『命の輝き』6
それから日が経つにつれて、みっちゃんの体は少しずつ、
思うように動かなくなっていった。
ある夜、病室の中。みっちゃんは ぼんやりと窓の外を見てた。
「ちーちゃん……」
「どうしたの?」
「……私、サッカーやりたいよ……。」
その声は、かすれてて、ちょっと震えてた。
「まだ、やめたくない。もっともっと、ボールを蹴りたいのに……なんで?」
唇を きゅっと噛みしめたまま、みっちゃんの目に涙がにじむ。
「どうして、わたしなの……?」
わたし、何も言えなかった。ただ、そっと手を握ることしかできなかった。
みっちゃんは、また窓の外へ視線を戻す。
「星、きれい……。」
ぽつんと、つぶやく みっちゃん。
「夜になるとね、よく星を眺めるの。あんなに遠いのに、ずっと輝いてる。……わたしも、ずっとサッカーを続けられますようにって、お星さまにお願いしてるんだ。」
私はそっと、みっちゃんの横顔を見つめた。
「きっと、願いは叶うよ。」
「……うん。」
みっちゃんの笑顔は、優しくて……でもちょっと、儚く見えた。
しばらく静かに星を見ていたみっちゃんが、ふとこっちを見て言った。
「ねぇ、ちーちゃん……」
「ん?」
「いつかさ……星の綺麗な場所に、一緒に見に行こうね。」
びっくりしてみっちゃんの顔を見る。みっちゃんは、遠くの星を見つめながら、静かに笑ってた。
「……うん! 絶対だよ!」
私も負けないくらいの笑顔で、力強くうなずいた。
「約束ね。」
みっちゃんが小指を伸ばしてきた。
「うん、約束!」
私は小指を絡める。そして、そっとポケットの中から小さな袋を取り出した。
「これ、あげる。」
「……なに?」
「犬神神社のお守り。わたし、お願いしてもらったの。みっちゃんが元気でいられますようにって。」
みっちゃんは驚いた顔でお守りを受け取り、じーっと見つめる。
「ちーちゃん……。」
「すごくご利益があるんだって! だから、これを持ってたら、きっと大丈夫!」
私、めいっぱい笑った。明るく、元気に、願いを込めて。
みっちゃんは、そっとお守りを握りしめると、涙をこらえるようにして微笑んだ。
「ありがとう……ちーちゃん。大切にするね。」
「うんっ!」
二人で笑い合った、あの夜——。
……今はただ、みっちゃんが少しでも安心してくれたら、それだけでよかった。
病室を出た私は、廊下の片隅で立ち止まった。
胸の奥が、ぎゅーっと苦しくなる。
(お願いします……神様……)
病院の廊下の窓から見える夜空を見上げて、
私は心の中で必死に願った。
(みっちゃんは……
いつだって、誰よりも頑張ってたんだよ……!
だから……お願い、神様……!
サッカーを奪わないで……
もう一度、あの子にボールを蹴らせてあげて……!!)
ぎゅっと拳を握ったまま、私はずっと祈り続けた。
心の中で何度も、何度も願う。
だけど――
どれだけ強く願っても、現実は、そんな簡単には変わってくれなかった。
「……なんで……?」
ぽつんと、声がこぼれた。
思わず口にしてしまったその言葉が、夜の空気に溶けて消えていく。
(なんで……みっちゃんが……。
あんなに頑張ってたのに。あんなに優しいのに。
どうして……あの子がこんな目に遭わなきゃいけないの?)
頬をすべる涙が止まらない。
それでも、私は強がるみたいに、口をぎゅっと結んだ。
(病気なんて……なくなればいいのに……!
誰かが苦しむのを見るのなんて、もうイヤ……!)
でも――何もできない自分が、すごく悔しかった。
ただ祈ることしかできなくて、隣にいてあげることしかできなくて。
(……わたし……こんなときくらい、なにか……してあげたいのに……)
でも、震える指先が、全部の気持ちを物語っていた。
……どれだけ願っても、現実はすぐには変わらない。
それでも、私は――あきらめたくなかった。
みっちゃんの笑顔を、サッカーをしていた姿を、もう一度この目で見たいから。
そして今日も、私は みっちゃんの病室をそっと訪れていた。
最近の みっちゃんは、あまり体調がよくない。
でもね、わたしの顔を見ると、いつも通りに微笑んでくれるの。
「ちーちゃん、おはよ。」
「おはよう、みっちゃん。体調どう?」
「んー……ちょっとだるいけど、大丈夫。」
そう言うけど、声がちょっと弱々しくて……私の中の不安が ぬぐえなかった。
「ねえ、ちーちゃん……今日も星、見えるかな。」
「うん、きっと綺麗に見えるよ。だって、今度一緒に見に行くって、約束したもん。」
「うん……。」
みっちゃんが、小さく微笑む。そのとき——
——突然、みっちゃんの呼吸が乱れた。
「みっちゃん……?」
私はすぐにのぞきこんだ。みっちゃんの表情が歪む。手が、震えてる——
「ちー……ちゃん……」
細くて、かすれた声。息がつまるような音がして、みっちゃんの体がぐったりと沈む。
「えっ……? みっちゃん!? みっちゃん!!」
私は何が起きたのかも分からないまま、必死でみっちゃんの肩を揺らしていた。
でも、みっちゃんの瞳は焦点を失って、ゆっくりと閉じようとしてて——
「ダメだよっ、目を開けて!!!」
ナースコールを押す!
廊下の向こうから、看護師さんが走ってくる!
「意識がありません! すぐに処置を!」
「みっちゃんっ! ねえ、お願いだから、返事してよ!!」
わたし、必死に手を握る。でも……みっちゃんの手からは、少しずつ力が抜けていくのがわかった。
その瞬間——
頭の中に、みっちゃんとの思い出が、ばーって、走馬灯みたいに流れてきた。
——「ちーちゃん、ユキだよ! かわいいでしょ」
——「一緒にサッカーしようよ! ちーちゃん、意外と上手いじゃん!」
——「ねえ、ちーちゃん……いつか、星の綺麗な場所に、一緒に見に行こうね。」
楽しかった日々。笑い合った時間。なんでもない日常。
いっぱい笑って、何度も何度も「また明日」って言い合ってたのに——
「みっちゃん……行かないで……!!」
涙が、ぶわってあふれた。
「お願い……神様……! みっちゃんを、助けて……!」
お医者さんたちが心臓マッサージを始める。機械の音が、バンバン響く。
気づけば、私は その場にへたりこんでいて……あとは、涙が止まらなかった。
「なんで……なんでなの……!」
嗚咽が止まらない。
どうして——
どうして、こんなことになるの……!?
……。
………。




