『封(と)じられし視線の記憶』3
「……足音、聞こえない?」
私はふと立ち止まって、周りをキョロキョロ見渡した。誰も動いてないはずなのに、どこからか「コツ、コツ……」って、確かに靴の音が……。
「ちょっ、やめてくださいよぉ!」
美咲ちゃんが私の腕をつかんで、びくびくした声を出す。
ううっ、わたしだって ちょっと怖いんだよ〜!
「気のせい……じゃないよな?」
隆之が真剣な顔で、廊下の奥をじーっと睨んでる。その足音、どんどん近づいてきてる感じ……ひゃあああ〜〜っ!
「誰かいるんじゃない?」
亜沙美がスマホのライトで奥を照らすけど、そこには誰もいない。でもね……足音は、はっきり聞こえてるの。怖すぎるよぉ……!
「……これは、この場所に刻まれた何かの名残かもしれない。」
ヒカリが静かに、でもちょっとゾクってする声でつぶやいた。
「記憶?」
「ここに刻まれた“何かの歩いた音”が残っているのかもしれないわ。」
「ってことは……幽霊の仕業じゃないってこと?」
「それは、わからない。」
ヒカリの その一言に、空気がキンッて凍った気がした。
「やっぱり無理無理無理!! ちー先輩、帰りましょう!!!」
美咲ちゃんが私の腕をぎゅぅぅって握ってくる。
あわわわ、私も正直めっちゃ帰りたい〜〜!!
その時——
「コツ……コツ……コツ……」
足音が……すぐ、すぐ後ろで止まった。
みんな、一瞬で静止。空気が止まったみたいに、誰も動けない。声も出せない。
「……ねえ、今の……誰?」
亜沙美の声が、かすれるように響く。
「い、いやいや! ここには私たちしかいないはずでしょ!?」
美咲ちゃんがさらにしがみついてくる。私の心臓もバクバクで、手に汗びっしょり!
「誰か、後ろを……」
玲奈先輩の静かな声が、空気を刺すように響いたけど……だ、誰も動かない。無理っ、こわすぎるっ!
——その時。
「カタ……カタ……」
背後の古いロッカーが、ゆらり……と揺れた。
「ひっ……!!」
美咲ちゃんが声にならない声をあげて、私も後ずさりしちゃった。
「おい、何かいるのか……?」
隆之がスマホのライトをロッカーに向けて——その瞬間!
バンッ!!
ロッカーの扉が、ものすごい音で開いた!!
「うわあああっ!!」
思わず飛びのいて叫んじゃった! でも、でもね……
「……空っぽ?」
長谷川先輩が眉をしかめる。
「でも、今……明らかに何かがいたような……」
隆之もキョロキョロ周囲を見てる。
だよね、だよね!? 足音もロッカーの揺れも、幻じゃないよね!?
ヒカリが静かに、でもはっきりと口を開いた。
「……ここ、長居しない方がいいかもね。」
私は みんなの顔を見回しながら、そっと呟く。
「心臓が落ち着く暇がないよ……。……次の場所に行こう。」
***
次に向かったのは旧図書室。
廊下を進むごとに、空気がどんどん冷たくなってきて、背中にひゅ〜って風が吹く感じ。
「ここが旧図書室……なんか、空気違いません?」
美咲ちゃんが小さく震えながら言った。扉を開けると、古い本棚がずらり……ホコリの匂いが鼻にツンッ。
「……意外と普通の図書室じゃない?」
亜沙美がスマホのライトを照らしながら、ゆっくり歩き出した。……その時。
「ガタン……!」
本棚が、勝手に動いた!!
「うわっ!?」
私たちは一斉に飛びのく。誰も触ってないのに……な、なんで動くのぉ!?
「今の……何?」
隆之が警戒モードMAXで言う。
「本棚が勝手に開くのは、この七不思議のひとつ……でも、どうして?」
玲奈先輩の声が冷静すぎて逆に怖い……!
「こ、これ絶対ヤバいやつじゃないですか!? ちー先輩、もう帰りません!??」
美咲ちゃんが必死に私の腕を引っ張るけど、ちょっと待って、それどころじゃない……!
「ちょっと待って、美咲。……何かある。」
私は、本棚の奥に何か光るものを見つけた。それは、一冊だけ妙に綺麗な本だった。
「これは……?」
そっと手を伸ばしてみた——その瞬間!
「あっ……」
指先に、誰かの手が触れた……! 見上げると、長谷川先輩も その本に手を伸ばしてた。
「ご、ごめん……。」
「い、いえ……。」
な、なんだろ……心臓がドキンッて鳴った。え、えええ!?
わたし、なんで目そらしてるの〜〜〜!
美咲ちゃんがふくれっ面でこっちを見てるし……あうぅ。
私はそっと本を持ち上げた。すると——
パラパラパラ……
ページが勝手に……め、めくれたぁぁっ!!
「ひゃあぁぁっ!!」
美咲ちゃんの悲鳴に、亜沙美も ビクッ!
「な、何これ……!」
私も思わず後ろに飛びのいたら——
ドンッ!?
誰かにぶつかった!? そしたら、そのまま抱きとめられて——
「お、おい……!」
……隆之!?!?!?!?!?!?!?
「ご、ごめん!」
思わず飛びのいて謝ったら、彼も顔真っ赤になってる!
「ビビりすぎなんだよ、お前……。」
そう言ってそっぽ向いたけど……声、ちょっと震えてた。
ねえ、あれってお互い様じゃない!?
べ、べつに怖くなんかないし!?
……ちょっとだけ心臓がドキドキしてるだけだもんっ。
よしっ、気を取り直して――!
ページを読んでみると、そこには何十年も前の手書きの記録が残されていた。
「これ……誰かの日記?」
私はじっと目を凝らして読もうとした。そのとき、なんか視線を感じて、ふと顔を上げると——
……隆之がこっちをじっと見てた。
「……な、何?」
「別に。」
そっぽ向いたけど、なんか顔赤いし!
「なんか熱心に読んでるなって思っただけだよ。」
「そ、そりゃあ……気になるし。」
「ふーん……。」
な、なんなの この空気!? ドキドキするんだけど!
すると、ヒカリがページを覗き込んで言った。
「……これは、ここにいた誰かの記録。今はもう、いない人の……。」
背筋がゾクッてした。
「まさか、さっきの足音の主……?」
亜沙美が小さな声で言った、その時——
「カタン……」
また別の本棚が、勝手に動いた!
「……おい、あそこ。」
隆之が指差したその間に、一瞬だけ“何か”が——!
「誰かいる!?」
亜沙美がライトを向けたけど……影はスッて消えた。な、なんなのぉ!?
「ちょ、ちょっと待ってください! 何かいましたよね!? 今の見ましたよね!?」
美咲ちゃん、パニックぎみ。わ、わたしもパニック寸前!
「今の……何だったんだ?」
隆之が本棚に近づくと——
「バサッ!!」
一冊の本が落ちてきた!
「ひぃっ!!」
美咲ちゃんがまた飛びのいて、私はその本を拾い上げる。
「何……これ?」
表紙はボロボロ。でも中を開くと——
「……何か、名前が書いてある?」
ページの真ん中に、滲んだ筆跡で名前っぽい文字。
「でも、読めない……。」
「誰かの名前だと思うんだけど……。」
「……助けて……」
ひっ……!?!?
静寂の中、どこからか囁く声が聞こえた。
「えっ……?」
私たちは一斉に固まった。
「今……誰か喋った?」
キョロキョロ見渡すけど、誰も口を開いてない……。
「……確かに聞こえた。」
ヒカリが静かに呟く。
その時——
「……ねえ、見てくださる?」
玲奈先輩が落ち着いた声で、そっと窓の外を指差した。
そこに映っていたのは、私たちの姿。
——でも、ヒカリだけ……違っていた。
「ヒカリ……?」
窓の中のヒカリは、私たちを見ながら、不気味な微笑みを浮かべていた。
「……っ!!」
私たちは全員、一歩後ずさる。
「これは……」
ヒカリが、自分の映る窓を見つめていた。
その像は、静かに、音もなく……ふっと消えた。
「ひっ……!!」
美咲ちゃんが悲鳴を上げて、玲奈先輩の顔もわずかにこわばった。
「今、確かに映っていたわよね……?」
亜沙美の声が震える。でも、ヒカリは窓を見つめたままだった。
「……もう、行きましょう。」
その声は、どこか遠くの世界を見てるようで——私は、なぜか言葉が出なかった。
誰も反論することなく、私たちは、次の場所へと静かに歩き出した。




