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『封(と)じられし視線の記憶』10

光希の幻影が星になって消えたあと

封印の空間には、やわらかな沈黙だけが残っていた。


私は、その場にぺたんと座り込んだ。

ふぅ〜……なんだか、胸の奥がじんわりしてる。

ヒカリも隣にちょこんと座って、小さく息をついた。


「終わった、んだよね……?」


そうつぶやいた そのときだった。


胸元の首輪が――ふわりと光り始めた!


「っ……これ……」


白銀の結晶みたいな光が、首輪の真ん中からふわっと浮かんで、まるで踊るようにキラキラと空中を舞いながら……そのまま、ヒカリの方へすぅーって寄っていった。


「……これは、“鍵”の一部ね。」


ヒカリがそっと手を差し出すと、その光は彼女の手のひらに吸い込まれて、静かに輝いた。


「影狼を封じることで生まれた“闇の欠片”……そして、私の力も混じっている。」


その光が、ふわんと浮かび上がって……また私の首輪にすぅーっと戻ってきた。

すると、白銀の首輪に刻まれていた四つの文様のうち、

ひとつが静かに――漆黒の光を放ち始めた。

淡く揺れる黒い輝きは、不思議と怖くはなくて……

むしろ、自分の中の“弱さ”や“迷い”を受け入れてくれるような、優しさを感じた。


『……見事だ、犬神千陽。』


聞き慣れた、ちょっと重みのある声が胸の奥に響く。


「シロ……!」


『それが、封印の“鍵”。影の存在を討ち、ヒカリの力と共鳴することで、封印は一段階強化された。』


私はそっと首輪に前足を当てた。


そこには、きらりと浮かぶ新しい模様。小さな紋章が、まるで「よくやったね」って語りかけてくるみたいだった。


「これで……第二の封印、強化完了……?」


ヒカリは小さくうなずく。


「ええ。でも、まだ……気を抜かないで。」


その声は落ち着いてるのに、なんとなく、その奥に小さな揺れを感じた気がした。


私も小さな前足にギュッと力をこめて、地面を踏みしめた。


「わたし、もう迷わない。 みっちゃんも、ヒカリも、日向町も――絶対に守る!」


光に包まれた首輪が、どくん、と鼓動するように光った。


ヒカリは その光を見て、小さく頷いた。


そして――世界が、ゆっくりと色を取り戻していく。


星の光が遠ざかり、ぬくもりだけを残して、静かに、静かに……夢幻封界の幕が閉じていった。


***


目の前の景色がぼやけていく。

空の色も、風の音も、だんだんと遠のいて――


(……あれ……?)


まぶたの裏に、ふわっと浮かんできたのは、あたたかな、懐かしいような記憶。


それは、私がまだ小さい頃のこと。

すっかり忘れかけていた、でも確かに心の奥に残ってた“あの日”。


――私は、まだ幼くて。母とはぐれて、日向公園の隅っこで しくしく泣いてた。


「まま……いないの……? ……ひとりは、やだよぉ……」


「ぐすっ……えぐっ……まま……」


誰も来てくれなくて、不安で、でも大きな声も出せなくて。


そんなとき、目の前に優しい影が現れた。


淡い色の服を着た、ふわっとした目元の女性。

私と目線を合わせて、しゃがんで、にこって……すっごくやさしく笑った。


その手から、ころんと出てきたのは、黄色いテニスボール。


「……大丈夫。これ、あげるわ。 きっとお守りになるからね。」


私は ぽかんとしながら、そのボールを両手で受け取った。


女性はそのまま、穏やかに笑って言った。


「きっと、また会えるから。」


その声だけが、風みたいに耳に残った。


でも、あの人の顔も、名前も思い出せない。


……だけどね。なぜか、胸の奥がきゅうってなるの。


……あの人、ヒカリに……どこか、すっごく似てた。


「ヒカリ……なの……?」


夢幻封界の光が、すぅっと消えていく。



気がつけば――私は、元の旧校舎、“開かずの間”の前に立っていた。


「……戻ってこれた……」


ヒカリも、すぐ隣にいて。犬神の指輪は、右手でそっと光ってた。


全部が夢みたい。でも、ぜったい夢なんかじゃなかった。


私は、さっきの記憶をそのままヒカリに話してみた。


「ねえ、ヒカリ。 昔、迷子になった私に……テニスボールをくれた人がいたの。 その人、すっごくヒカリに似てたんだけど……もしかして、覚えてない?」


ヒカリは、ちょっとだけ驚いた顔をして、私のことをじっと見つめた。


そして、少しだけ目を伏せて、何かを思い出そうとするみたいに……

しばらく黙ってた。


まるで心の奥に、手を伸ばしてるみたいに。でも届かない、そんな感じで。


やがて顔を上げて、静かに言った。


「……覚えてないわね。」


私は、そっかって、うなずいた。


でも、その言葉……なんだか“やさしい嘘”みたいにも聞こえたんだ。


だから――つい、やっちゃった。


私はヒカリに、そ〜っと近づいて……


「……ツンッ。」


指で ほっぺをつついた。


「……なにしてるの、犬神さん?」


ヒカリが、すっごく冷静な顔でジト目を向けてきた。


「いや、ヒカリが本当に“ここにいる”のか、ちょっと気になって……。夢だったら、ほっぺとか、ふわふわしてそうじゃん?」


「夢なら、私のほっぺは もっと柔らかいんじゃない?」


「……ちょっと硬かった。」


「失礼ね。」


でも、ヒカリ……ふふって笑ってた。


私も、つられて笑った。


それだけで、なんだか「ここが現実なんだ」って、ちゃんと感じられた。


しばらく、ふたりで だまーって、廊下の静けさに耳を澄ませた。


聞こえるのは、木の床の軋む音。ちょっと懐かしい、夜の校舎の匂い。


そんな中、ヒカリが、ふいに ぽつりと話し出した。


「でも、わかったことがあるの。」


私は、ごくりと息をのんだ。


「犬神さん……時間がないわ。」


ヒカリの声が、ぴんと張り詰めた空気を裂く。


「“災厄の扉”は……もう、確実に開きはじめているの。

ゆっくり、でも着実に――静かに、死の音を響かせながら。」


その瞳は真っ直ぐで、私の心の奥を見抜くようだった。


「年が明ける前に、すべての封印を終わらせなければならない。

そうでなければ……この町は――」



「この町は、夢幻とともに、完全に呑まれる。」

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