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『封(と)じられし視線の記憶』4

「次は鏡の怪異ね。」


玲奈先輩が静かに言った。


私たちは旧図書室を後にして、長い廊下を進んでいく。

次の目的地は、旧校舎の鏡がある部屋——そこには、「夜の鏡に映るのは別の世界の自分」という七不思議がある。


「こんな話、聞いたことない?」

玲奈先輩が歩きながら話し出した。


「夜、旧校舎の鏡を覗くと、本来の自分ではない“別の自分”が映ることがあるのですって。」


「そ、それってつまり幽霊ってことですか!?」

美咲ちゃんが私の背中にぴったりくっつきながら、小さく震えてる。

うう……私だって怖いけど、後輩の前でビビれない~!


「さあ、どうかしら。けれど、ただの噂にしては、語り継がれすぎていると思いません?」


「……確かに。」


ドキドキしながら目的の部屋の前に立つ。扉を開けると、そこには古びた姿見がポツンと置かれていた。


「これが、噂の鏡……?」

私はそーっと近づいた。


「……っ!?」


鏡に映る自分——なんだけど、なんか、違う。


「えっ……? これ、本当に私……?」

鏡の中の“私”がじっとこっちを見てる。でも、動きが……ずれてる!?


「なんか、変じゃないか?」

隆之の声がピリッと空気を張りつめさせる。


「……私だけじゃない、みんな映ってるわ。」

ヒカリが指差した。


全員の姿が鏡に映ってる。


でも——ヒカリの姿だけ、明らかにおかしかった。


鏡の中のヒカリは、口元だけで笑ってて、まばたきもせず、じーっと見つめてる。その目が……なんか、ヒカリじゃない何かみたいで、ゾクッとした。


「ヒカリ……?」

私がそう呼んだ瞬間、鏡の中のヒカリが、ニコッと微笑んだ。


「いや……これ……本当に天野か?」

隆之の低い声に、私の心臓もバクバク。


その瞬間——鏡の中のヒカリが、ゆっくりと手を伸ばしてきた。


「……っ!」

美咲ちゃんが小さく悲鳴を上げる。


まるで、鏡の世界に引き込まれるような感覚に襲われた。


「うっ……!」

私は思わず目をギュッと閉じて、頭を振った。


「ちー先輩! 大丈夫ですか!?」


美咲ちゃんの声に、ハッと我に返る。気づいたら、私は鏡の前で固まってた。


「……今、私……。」


「ちー先輩、急に動かなくなって怖かったです!!」


美咲ちゃんが心配そうに袖をぎゅってつかんでくる。その時——


「コツ、コツ……」


足音!? 鏡の向こうから……?


「いや、そんなはずないでしょ!? 鏡の中から足音って……!」


亜沙美が叫ぶ。


みんなで一斉に鏡を見ると、鏡の中のヒカリが、にこにこしながらこっちに歩いてくる。


「ヒカリ……!?」


だがその瞬間——


「バリンッ!!!」


鏡にヒビが走った!


「ひっ……!!」


みんな一歩後ずさる。

ヒビはどんどん広がって、何かが出てこようとしているみたいに……!


「まずい……!」

隆之が低く言ったと同時に——


「カシャンッ!」


鏡の一部が砕け落ちた。


その向こうには……何もなかった。


鏡の中のヒカリも、もういなかった。


「……今の、何だったんだ?」


長谷川先輩が静かに呟く。

「天野……?」


私は隣のヒカリを見る。彼女は何も言わず、じっと砕けた鏡を見つめていた。


「……行きましょう。」


その表情が、どこか寂しそうに見えたのは気のせいじゃなかった。


「次は音楽室ね。」

玲奈先輩がそう言って、私たちは鏡の部屋を後にした。


次の目的地は旧音楽室。

「誰もいないはずなのに、ピアノが勝手に鳴る」という七不思議のひとつ。


廊下を進むと、かすかに……聞こえてきた。


「……ポロン……ポロン……」


「えっ……もう聞こえてる!?」

美咲ちゃんが不安そうな声をあげて、制服の胸元をぎゅっと握ってる。


「確かに……誰かがピアノを弾いているみたいね。」

玲奈先輩の声が静かに響いた。


扉の前で、みんな顔を見合わせる。


「誰が開ける?」

隆之の問いかけに、教室の空気がピタッと止まった。


一瞬の沈黙――でも私は、ぐっと胸を張って!


「……わ、私が開けるっ!」


ちょっぴり声が裏返ったけど、迷わず手を挙げた!

(だって、ここでビビってなんかいられないもん!)

(後輩の美咲ちゃんの前で、怖がってるとこなんて見せられないっ……!)


胸の奥はドキドキしてるし、ちょっと手も震えてるけど

――それでも、私はそぉ〜っとドアノブに手をかけた。


(……よし、チハルファイトっ! こ、怖くなんて……ないっ、たぶんっ!!)


「ギィィ……」


開けた先には、誰もいない音楽室。そして、ぽつんと置かれたグランドピアノ。


なのに……鍵盤が勝手に動いてる!?


「ポロン……ポロン……ポロロロン……」


「うそ……。」

美咲ちゃんが私の後ろで小さく震えて、袖をつまんでくる。


「……この曲、聴いたことがある。

誰かが、ここで弾いていた名残かもしれないわ。」

ヒカリはそう呟いて、ゆっくりとピアノに近づいた。

その指先が鍵盤に触れた、その瞬間——


「……ピタッ」


鍵盤が、ぴたりと止まった。


「……え?」


私たちは思わず固まった。まるでピアノが、ヒカリの存在に気づいたみたいに……。


「今……止まった……?」


「ヒカリが……触れたから……?」

亜沙美の声が空気をさらに重たくする。


「な、なんで止まったの?」

美咲ちゃんが おそるおそる聞いた。


ヒカリは何かを思い出すみたいに、鍵盤の上に手を置いて……

「……この旋律、覚えている……。」


「ヒカリ?」

私はヒカリの表情を覗き込んだ。

彼女は遠い目をしながら、鍵盤を軽く押した。


「ポロン……ポロロン……」


さっきの音と同じ旋律。


そのとき——


「カタ……カタ……」


ピアノの上の楽譜が、ふわりとめくれた。


「ひっ……!!」

美咲ちゃんがまた私にくっついてきた。


「まるで、何かを伝えようとしているみたい……。」

亜沙美がぽつり。


私は震える手で楽譜を手に取った。


そこには、かすれた文字が……。


『——また、会えるよね?』


「……っ!!」


背筋がゾワッとして、思わず息を呑んだ。


「これ、誰が書いたんだ?」

隆之の声が低く響いた、その時——


「バンッ!!」


ピアノの蓋が、勢いよく閉まった!!


「きゃあっ!!」

美咲ちゃんが跳ねるように私の背中に抱きついてきた。


「……今の、誰か閉めたの?」

亜沙美が震える声で言うけど、誰も触ってない。


「これは……もう、この場を去れってことかしら?」

玲奈先輩が冷静に言ったけど、その表情にはピンと張った緊張が走ってた。


「ちょ、ちょっと待って! もうやめませんか!? これ絶対ヤバいですよ!!」

美咲ちゃんの目にうっすら涙がにじんでて、私も胸がきゅうぅってなった。


「……そうね。ここには、もう何もないわ。」

ヒカリが静かに言った。


でも、私はまだ……目が離せなかった。


ピアノの前に落ちてるあの楽譜。『——また、会えるよね?』


その言葉が、頭から離れなかった。

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