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『封(と)じられし視線の記憶』9

その声は、ただの叫びじゃなかった。

胸の奥にある“助けたい”って気持ち、“守りたい”って想い

――全部を乗せた、魂の咆哮だった。


その瞬間、月が ぐわっと光を強めてくれた。

まるで「ちゃんと届いたよ!」って言ってくれてるみたいに、

眩しい白銀の光が首輪からふわ〜っと広がっていった。


「……これは……」


自分の身体から、ふわっと波みたいに力が広がっていくのが、ハッキリわかった。

空気がぷるぷる震えて、星屑みたいなキラキラが宙に舞って……


“ルナティックハウル”――月夜の咆哮。


これは攻撃じゃない。この空間ぜんぶに響く、

やさしいやさしい“浄化の波動”だった。


「犬神さん……」


ヒカリが、ぱっと目を見開いて こっちを見てた。


その目の前で、黒の影狼を包んでた“霧”が――ゆらっ……て揺れた。


黒くて重たい霧が、月の光にふわぁっと照らされて、ぐにゃって歪んでいく。


「効いてる……!」


ヒカリの小さな声に、私のしっぽがぴくん!って反応しちゃった。


「サァァァァ……ヒュゥゥウウ……」


霧が、まるで息を吐くように消えていく音だった。

空間を満たしていた灰色のもやが、静かにほどけていって、

それに続くように風がヒュゥゥっと吹き抜ける。


まるで夢の世界が終わっていくみたいに、

現実が、そっと戻ってくるような気がした。


“影霧の帳”は、ついに打ち破られた。

チハルの放った――魂の咆哮、ルナティックハウル。

その叫びが、闇の中に走る一条の光となって、すべてを貫いた。


そして、現れたのは――真なる姿。


漆黒の毛並みは夜の闇すら吸い込むように艶やかで、

その双眸は、深紅に燃ゆる災厄の炎。

さっきまでの曖昧な“影”ではない。

いま目の前に立つのは――力を解き放った、本物の魔獣だった。


「でも……もう、隠れてはない。」

私はふわっと腰を落として、構えた。


ヒカリも、すっと私の隣に並ぶ。その瞳がキリッと細められる。

「これで、やっと届くわね。」


「うん……! ここからが勝負だよ、ヒカリ!」


「任せたわよ、犬神さん。」


私たちは、並んで――駆け出した!


影狼が、怒りの咆哮をあげる。“影霧の帳”が消えても、まだまだそのパワーは健在っ!


「犬神さん、次はこっちの番よ。」


「うん、一緒に行こう――ヒカリ!」


ふたりで駆け出す。黒い大地を、四つ足で蹴り、風のように走る。


影狼が牙をむく。その巨体が地を揺らして突進してきた。


ヒカリが先に跳びかかる。


「今よ、犬神さん!」


「うんっ!!」


ヒカリの動きに合わせて、私は影狼の懐に低く潜り込む!


ヒカリの爪が影狼の横腹をピシッてかすめた!バランスが……崩れた!


その一瞬で、私の全身がふわぁっと光に包まれた。


ヒカリの加勢、私の加速。それはまるで、ふたりの息が重なった“流星”のようだった。


影狼の胸元――そこが、ひらいた!


「――これで、終わりだッ!」


私は全力で跳躍した。体をひねり、爪を振り抜く。

まるで月の光をまとった一閃

――“月と絆が織りなす、銀の牙が――闇を裂いた”。


次の瞬間、影狼が凄まじい咆哮を上げた。

「ぐわああぁぁぁああっ!!」


その声は空を裂き、やがて――虚空に吸い込まれるように、すうっと消えていった。


やがて……


まるで黒い砂が風に溶けていくように、怒りと憎しみに満ちたその存在は、静かに“終わり”を迎えていった。


(ごめんね。あなたも、誰かの悲しみだったのかもしれないけど――)


月明かりのなか、最後の影が、きらきらって舞い上がっていった。


ヒカリと私は、ふたりで並んで、そっと着地した。


しばらく、ふたりとも何も言えなかったけど――


「……ナイス、犬神さん。」


ヒカリがふわっと呟いた。


「そっちこそ。やっぱ、最強タッグかもね!」


私がにっこり笑うと、ヒカリもちょっぴり笑ってくれた。


ふたりの間を通り抜けた風が、すごくやさしくて、胸の奥が

ふわぁっとあったかくなった。


黒の影が消えて、静けさが戻ってきたころ――


ふわり。


白い光が、夜空から降ってきた。


そして――もう一度、あの子が現れた。


「……みっちゃん……」


今度の光希は、苦しそうじゃなかった。


全部を越えてきたみたいな、すごくすごく穏やかな顔をして、

小さく……でも、ちゃんと、笑ってくれた。


何も言わず、何も訴えず。


ただ――「ありがとう」って、伝えてくれてるように見えた。


私は、小さく呟いた。


「……また、会おうね。」


光希の姿が、きらきらと光の粒になって、夜空へと昇っていく。


私の胸の奥に、ふっとよみがえったんだ。


“いつか、星の綺麗な場所に、一緒に見に行こうね。”


あのときの、彼女の言葉が――今、私をぐっと、強くしてくれる。


私は、ただ、まっすぐ星空を見上げた。


夢幻封界の夜が、静かに、やさしく……幕を下ろした。

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