『封(と)じられし視線の記憶』1
前回までのあらすじ(第5話)〜語り手:犬神愛衣より〜
犬神千陽。その胸にあるのは、ずっと変わらない――
「誰かを守りたい」という、まっすぐな想い。
彼女の前世は、なんと“犬”。それでも、誰かのために走り続けた心は、
今も変わらず息づいていて……
チハルちゃんは、日向町に迫る“災厄”を止めるために、
封印を施す使命を背負って生きています。
彼女の支えとなっているのは、大切な友人との記憶。幼いころに交わした約束。
そして今も、静かに病と闘いながら眠り続けている、女の子の存在。
その想いが、しっぽの奥まで……ぎゅっ、と響いたんです。
――そして、第一の試練。犬神の力の片鱗を解放し、
チハルちゃんはついに“鍵”を手にしました。
そのとき、しっぽは……ふるっ……と、小さく震えました。
やがて彼女は、仲間たちとともに歩み出します。
向かった先は、旧校舎に残された“七不思議”――
ほんの遊びのつもりだった放課後の探索が、
“ただの怪談”では済まされないものへと変わっていくのです。
ヒカリちゃん。隆之くん。亜沙美ちゃん。美咲ちゃん。そして、クールで頼れる玲奈先輩。
サポート役の長谷川先輩も加わって、探索は静かに、でも確かに進んでいきます。
“視線”、“記憶”、“封印”――ひとつ、またひとつと明かされていく中で、
気づかないうちに、なにかがそっと忍び寄っていたのです。
……しっぽが、ピクッと反応しました。
その“気配”が何なのか、まだ誰も気づいていません。
けれど、チハルちゃんとヒカリちゃんは、
知らず知らずのうちに、もっと深い場所へと、足を踏み入れていくのです――
そこには、物語の“核心”が、ひっそりと待っていました。
「本当にこんなところに来るの?」
亜沙美が、不安そうにぽつり。
日向高校の旧校舎って、今はもう使われてないけど、昔は学園の中心だった場所。そこにはね、誰もが一度は耳にしたことがある“七不思議”の噂があるんだよね。
放課後の夕方。私たち一行――チハル(わたし!)、ヒカリちゃん、亜沙美、隆之、そして美咲ちゃんに玲奈先輩、長谷川先輩の七人は、旧校舎の中に足を踏み入れた。
扉をギィィ……って開けたら、もわって埃っぽい空気が漂ってきて……なんだか、誰かにじーっと見られてるような感覚が背中に広がる。ひゃっ……こ、怖いっ!
「……足音、聞こえない?」
私がそう言った瞬間、廊下の奥から「コツ、コツ」って、確かに靴音が……!
「うわっ!?」
「だ、大丈夫! きっと床が きしんだだけだよ!」
えぇ〜〜? ほんとにぃ〜? とか思いながらも、おそるおそる進む私たち。暗い廊下に、足音だけがカツンカツンと響いて、まるで自分たちの世界から切り離されたみたいな感覚。
――で、その“音”は、ぴたりと止んだ。
「……今の、誰の足音?」
誰も答えない。ていうか、誰も わからない。
(ここ、絶対なんか変だよ……)
そう。異変は、もう始まってたんだ――
七不思議の噂なんて、今までは どれも都市伝説だと思ってた。信じるとか信じないとか以前に、「まぁ、あるよね〜」くらいの軽い気持ちだったのに。
でもね。このときの私たちは、まだ知らなかったんだよ。
これから——本当に“そのすべて”を体験しちゃうなんて。
廊下の奥で扉がガタガタ……って揺れて、壁にかかった時計の針が……勝手に動き出した!?
(えっ、ちょっ、なになに!?)
空間そのものが、ざわって息を しはじめたみたい。
「これ……全部、この場所の“何か”の影響かもしれない。」
ヒカリが、静かに低く呟いた、その瞬間——
旧校舎の時計の針が、カチリ。
「時間が……!」
探索を続けてると、旧校舎の廊下が どんどん薄暗くなって、窓の外には夕暮れの影がにじんでた。どこからともなく……なんだか、かすかなささやき声が聞こえたような……?
「……聞こえた? 今の……」
ヒカリの声が、耳の奥に染み込むように静かだった。
「え、何も聞こえないけど……?」
「……誰かが……呼んでる……?」
(えぇぇ〜〜!? 呼ばれたくないよ!?)
その瞬間、廊下の奥で「ギィ……」って、ゆっくり扉が開く音が響いた。
風のせい?……って思いたかったけど、
いやいや! 窓、全部閉まってるんですけど!?!?
背筋がゾワ〜〜〜ッと冷たくなる。
「うわっ……!?」
「ちょ、ちょっと待って……誰もいないのに、勝手に扉が開くのおかしくない!?」
亜沙美がガタガタ震えながら、美咲ちゃんの腕をぎゅってつかんでる。美咲ちゃんも顔が真っ青!
「……なにかいる……」
ヒカリの言葉に、みんなが息を飲んだ……そのとき——
『感じるぞ……この場所には、邪悪なる力が満ちている……!』
「わふっ!?!?」
うわっ、うわわっ!? 思わず変な声出ちゃったし!?!?
「ちょっ、何!? なんで今犬みたいな声出したの!?」
「えっ、いや、その……びっくりしただけ!」
うわー、亜沙美に突っ込まれた! わたし、何やってんのー!? でも、頭の中には
あの声がまだ響いてるんだよ!
(今度会った時に絶対モフモフしてやるんだから! シロめ〜っ!)
『ふむ……この気配、ただならぬものが漂っているな……まるで、禁断の扉が開かれるかのようだ……!』
(いやいや、そういうのいいから! なんでいきなり喋るの!?)
『フハハ…愚問だな、犬神千陽よ。ここはただの旧校舎ではない……異界と現世の狭間にある、封じられし“黄昏の迷宮”なのだからな……!』
(シロってば説明が回りくどい! もっとシンプルに言ってよー!)
……さて、なんで私たちがこんな場所に来ることになったのかというと——
***
それは、ちょっと前の放課後、生徒会室でのお話。
その日、生徒会室には生徒会長の玲奈先輩とサポート役の長谷川先輩、
そして生徒会役員の亜沙美が集まってた。
「まあ、旧校舎の七不思議ですって? そんなオカルト的な話を、まさか真に受けているわけではなくて?」
生徒会長でテニス部の部長でもある玲奈先輩は、今日も優雅にペットボトルの紅茶を飲んでいた。(なんだか、飲み方までお上品!)
そのお隣に座ってるのが、長谷川先輩。バスケ部所属のクール男子。
玲奈先輩とは幼なじみで、なんだかんだで いつも一緒にいる。
生徒会の役員ってわけじゃないけど、時間が空いてるときは、玲奈先輩のサポートを自然にこなしてる感じ。
……うん、なんていうか、“影の秘書”ってやつ?
「にしても……七不思議って言っても、ただの噂だろ? まさかマジで信じてるのか?」
「誰も“信じてる”とは言っていませんわ。でも、秋の文化祭に向けて、こうした噂が広まっているのも事実ですわ。それならば、生徒会として調査するのも役目ではありませんこと?」
「まあな。問題があれば早めに潰しておくに越したことはないしな。」
そのとき、亜沙美が「はっ!」と顔を上げて言った。
「それなら、チハルも誘っていいかな? あの子、ちょっと変わってるけど、こういうの好きそうだし!」
(変わってる……の部分は余計だけど、まぁ否定はしないよ!?)
玲奈先輩はふっと微笑んで、紅茶を飲みながら言った。
「ええ、ぜひ。犬神さん……興味を持ってくれると嬉しいですわね。」
「じゃあ、ヒカリちゃんも誘っちゃおう! あと、隆之もついでに連れてく!」
「……勝手に決めるあたり、いつも変わらないな。」
長谷川先輩が肩をすくめて笑った。
玲奈先輩はペットボトルのキャップをくるくる回しながら言った。
「七不思議の噂――真偽はともかく、確認する価値は ありそうですわね。」
三人の間に、自然と頷き合う空気が流れた。
こうして、“七不思議調査隊(仮)”が誕生したのだった。
***
で、そのあと、教室で——
「ええっ!? 旧校舎の七不思議を本当に調査するの?」
亜沙美が、生徒会室での出来事をそのまま私と隆之に伝えてくれたんだけど……私は素直にびっくり!
「そう! それで、せっかくだからチハルたちも一緒にどう?」
「いや、私は別に……」
「私も参加するわ。」
ヒカリの静かな声が、空気をすっと変えた。
「ヒカリ?」
「……あの旧校舎には、何かがある。」
「何かって……?」
ヒカリは、ちょっと考えるように視線を落として、
それから私を まっすぐ見つめた。
「言葉ではうまく説明できないけれど……ただの噂ではない気がするの。」
その真剣な眼差しに、思わず私もうなずいてた。
「……じゃあ、行く。」
「ちょろいな。」
隆之がクスッと笑った。
「ちょ、ちょろくないしっ!」
ぷくーっ。つい頬がふくらんじゃった。
隆之は腕を組んで、ちょっとだけ考え込むようにしてから言った。
「まあ、噂が本当かどうか、この目で確かめるのも悪くないな。」
「隆之も来るの?」
「こういうのって、科学的に説明がつくものが多いしな。お前たちがビビってるだけなのか、それとも本当に何かあるのか、見極めてやるよ。」
「へえ、隆之も怖い話とか興味あるんだ?」
「違う。ただの確認作業だ。」
私、思わず ふふって笑っちゃった。
……でも、こういうときに一緒にいてくれると、やっぱり心強いんだよね。
隆之って、日ごろは科学部で黙々と観察とか実験してるんだけど、
こういうときに さりげなくついてきてくれるの、ほんとに心強いんだよね。
(……たぶん、そういうの、本人は全然気づいてないんだろうけどっ)
そんな流れで、私とヒカリ、それに隆之も、めでたく(?)七不思議調査メンバーに仲間入りすることにっ!パチパチ〜♪(※拍手は自前です☆)




