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『夏空に煌めく祈り』2

支度を終えて玄関を出ると、朝の光がまぶしくて、ちょっとだけ目を細めた。


「おー、夏の空だー!」


青空の広がる空の下、道の端をちょこちょこ歩くアリさんたちを横目に、私とさとしは てくてく歩く。


「ねえお姉ちゃん、今日ってほんとにトマト採れるの?」


「もちろんだよっ! 今の季節が一番おいしいんだから!」


土の匂い。緑の葉っぱ。ミンミン鳴く蝉の声。

朝の空気はちょっとだけ蒸し暑いけど、夏のにおいがして、私はなんだかワクワクしてきた。


新居田さんの畑までは、家から歩いて10分くらい。

でも、今日はその時間が、いつもより特別に思えた。

だって今日は――


「健康オタク・チハルの、夏の栄養ミッション開始の日だからっ!」


「お姉ちゃん、それさっきからずっと言ってない?」


さとしが半笑いでつっこんでくるけど、私はすでにスイッチON!

だってトマトは、リコピンたっぷりで抗酸化作用もあって、夏バテ防止にもピッタリ!

キュウリだって水分補給に最高なんだからっ!


「見ててよ、さとし。私、この手で……健康を、収穫するっ!」


「うん、楽しみ。虫とかもちゃんと見て観察するんだ〜」


そうそう、さとしは虫が苦手ってわけじゃない。むしろちょっと好き。

だから今日も「カマキリとかいないかな〜」って目をキラキラさせてる。


……で、実は私も、虫はそんなに苦手じゃないんだよね。

蝶々とかトンボとか、むしろちょっと好きかも。

――ただし! あの、台所に現れる黒くて素早いやつ!

あれだけは、ぜーったいムリっ!!

見かけたら即逃げる! 誰か助けて案件!


そんなふたりの前に、畑の向こうから見えてきたのは――

麦わら帽子にシャツ姿の新居田さん!

(私は心の中で、“野菜名人”って呼ばせていただいてます♪)


私はぴしっと姿勢を正して、大きな声で言った。


「新居田さん、おはようございますっ! 今日は誘ってくださって、ありがとうございますっ!」


「ははっ、おはよう千陽ちゃん、さとしくん。

 暑くなる前に、いっぱい収穫していってな〜」


「はいっ! 本当にありがとうございますっ!」


私は、感謝の気持ちも込めてお礼を伝えた。

新居田さんの優しい笑顔が、そのまま朝日みたいに温かい。


その隣で、さとしも一歩前に出て、ちょこんと頭を下げる。


「……おはようございます。トマト、楽しみです。ぼく、ちゃんと観察しますので……」


声は小さめだけど、目がきらきらしてる。

うんうん、さとしなりのワクワクがちゃんと伝わってくる感じ!


目の前に広がる畑には、朝露に濡れたトマトたちが

ツヤツヤの姿で「いらっしゃいませ〜」って言ってるみたいに揃っていて――


その光景を見た瞬間、胸の中にじゅわ〜っと熱が広がった。


「こ、これは……完全に私の――」


……あ、いや、違う。


「私の聖域」って言いかけて、慌てて飲み込む。


新居田さんの畑だからっ!


いやでも、私の健康魂が爆発しそうなこの気持ち、どう表現したらいいの!?

テンションがどんどん勝手に上がっていく!


私は軍手をぐいっとはめ直して、小さく拳を握った。


「よーしっ! 本日のミッション! “リコピンを極めし健康勇者になれ!”作戦、スタートですっ!」


「お姉ちゃん……落ち着いてね……?」


さとしがちょっと距離をとって、苦笑い。


でも、もう遅い!

私の脳内はすでに“健康クエスト”のBGMが再生中!


さあ――いざ、健康採取タイムの幕開けっ!!


「うわぁ……トマト、つやっつやだ〜!」


葉っぱの隙間から顔をのぞかせる真っ赤な実。

朝露をまとって、まるで宝石みたいにキラキラしてて――私、見とれてしまった。


「千陽ちゃん、このへんがそろそろ食べごろかな。指先で軽くつまんでみて、すっと取れたら、完熟のサインだよ」


新居田さんが優しく教えてくれる。


「了解ですっ、新居田さんっ!」


思わず声が弾む。……あ、もちろん心の中でだけ“野菜名人”って呼んでますっ!


私はしゃがみこんで、軍手のまま そーっとトマトに触れてみた。


「……よし、いける!」


ぷちん、と気持ちいい音と感触で、トマトが枝から外れた。

うわああ、この感覚、クセになりそう……!


「お姉ちゃん、これ見てー! キュウリもけっこう長いやつあったよ!」


さとしが、誇らしげにぴょこっとバケツを持ち上げる。


「ナイス〜!それね、水分補給の神だよ!夏バテ予防にもなるし、カリウム入ってるから――」


……って、うん、ちょっと落ち着こうか、私。


言いかけたうんちくをぐっと飲み込んで、私は にっこり笑った。


「すごいね、さとし! 観察ポイント、ちゃんとメモしとくといいよ〜!」


「うん! あとで絵も描いてみる!」


こういう真面目なところ、さとしの良いとこだなぁって思う。


風が少しだけ吹いて、葉っぱが ざわざわ揺れる。

その隙間から、またひとつ、真っ赤な実がのぞいた。


私は、そっと手を伸ばして――


「……よーし、今日の目標!“リコピンで最強ヘルシー料理を目指せ!”作戦、開始です!」


……うん、自分で言っててちょっと恥ずかしい。けど、まあいいか!


「また始まった〜」って顔をしてるさとしが、なんだかんだで笑ってる。


私は笑いながら、ひとつ、またひとつとトマトを摘んでいく。


大地の匂い。汗ばむ額。青空。


全部が、夏だなぁって感じさせてくれる。


「……ねえ、さとし。今日、私のスペシャルレシピでお昼つくるね。採れたて健康トマトで!」


「えっ、僕も食べていいの?」


「もちろん!ただし、“健康”ってつくからには……覚悟してね?」


「こわ……」


さとしは、ひそっとつぶやいたけど、口元がゆるんでた。

私はそれを見て、くすっと笑った。


こういう朝があるから、私はがんばれるんだと思う。


「新居田さんっ、本当に今日はありがとうございましたっ!」


私がぴしっと姿勢を正してお礼を言うと、新居田さんは麦わら帽子を軽く持ち上げて、優しく微笑んでくれた。


「こちらこそ、来てくれて助かったよ。

千陽ちゃんも、さとしくんも、とっても頑張ってたね。見てて嬉しくなっちゃったよ」


さとしも、私の隣でちょこっと前に出て――

ちょっぴり恥ずかしそうに、でもしっかりとした声で言った。


「……あ、ありがとうございました。

トマトもキュウリも……すごくきれいで……あの、観察ノートにいっぱい書けそうです」


おおっ、さとしの中でしっかり“自由研究スイッチ”が入ってるっぽい!


「それはよかった。

今日みたいに、土に触れて、野菜のことを自分の目で見るっていうのは、何よりの学びになると思うよ」


「ほんと、健康の神様ってくらいパワーありますもんっ!

それと……えっと、これ、お母さんからです。いつもお野菜のお礼にって!」


私はリュックから、そっと包んでおいたお菓子の詰め合わせを取り出して、新居田さんに手渡した。


「わあ、これは……気をつかわせちゃったね。ありがとう。

お母さんにも“美味しそうな焼き菓子をありがとう”って伝えておいてね」


「はいっ!ちゃんとお母さんにも伝えておきますっ!」


「それじゃあ、しっかり水分とって、気をつけて帰るんだよ。暑くなるからね」


「はーいっ!」


私はさとしと顔を見合わせて、「よーし、帰ってお昼作るぞーっ!」と腕をふりあげた。

さとしも「おなかすいた〜」と、笑いながらついてくる。


手には、真っ赤に実ったトマトと、みずみずしいキュウリが詰まった袋。

新居田さんが「たくさん採れたし、好きなだけ持っていっていいよ」ってニコニコしながら言ってくれたので、さとしと一緒に「これがいい〜!」って選んだ、お土産の野菜たちが袋いっぱいに詰まってる。


ずっしり重たいけど、なんだか嬉しい。

さあ、これだけあれば――冷製パスタにサラダにスムージー、あっ、お漬物もいいかも!


夏のごちそう、完成間近っ!


夏の陽射しはどんどん強くなってるけど、心の中はなんだかとっても爽やかだった。

だって今日は、ただの“夏の一日”じゃない。

“収穫”という名の、小さな冒険の朝――大成功っ♪

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