『命の輝き』7
——気づいたら、私は病室に立ってた。
静かに響く機械の音。一定のリズムで、トン……トン……って。
(……あれ?)
白いカーテンに、点滴のスタンド。そして……ベッドの上で眠ってる、みっちゃんの姿。
——そうだ。今は、あの頃じゃない。
(うん、ちょっと思い込みすぎてたかも。深呼吸、深呼吸……!)
私はそっと、深呼吸した。
ここは、過去じゃない。現実。戻れない時間に、知らず知らずのうちに縛られてた自分に、静かに言い聞かせる。
病室は、時間が止まったみたいに静かだった。窓の外には青い空が広がってるのに、この部屋だけ別の世界みたい。
私は、ベッドのそばに立って、ぐっすり眠ってるみっちゃんの顔を見つめた。
(あの時、命は助かったんだよね。でも……意識は、まだ戻ってこないまま。)
機械のモニターが、まるで命のリズムみたいに動いてる。みっちゃんはすごく穏やかな顔をしてて……本当に眠ってるみたいなのに、声をかけても、もう笑って返してくれることはなくて。
「ねえ、みっちゃん……。」
そっと、彼女の手を握ってみる。
——でも、その手は、まるで別の世界にいるみたいに、かすかに温かいだけだった。
(ずっと、願ってるんだよ。みっちゃんがまた元気になりますように——って。)
私は、こうして時々お見舞いに来る。常盤町までの移動はちょっと大変だけど、それでも時間を見つけて、みっちゃんのそばにいたい。
どれくらい、こうしてたんだろう。
——そのとき。
扉が静かに開いて、聞き慣れた声が病室に響いた。
「……やあ、千陽ちゃん。」
私は顔を上げて、ゆっくり振り返る。
そこに立ってたのは——森本さんだった。
「こんにちは、みっちゃんのお父さん。」
落ち着いた表情で、静かに室内に入ってくる森本さん。優しい微笑みを浮かべて、光希のそばに立った。
「変わりは……ない、か。」
そう言いながら、彼はそっと光希の髪を撫でた。
「……ええ。時々、お見舞いに来てるんですけど……。」
森本さん——みっちゃんのお父さん。私は小さい頃から知ってる人。家族ぐるみの付き合いもあって、みっちゃんの家にもよく遊びに行ってた。
日向町でも、よく会うんだ。新居田さんや大泉住職とも仲が良くて、サッカーの話になるとすっごく楽しそうに語る人。でも……こうして病室で会うと、なんだか違って見えた。
森本さんは、じっと光希の顔を見つめたまま、ふうっと静かに息を吐いた。
「千陽ちゃん、ありがとうね。こうして、時々光希のそばにいてくれて。」
「……そんなの、当たり前です。だって、みっちゃんは私の一番の親友だから。」
言いながら、胸の奥がじんわり熱くなる。なんだろう、この気持ち。
森本さんは、光希の手をそっと握ると、少し目を閉じた。
「光希は、ちゃんと感じてるはずだ。……千陽ちゃんの想いを。」
その言葉に、私は思わずみっちゃんの顔を見つめ直した。
お願い、みっちゃん——この時間が、いつか終わっちゃうなんて……私、まだ考えたくないよ。
病室を出ようとしたそのとき、森本さんが「ありがとう、千陽ちゃん」って言ってくれたので、私はぎこちなく笑って、「また来ますねっ」って小さく手を振った。
病院を出る頃には、空が優しい夕焼けに染まってた。
***
夕方、自宅に戻ると、ふと静かなピアノの音が耳に届いた。
さとしの部屋から流れてきた旋律は、穏やかで、ちょっぴり切なくて……なんだか、光希の病室で感じた重たさが、ふわっと軽くなった気がした。
「……さとし?」
私はそっと、彼の部屋の扉を開けてみた。
さとしは、ピアノの鍵盤に指を滑らせながら、にこって微笑んだ。
「おかえり、お姉ちゃん。光希お姉ちゃんのところに行ってたんだね。」
「うん……。」
さとしは一度、指を止めて、まっすぐ私を見つめてきた。
「大丈夫だよ。光希お姉ちゃん、いつか絶対に元気になるよ!」
その言葉に、私はハッとした。
「……そうだね。」
さとしの純粋な声が、迷いがちだった私の気持ちを吹き飛ばしてくれる。
私は——もう、泣かないって決めたんだ。
何度も泣いたし、何度もヘコんだ。でも、もう立ち止まってなんていられない。
みっちゃんのために、私は強くなる。みっちゃんが帰ってこられる場所を、守るために。
もうこれ以上、悲しみは増やしたくない。誰も、失いたくない。
だから、私は決めたんだ。
日向町の“災厄”から——絶対にみんなを守るって。
私にできることがあるなら、全部やる。どんなにツラくたって、受け止めてみせる。
さとしの奏でるピアノの音が、そんな私の決意と重なって、夕暮れの空に優しく溶けていった。
第六話へつづく——。




