見て、ふっと小さく息を吐く。


「天野、ちょっとすごすぎじゃないか?」


私は思わず振り返って、先輩の顔を見た。


「えっ? やっぱりそう思います?」


長谷川先輩は腕を組んで、真剣な表情のままうなずいた。


「うん。あれ、バスケでもたまに見るんだよ。“考える前に動いてる”選手。……いわゆるゾーンってやつに、ふっと入るタイプ」


「ゾ、ゾーン!? それって超集中状態ってやつじゃないですかっ!」


「そう。“場”を読む感覚、反射より速い“感覚の反応”……。

天野は、それを球技じゃなくても持ってる。たぶん、本質的に“体で覚えてる”んだ」


そのときだった。


風がふわっと吹いて――

ふと振り向くと、玲奈先輩がいつの間にかすぐ後ろに立っていて、

金髪のロングヘアが陽射しをきらきら跳ね返しながら揺れていた。


その視線の先には、まだ少し汗をぬぐっているヒカリの後ろ姿。


玲奈先輩は静かに目を細めながら、すぅっと息を吐くように言った。


「……ねえ、犬神さん。あのフォーム……わたくし、どこかで見たことがある気がしますのよ」


玲奈先輩は視線をコートに向けたまま、

そっと腕を組んで、ほんの少しだけ眉をひそめた。


「でも……どうしても思い出せないの。ここまで既視感が強いのに、記憶に引っかからないなんて……正直、癪に障りますわ」


するとすぐ横から、長谷川先輩の低い声が返った。


「お前、昔からそうだよな。思い出せないと気が済まないタチ」


玲奈先輩がむすっとした表情で口を閉じたのを横目に、

長谷川先輩は視線を再びヒカリへと向けた。


「でも……俺も、なんか引っかかってる。

あの一瞬の反応、ただの経験者のそれじゃなかった。

感覚が先に走るタイプ――それも、かなり洗練されたやつだ」


玲奈先輩がちらりと横目で長谷川先輩を見る。


「あら……珍しく意見が合いましたわね」

長谷川先輩は、軽く肩をすくめるだけで何も言わなかったが、どこかその表情には興味と警戒が混じっているようにも見えた。


「あなたがそう言うなら、なおさら気になりますわ。……ねえ、あれ、本当に“初めての動き”だったと思います?」


「さあな。本人がそう言ってるなら信じるけど……たぶん、“忘れてるだけ”じゃないかって気もする」


「……ふふ。やっぱり、あなたもそう思いますのね」


そのやり取りが、なんかすっごく“大人っぽくて”

私は、ぼーっと二人の空気感に見入ってしまった。


(玲奈先輩と長谷川先輩……やっぱり、昔からずっと一緒にいる感じするなあ)


隣に座ってるヒカリは、何も言わずに空を見ていた。

少しだけ眉を寄せて、その瞳の奥に……遠い記憶みたいな影を浮かべながら。


――まるで、どこかで全部知っているのに、

誰にも言えない“ひとつだけの思い出”を隠しているみたいに。


「ちょっと、褒めすぎだよ。私、そんな……」


私たちの方へふと目を向けて、

少し照れくさそうに――けれど優しく、微笑んだ。


そう言って微笑んだ、その瞬間――

でもその瞳の奥には、なぜだろう。

「言葉にできない、懐かしさ」みたいな色が、揺れて見えたんだ。


――それはまるで、

ヒカリの中の“なにか”が、静かに息を吹き返したような、

そんな午後だった。


***


その日の夜。夜風が、薄いカーテンを静かに揺らしていた。

日向町の高台――日向高等学校のすぐ上に広がる住宅地の一角。

遠くに海が見えるその場所に、玲奈の実家はある。


父親が大企業の社長を務める由緒ある家柄らしく、

その屋敷は、町の中でもひときわ落ち着いた風格をたたえていた。


その一室――玲奈の部屋もまた、上品で整った空間だった。

窓際には柔らかな間接照明が灯り、シルクのカーテンがほんのりと光を受けて、やさしい影を落としている。

机の上には、年代ごとのテニス選手名鑑と古い大会記録が、几帳面に並べられていた。


玲奈は姿勢よく椅子に座り、まっすぐ背筋を伸ばしたまま、静かにページをめくっていた。

柔らかなランプの明かりが、彼女の横顔を静かに照らす。

その瞳は真剣で、まるで過去の断片と今を必死に繋ぎ合わせるように――

ページを戻しては、また先へ。指先の動きには、焦りと確信が微かに滲んでいた。


紅茶の湯気がかすかに立ちのぼるその傍らで、玲奈はひとり、記憶の影をたどっていた。


「……やはり、載っていないのね」


そう口にした声は、思った以上に小さく掠れていた。


あの午後――日向高校テニス部の交流試合で、

天野ヒカリが見せた、あの一瞬のラリー。


無駄のないフォーム、研ぎ澄まされたステップ、鋭くも美しい返球。


それは、どこかで確かに“見たことのある動き”だった。

「記憶にはあるのに、記録には残っていない…」


玲奈は ため息をついて、そっとペンを置いた。


ノートの片隅には走り書きのメモ。


“天野ヒカリ”

“既視感”

“消えた選手”

“歴史の空白”


思い返すほどに、頭の奥が重たくなる。


「もし……“なかったことにされた”としたら?」


ふと、そんな言葉が口をついて出た。


自分でも、その発想に戸惑う。

けれど、“見たことがあるのに思い出せない”という奇妙な矛盾は、

それ以外の説明がつかないほどに、違和感を放ち続けていた。


玲奈は立ち上がり、窓を開けた。

夜空に浮かぶ星々が、無言で瞬いている。


「……でも、なぜ私だけが、この既視感を覚えているのかしら」


そう呟いた瞬間――

どこか遠くで、風鈴が一度だけ、微かに鳴った。


それはまるで、“記憶の底”から誰かがそっと手を伸ばしたような――

そんな、ひやりとした感触だった。


玲奈は、そっと椅子の背にもたれ、窓の外に目をやった。

夏の星々が、音もなく またたいている。


「幼い頃……たまたまテレビで見た、誰かの試合。

その一瞬だけの“姿”が、今も、脳裏に焼きついて離れませんの」


「それが――わたくしが、ラケットを握った“きっかけ”だったのですわ」


窓の外から、風がふと吹き込む。

玲奈は目を細め、胸の奥に手を当てた。


「天野さん……あなたって……“忘れられたはずの誰か”に似ているのよね。

……あのとき、たしかに、そこにいたはずの――“誰か”に」


その夜。

誰にも言えない小さな違和感が、玲奈の中でそっと芽吹いていた。

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