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『封(と)じられし視線の記憶』7

旧校舎の奥――。私とヒカリは、ふたたび「開かずの間」の前に立っていた。


ここは、以前みんなと一緒に来た場所。

そのときは、何をしても開かなくて、ただの“噂”って思ってた。


だけど、今は違う。


「この奥が……次の試練の場所?」


「ええ。そう感じるの。」


ヒカリが静かに答える。


私は扉の前に立ちながら、ふと首をかしげた。


「……でも、これって夢幻封界に入る扉なんだよね? わたし、ゲンキがいないのに……大丈夫かな?」


『……今の貴様ならば、もはや迷いは不要だ。』


ひゃっ!? きゅ、急に頭の中に声が響いた! って、これって……


「シロだっ!」


思わず口に出しちゃって、慌てて口元を押さえた。

でも、なんだろう……胸の中がふわって、あったかくなった気がした。


「ふふっ、また来てくれたんだね。よかった……」


なんだか、声が聞こえるだけで安心するんだよね。


「でも……どうしてゲンキがいないのに、夢幻封界に入れるの?」


『――忘れたか。第一の試練で、犬神千陽の“指輪”に眠る力は目覚めた。 

今の貴様自身が、夢幻封界への“鍵”となっておるのだ。』


「……えっ、そっか。あのとき……」


私は自然と、自分の指輪に触れていた。

ちょっとひんやりしてるけど、どこか安心する ぬくもりがあった。


「……わたしの中に、力が……」


『すでに道は開かれている。あとは、進む覚悟だけだ。』


「うん……ありがとう、シロ!」


思わずニコッて笑っちゃって、それからもう一度、扉に目を向ける。


ヒカリも私の横で優しく微笑んでた。


「ふふ、シロの声が聞こえたのね。頼もしい味方だもの。」


『当然だ。貴様の背を預けるに足る存在であらねば、意味があるまい。』


「うんうんっ、めっちゃ頼りにしてるよ!」


それから、ふと気になって私は隣のヒカリを見上げた。

「ねえ、ヒカリも……シロの声、聞こえてるの?」


すると、ヒカリが私の方にそっと視線を寄せて――

「もちろん、私にも聞こえてるわ。……シロとは、長い付き合いだから。」


その言葉に、私はちょっとびっくりしたけど……すぐに、なんだか嬉しくなっちゃって、にっこり笑った。


ふと胸元に目を落とすと、光を反射した指輪が、

そっと私に勇気をくれているように、やさしくきらめいていた。

そして、その指輪をなでながら、私は目の前の扉を見つめた。


冷たくて重たいはずなのに……なんだろう、不思議と“あたたかい気配”が、

向こう側からそっと届いてくるような気がした。


目を閉じて、心の中でポツリとつぶやいた。


「……みっちゃん、私……頑張るよ。」


自分でも気づかないうちに、声がこぼれていた。誰にってわけじゃなくて、自分に、誓うみたいに。


「もう、迷わない。 わたし、大切な人をちゃんと守れる私になるんだ。」


その瞬間――


「カチッ……」


小さな音が空気を揺らして、閉ざされていた扉が、ゆっくりと……まるで生きてるみたいに、動き出した。


淡い光が、隙間からふわりとこぼれてくる。


私は隣にいたヒカリの手を、そっと握った。


「……行こう。」


「ええ。」


私たちは、光の奥へ―― …一歩を踏み出した。


……その瞬間!


「わっ、まぶしっ……」


ちょっと目を細めながら、私はそーっとまぶたを開けて――思わず、息をのんだ。


そこにあったのは、見慣れた旧校舎……の、はずなのに! ぜんぜん違って見えた。


ピカピカに光る廊下、キラキラの窓から差し込む光。まるで、建てたばっかりみたいにキレイで、現実じゃないみたい。


「……ここ、本当に旧校舎……?」


そう つぶやいたその瞬間――


ふわぁ……なんか、体がふわっと浮いたような感覚がして――


「えっ、えぇぇぇぇっ!?!? ちょ、ちょっと待って!?」


下を見たら……スカートがない!? 足がふわふわ!?


「また犬になってるぅぅぅ!?」


あわわわってなりながら、くるくる その場を回っちゃった!


すると、隣からトン……って落ち着いた足音が。


振り返ると……そこには、まっしろできれいで、気品あふれるワンコ姿のヒカリが!


「ヒカリ……!? そっちも犬になってるじゃんっ!」


「……この空間に入った時点で、自動的に変化するのね。けど……この姿、妙に馴染んでるわ。」


うんうん、なんか神様の使いっぽい! シロにも似てるけど、ちゃんとヒカリらしくてかっこいい〜!


「うーん……わたしはやっぱり、柴犬って感じかぁ。」


しっぽふりふりしながら、自分の前足をじーっと見つめる私。


「……まあ、可愛いけど。」


「ふふ、そこは否定しないのね。」


ヒカリがちょっとだけ笑ってくれた。その笑顔、なんか……嬉しいな。


こうして私たちは、犬の姿のまま――“記憶の世界”へ、そっと歩き出したんだ。



ヒカリが静かにあたりを見渡す。


「……どこか懐かしい気がするわ。でも……どうしてなのかは……わからない。」


その横顔は、少しだけ寂しげで……でも、やっぱり優しかった。


私は その隣を歩きながら、不思議な光景に目を奪われていった。


◆図書室◆

視界の端にちらりと映ったのは、開け放たれた図書室の扉。

中では、女子生徒と男子生徒が並んで本を読んでいた。声は聞こえないけど、

ページをめくる音だけが静かに伝わってくるような……そんな気がした。


……なんでだろ。その女子生徒、どこかヒカリに似てる気がする。

そして、隣にいる男子生徒にも、ふしぎな安心感。

初めて見るはずなのに、

ほんのちょっとだけ懐かしいって思った。


そして気づく――図書室も、音楽室も、大時計の前も。

どの光景にも、同じふたりが映ってた。

まるで、ひとつの記憶のかけらが、

場所を変えながら少しずつ見せられているみたいに。


◆音楽室◆

廊下の奥から、ポロロン……って、小さな音が転がってくる。

静かに扉を開けると、彼女がピアノの前に座ってて――

頬をちょっと赤くしながら、誰かのために弾いてるみたい。

その後ろで、彼がやさしく見守っていた。


◆鏡の前◆

古い鏡の前に立つ彼女が、何かを語りかけてた。

声は届かない。でも、その表情は……はっきり伝えてくる。

「……あなたが、特別なの。」


◆大時計の前の二人◆

中庭には、大きな時計塔がそびえていて、その下で二人が並んで立ってた。

彼女が彼の腕をちょんっとつついて、何かを話しかける。

彼は笑って、時計の針を指さす。

きっと、こんな風に言ってたんだ。

――「お昼の12時ちょうど、ここでまた会おうね」


◆開かずの扉の前の二人◆

ふわりと視界が揺れて、今度は“開かずの間”の前に。

でも今とは違う。埃もなくて、立ち入り禁止の札もない。

彼女が彼の手を引いて、扉の前でぴたりと止まる。

そして、にっこり笑って何かを伝える。


彼は、ちょっと照れくさそうにうなずいて――

二人で並んで扉の前に座って、秘密の場所みたいに、そっと時間を過ごしてた。


私とヒカリは歩きながら、次々に目に映る記憶の残像たちを、そっと心にしまっていった。


笑い合うふたり。手を重ねたその一瞬。窓辺で景色を見つめてた静かな時間。


全部、知らないはずなのに――


どうしてだろう。見てるだけで、胸の奥がぽかぽかしてくる。

まるで、そこに詰まってる想いが……わたしにまで、届いてくるみたいで。


「……この時間、優しかったんだろうな」


思わずこぼれた言葉に、自分でもびっくりした。

ふと隣を見たら、ヒカリは ジッとその景色を見つめていた。


少し揺れた瞳――懐かしさを抑えようとしてるみたいな、そんな目。


「……これって……ヒカリの、大切な思い出なのかも……って、そんな気がしたの」

私は、そっと問いかけた。


ヒカリは視線を落として、しばらく黙ってたけど――


やがて、ぽつんとつぶやいた。


「……わからない。でも、胸の奥が……なぜか、少しだけ痛くなるの。」


「そっか……」


私はヒカリの横顔を見つめた。


ヒカリ自身の記憶じゃないのかもしれない。

でも――それでも、想いの強さがあふれてて。


ここは、きっとヒカリの“心”が覚えてる場所なんだって、思った。


そして私たちは、その先に続く旧校舎の裏手――森へと足を踏み入れた。


夜空には、たくさんの星が瞬いていた。

そよ風が頬をなでて、木々がさやさや揺れていて。


森のまんなかに、女の子と男の子が向き合っていた。


遠くからでもわかるくらい、緊張と想いが空気をぴんと張りつめてた。


男の子が、ゆっくり口を開く。

声は届かないけど、唇の動きとその表情だけで、はっきりわかった。


「……好きだ。」


女の子は びっくりしたみたいだったけど――

やがて、ふんわり笑って、ゆっくりうなずいた。


その瞬間、隣にいたヒカリが、ふいっと顔をそらして小さく赤くなった。


「……その子の気持ち……なんとなく、わかる気がする。

気のせいかもしれないけど……ね。」


ちょっと照れくさいような、でもあたたかくて、大切な気持ちがこもった声だった。


静かな夜の中、私は空を見上げる。


そこには、まるで夢みたいに澄んだ満天の星空。

ずっと見ていたくなるくらい綺麗で、でも――


その美しさの奥で、胸の奥がそっとざわついた。


「ヒカリ……なんか、空気が変わった気がする。」


「……ええ。気をつけて。」


ヒカリの声が、少しだけ緊張していた。


そして――そのとき。


木立のすき間に、ふわりと白い光が差し込んだ。

風も音もない、静まり返った空間に……


ひとりの女の子が、そっと現れた。


白いワンピース。

銀色がかったショートヘア。

月の光を受けて、その姿は星のように きらめいていた。


「……みっちゃん……」


思わず、小さく声がこぼれた。


――まちがいない。


光希だった。

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