『封(と)じられし視線の記憶』6
七不思議の最後の怪異、それは**「決して近づいてはいけない森」**と呼ばれる場所。旧校舎の裏に広がる、小さな森。普段は立ち入り禁止になっているけど、
昔から“何か”が住んでいるって噂があって……。
「……ここが、最後の七不思議の場所……。」
私たちは旧校舎の裏にある、静かな森の前に立っていた。
夕焼けは もうすっかり消えてて、空は薄紫色に染まってる。森がその色に包まれてて、なんだか別世界に来たみたい。
「確か、ここには――『夜に足を踏み入れると、二度と戻れない』
という、少々物騒な噂がありましたわね。」
玲奈先輩は微笑を浮かべながらも、どこか意味ありげな眼差しで旧校舎を見つめている。
さらりと紡がれたその言葉のひとつひとつが、胸の奥にずんっと響いてくる。
「うわぁ……そういうの、聞くだけで無理なんですけど……」
美咲が顔を青くして、私の袖をぎゅって握ってくる。
「大丈夫。ちー先輩がいれば……」
その声が小さくて震えてるのに、すっごく頑張ってる感じがして、思わずぎゅーって抱きしめたくなっちゃった。
「うん、大丈夫。」
私はにっこり笑って、美咲に頷いた。
「行こう。」
ヒカリの声が合図みたいに響いて、私たちは森の中へ。
——その瞬間。
「ザァァァァ……」
木が ざわざわって揺れて、不気味な風がビュウッと吹いた!
「ひゃっ……!? い、今の風、冷たっ……!」
美咲がビクって肩をすくめて、私にくっついてくる。
「……空気中の温度か湿度か、何かが明らかに変わってるな。」
隆之は眉をひそめながら、周囲をじっくりと観察している。
足元には霧が出てきて、じわ〜っと まとわりついてくる感じ。
みんな無言のまま、静かに森の奥へと歩いていく。
そのときだった。
「……っ、何か、いる……?」
ヒカリがピタッと立ち止まった。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ!? 何かって何かって何かって!?」
美咲が焦ってヒカリにぴったりくっついて、もはやヒカリの背後霊状態!
その距離感、こっちがヒヤッとするんだけど〜!?
——そして。
「ゴゴゴゴ……」
地面がビリッと揺れて、背中にゾワってくる気配!
「な、なに今の……!?」
「ねぇ、マジでやばくない!?」
美咲と亜沙美が同時に、わたしの背中と前からドーンッ!って飛びついてきて、
「うわわわっ!? ちょ、ちょっと!? 重いってばぁ〜〜っ!!」
もはや私はサンドイッチの具。
美咲と亜沙美がパンなら、私は完全に真ん中のチハルフィリングですっ!!
「パンはどっち!? ていうか、わたしハム!? チーズ!? もうぉ〜〜!!」
ジタバタしながらも、ぎゅうぎゅうの密着コンボに、もう身動きすらできないよぉ……!
———その時だった。
「もう、いいですわね。」
「パチンッ」
高橋玲奈の指パッチンが、静かな森にパァンと響いた。
「……ふふ、みなさん。ここまでの演出、楽しんでいただけましたか?」
「た、高橋先輩……!?」
美咲が目を丸くして固まってる。
霧の奥から、ゆっくりとした足取りで、超優雅に玲奈先輩が現れた。
「これが……最後の七不思議……?」
「ええ。そして……これも“仕掛け”のひとつですわ。」
「えぇぇぇっ!?!? じゃあ、あの影も!? うそ、マジで!?」
「えっ、ちょっと待って……えっ、私、だまされてたの!?!?」
亜沙美が信じられないって顔で叫ぶ! うわ〜、確かにこれはビックリだよ!!
「もちろんですわ。あなたには“素で驚いてもらう役”をお願いしていましたのよ♪」
玲奈先輩、まさかの笑顔で言うとかズルい〜っ!!
「えぇぇぇぇ〜〜っ!? そ、それ初耳なんだけど!?」
亜沙美が頭抱えて、崩れ落ちる!
私も思わず吹き出しちゃったけど、ちょっとだけ反省して、笑いをこらえた。
そのとき——
「お〜い、準備できたぞー!」
霧の向こうから、生徒会のみんながぞろぞろ登場!
えっ、黒マント!? スピーカー!?
「なっ……これ、全部……!?」
「ええ。ドライアイスで霧を出して、影は特殊なライトで映していたのよ。」
横から長谷川先輩がひょこっと現れて、肩をすくめながら苦笑い。
「玲奈に付き合ってさ。文化祭の“お化け屋敷”の演出テストなんだって。どれくらいビビってくれるか、確認したかったらしいよ。」
その視線の先には、ふんわり微笑む玲奈先輩の姿。
「……ま、昔からこういうとき頼られちゃうのは、幼なじみの宿命ってやつかな。」
そして、少しだけ照れたようにみんなの顔を見回して――
「ごめん。驚かせすぎたよな。演出、ちょっと本気すぎたかも。」
長谷川先輩がすまなそうに頭をかくと、その隣で玲奈先輩がふわりと笑みを浮かべながら一歩前へ。
「驚かせてしまって、ごめんなさいね。つい、どこまでリアクションしてくださるか気になってしまって……♪」
優雅な口調だけど、ほんの少しだけ頬を赤らめて、ちゃんと反省の気持ちは伝わってくる。
「そ、それにまんまと騙されたってことですか!? もうっ! ほんっとに怖かったんだから!」
美咲がほっぺたぷくーって膨らませて、ぷんすか怒ってる。
「ふふ、でも“本気で”怖がってくださったおかげで、データは完璧ですわ♪」
玲奈先輩、めちゃくちゃ嬉しそう。……でも、なんだろ、どこか優しさがあって、ちょっとだけホッとした。
「こうしてテストしたことで、よりリアルな演出が作れるでしょう? 文化祭に向けて、さらに改良するつもりよ。」
玲奈先輩の自信たっぷりな笑顔に、なんとなく空気がやわらかくなって
いくのがわかった。
森を抜けたあと、私たちは旧校舎の裏の小さな空き地に出た。
さっきまでの霧が嘘みたいに晴れてて、夕暮れの風が頬に優しく触れた。
「……なんか、やっと終わったって感じですね〜〜……!」
美咲がへたり込んで、ふぅ〜っと大きなため息。
「とりあえず、これで七不思議の調査は全部クリアだな。」
隆之が軽く肩を回して言う。
「ええ。演出の反省点も把握できましたし……文化祭に向けて、改良しなくてはなりませんわね。」
玲奈先輩の目はすっかり“仕事モード”。でも、その切り替えがまたかっこいいんだよね。
亜沙美も背伸びしながらにっこり。
「なんだかんだで楽しかったよねー!」
「河田先輩…トラウマ物のオンパレードじゃないですかぁ……
明日から旧校舎の前、通れません……」
美咲が心底疲れたって顔でしょんぼりしてる。うん、わかる、その気持ち……。
みんなが笑顔を取り戻して、帰る準備を始めようとしてた、そのとき——
……私は、ふと立ち止まっていた。
(……これで、本当に全部……終わった?)
胸の奥が、なんだかざわざわする。
そのときだった。
「……犬神さん。」
ヒカリの声が、小さくて、でも はっきりと私の耳に届いた。
「まだ終わってない。」
私は、はっとして彼女を見る。
ヒカリは、誰にも聞こえないような声で、私にだけ囁いた。
「“開かずの間”が……今なら、開く。」
私はヒカリと目を合わせた。
その瞳には迷いなんて全然なくて……
私も もう、迷う理由なんてどこにもなかった。
「皆さま、そろそろ校門まで戻りましょうか?」
玲奈先輩の声が響く。
「は〜い……足ガクガクですぅ……」
美咲がふらふら立ち上がる。
私とヒカリは、みんなの流れに合わせて歩き出すふりをしながら——
こっそりと、別の廊下へと抜け出した。
向かうのは、旧校舎の奥。
“開かずの間”。
あの扉の前で、私たちはもう一度、“向き合う”ことになる。
……この日、この瞬間だけは——誰にも気づかれないままに。
…………。




