『封(と)じられし視線の記憶』5
「行こう。」
隆之が低く呟いて、私たちは音楽室を後にした。
——そして、次に向かったのは、旧校舎の地下室!
私たちは、旧校舎の最奥にある地下室の扉の前に立っていた。
「ここが……地下室?」
隆之がまたぼそっとつぶやく。
「七不思議の中では、“地下室の扉は決して開かない”って話になっているのよ。」
玲奈先輩の声はいつも通り落ち着いてるけど、私はなんだか胸がざわざわしてた。
「でも、それなら何のために ここにあるんですかっ?」
美咲が不安そうに扉を見上げてる。うぅ、私もちょっと怖いけど……。
「試してみるしかないね……。」
私は取っ手をギュッと握って、エイッと力を込めて引っ張った!
「……ガチャン!!」
でも、扉は全然動かない!まるで中から押さえつけられてるみたいに、びくともしなかった。
「……やっぱり開かない。」
美咲が小さく息を呑む。
「まるで、俺たちを拒んでいるようだな……。」
長谷川先輩が冷静に分析。うう、そう言われるとますます怖いよ〜!
私は扉から手を離して、じーっとその前に立ち尽くす。
(なんだろう……この扉、今までの怪異とちょっと違う感じがする……)
ただの噂じゃない。もっと深い、なにか“意味”が隠れてる気がする。
「いや、もしかすると“まだ”なのかもしれない……。」
ヒカリの言葉に、私はハッとして彼女の方を見る。
「どういうこと?」
ヒカリはゆっくりと扉に手を当てながら、静かに言った。
「封印の試練……本当の試練は、この先にある。でも、それを乗り越える準備ができていなければ、この扉は決して開かない……。」
「じゃあ、今は?」
「まだ……その時じゃない。」
その瞬間——
「ゴゴゴゴ……」
足元の石畳が、ほんのちょっと揺れた気がした!
「……今、揺れなかった?」
亜沙美が不安そうにつぶやく。
「ここは、一度引いたほうがいいわ。」
玲奈先輩の言葉に、私たちはそっとその場を離れることにした。
扉の前を後にしながら、私は ちらっと振り返る。
(なんか……あの扉、“まだ来るな”って言ってるみたいだった……)
私たちは地下室の扉から離れて、旧校舎の廊下を静かに歩いた。
「……あの、先輩。あの扉……いったい何だったんでしょうか……?」
美咲ちゃんは自分の腕をさするようにして、不安げに声を落とした。
瞳には、まだ少し怯えが残っていて――いつも元気な彼女のそんな姿に、
私のほうがちょっぴり背筋を伸ばしちゃったので、
思わずそっと微笑み返してしまった。
「まるで、本当に俺たちを拒んでいたみたいだったな。」
隆之も難しい顔してる。
「でも、確かに……“まだ”入るべきではない、そんな気がするわ。」
玲奈先輩が思案顔で言った。
「“まだ”って……じゃあ、いつか開くってこと?」
亜沙美がちょっとおどけて言ったけど、声がちょっぴり震えてた。
「……きっと、その時が来れば。」
ヒカリは遠くを見ながらつぶやいた。
私はそんなヒカリの横顔を見ながら、なんだか引っかかる気持ちを抱えてた。
「それにしても……なんか、時間の感覚が変じゃない?」
ふと思った違和感を口に出してみた。
「え?」
美咲がびっくりしてこっちを見る。
「確かに……どれくらい探索してたんだろう。」
隆之もスマホを取り出して、時間を確認しようとする。
でもそのとき——
「ボーン……ボーン……」
えっ!? 校舎の奥から、低く響く鐘の音が聞こえてきた。
「今の……音、もしかして……」
私が思わず振り返ると、亜沙美も顔をこわばらせていた。
「……大時計?」
ヒカリがぽつりとつぶやいた。
でも、おかしい。旧校舎の大時計なんて、
ずっと動いてなかったはずなのに……!
「今……何時?」
亜沙美が慌ててスマホを見る。
「……午後8時。絶対に、0時じゃない。」
「えっ……でも、鐘が……!」
美咲が青ざめて、時計を見上げてる。
「カチ……カチ……」
秒針が進んで……そして、突然——
「カチッ……カチッ……カチカチカチカチカチカチ!!!」
ひいいぃっ!? 秒針が、すごいスピードで回り出した!!
「ひっ……!」
美咲が私の腕を掴んでくる。
私もビクビクしてるけど、ここで怖がってばっかりもいられない!
「これ……時間が狂ってる?」
隆之の声が、やっぱりちょっと震えてた。
ヒカリがじっと時計を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「これは……何かの影響を受けているのかもしれない……。」
このあたりで、私たちは気づいてしまった。
「……なんか、おかしくないか?」
隆之がぽつりと呟いて、みんな顔を見合わせる。
「そうね……ただの肝試しのはずなのに、これは……。」
玲奈先輩の言葉がじわっと重くのしかかる。
私はふと、あることに気づいて……
「……ここって、本当に現実なの?」
その瞬間、空気がわずかに歪んだように見えた。
七不思議をすべて体験した私たちは、実は夢幻封界の一部に取り込まれていたのではないか——。
(まさか……私たち、夢幻封界に……)
「じゃ、じゃあ、私たち、ずっと……夢の中にいたってこと……?」
美咲が震える声で言う。
「厳密には、半分だけね。」
ヒカリが静かに返す。
「旧校舎は……何か異常な影響を受けているのかもしれないわ。だから、私たちは無意識のうちに影響されていたのかも。」
「……つまり、今まで体験してきた怪異って……。」
亜沙美が言葉を探しながら口にする。
「……夢だった部分と、現実の出来事が、混ざってたってこと?」
……言葉を失うって、こういうときのことだと思う。
そのとき——
「カチリ……」
時計の針が、ピタッと止まった。
気づくと、まわりの空間が自然に戻っていた。
「……戻った?」
玲奈先輩が静かに呟いて、美咲が周囲を見渡す。
「でも、なんか……全部夢だったみたいな気がする……。」
「……夢と現実の境界線が曖昧になっていたのよ。」
ヒカリが小さく息をつく。その横顔、ちょっとだけ揺れて見えたのは……気のせいかな?
すると、隆之がポケットからスマホを取り出して、無言で現在時刻や気圧・電波の状況を確認し始めた。
「空間の歪みか、集団幻覚か……。ただ、あれだけの体感が“何もなかった”とは思えない。」
淡々とした声で、でもどこか思案するように言う。
「……やっぱり、科学だけじゃ説明つかないな。」
私はその横顔を見ながら、思った。
——いつも冷静で、理屈を大事にする隆之が“わからない”って言うと、逆にすっごくゾクッとするんだよね……。
「……これで、あとひとつで七つ全部だよね?」
美咲が、不安と期待が混じった顔でつぶやく。
「ええ。ここまでの怪異を振り返ると、それぞれに意味があったように思えますわ。」
玲奈先輩が時計を見上げながら言った。
「……時計の異常も、今は何事もなかったみたいに止まっているな。」
隆之が腕を組み、ゆっくりとつぶやく。
「電磁波や磁場の変化を感じたわけじゃないけど……
あの“時間の歪み”は、確かに俺たち全員が体験してる。」
そして小さく息をつくと、わずかに眉を寄せた。
「……理屈だけじゃ、割り切れないこともある、ってことか。」
「な、なんか……ちょっとホッとしたかも……」
美咲が笑ったけど、まだ不安が残ってる感じだった。
私はそんな美咲を見ながら、なんだか胸がざわざわしてた。
「……でも、まだ終わってない気がする。」
私は ぽつりと呟いた。
ヒカリがこっちを見て、少し考えてからコクンと頷いた。
「ええ。まだ、“もうひとつ”残っているわ。」
「次は……旧校舎裏の森ね。」
玲奈先輩がそう言って、私たちは
いよいよ最後の七不思議の調査へ向かうことになった!




