『命の輝き』1
前回までのあらすじ(第4話)〜語り手:犬神愛衣より〜
日向高校で囁かれるようになった“七不思議”の噂――
その中で、犬神神社のまわりに現れる白い影が、ちょっとした話題になっていました。
でもその影の正体は、誰も知らなかったのです。
……けれど本当は――チハルちゃんのすぐそばで、
静かに見守っていた存在がいたのです。
やがてチハルちゃんは、日向町の“災厄”を防ぐために、
犬神神社の奥深くで、最初の封印の試練へと足を踏み入れます。
そこに現れたのは、白き幻の狼。恐怖を抱えながらも立ち向かい、
チハルちゃんはついに封印の鍵を手にし、
犬神の“首輪”は――白銀の指輪として、右手の薬指に宿りました。
その光景に、私のしっぽも……ふるふる……って震えました。
そして、シロは静かに語ります。
「……残る封印は、あと三つだ」
けれど、すぐに次の試練が始まるわけではありませんでした。
数日後――
チハルちゃんは、電車に揺られながら常盤町ときわちょうへと向かっていました。
そこに待っているのは、新たな封印ではなく――
幼いころの思い出、そして胸の奥にずっとしまっていた、大切な時間たち。
あの日の風景に、胸の奥がきゅうっとなって……
気づけば、しっぽが……そっと、ふわりと揺れていたのです。
五月に入り、空気が少しずつ夏の気配を帯び始めてきた。ふわっと鼻をくすぐる風も、なんだかちょっと夏っぽい。
電車の中、揺れる景色をぼーっと眺めながら、私は小さく息を吐いた。
窓の外には、新緑がまぶしい木々が並んでて、田園風景の中に、ちょっぴり夏の香りを運んでくる風が吹き抜けていくのが見える。
車内は静かで、まばらな乗客たちはそれぞれの時間を過ごしてる。窓の外の景色はどんどん町から遠ざかっていって、アナウンスの声もなんだか遠くに聞こえて——。
まるで、私だけが別の世界にいるみたいな、不思議な感じ。
(犬神神社の封印……ちゃんと強化したはずなのに、なんか引っかかる感じがする)
先日、私は日向町を守るために――ひとつの封印を強化した。でも、なんだろう。どこかに違和感が残ってて、まるで「とりあえずの延命措置」って感じ……。
(……でも、本当に私なんかで日向町を救えるの?)
胸の奥が、きゅって苦しくなる。
私は、ただの高校二年生――たぶん、ね。
たしかにこの指輪はもらったし、夢幻封界では犬の姿になれるし、
現実でもシロと“心で話す”みたいなことができちゃったりしてるし、
それに……前世で犬だった頃の記憶が、ちょびっとだけ、ふっと浮かんできたりもするけど。
それでも、“特別な存在”って言われるには、なんか違う気がして。
力があるからって、自信があるとは限らない。
……むしろ、ない。ぜんぜん……ないよ。
(やっぱ、無理なんじゃ……)
『フッ……貴様の勘も、少しは鋭くなってきたようだな。』
突然、頭の中に響いてきたのは、もうおなじみ(?)のシロの声。
(シロ……今は静かにしててよ。)
『静寂こそ、我が力を高める……などと言うと思ったか? 貴様が考え込んでいる時こそ、我が助言が必要なのだ。』
はぁ……。ため息が出ちゃう。
(……封印を守ったけど、それだけで災厄って防げるの?)
『それは分からん。封印というのは時の流れとともに弱まるもの。本質的な解決には、残る三つの封印を探し、すべての力を開放する必要がある。』
「やっぱり……簡単じゃないよね。」
私は指先で、右手の犬神の指輪をそっとなぞる。最初の封印を解いた時、あの犬神の首輪が指輪に変わった。これが、私に課せられた運命の証……なのかな。
『ヒカリもまた、封印の手がかりを探しているようだ。まだ場所の特定はできていないが、彼女は日向町の歴史を調べながら、手がかりを探している。』
(ヒカリが……?)
『そうだ。彼女は夢幻封界の記憶を辿りながら、過去の記録や痕跡を探している。まだはっきりとは分からぬが、次の封印の場所も、いずれ見えてくるだろう。』
(……ねえ、シロ。ヒカリって、いったい何者なの?)
『フッ……それを知りたければ、すべての試練を開放することだ。』
(……すべての試練を開放すれば、ヒカリのことも、私が選ばれた理由も分かるの?)
『いずれ、貴様もその場を訪れることになるだろう。今は深く考えるな。時が来れば、すべての答えはおのずと見えてくる。』
(……結局、私にできることって、何なんだろう。)
『それまでに、しっかりと休息を取っておくのだ。』
(……なんか、シロって意外と優しいとこあるんだね。)
『フッ、当然だ。我は冥府の深淵を知る者……命運を導く賢者……
ゆえに、選ばれし貴様には至福の休息を授けるのだ……。』
――シロの中二病ボイス(心の中)に、思わず私の頭の中もツッコミ全開!
「いや、ただの『休め』って言ってるだけでしょ!? なんでそんなに壮大な言い方になるの!?」
……って、うわっ、声に出しちゃったーっ!?!?
ぱっ!と顔を上げたら、近くのお客さんがチラチラこっち見てるし!
えっ、ちょっ、今の聞かれてた!? 私、ひとりで神狼にツッコミ入れてた人になってる!?
顔がじわ〜って熱くなって、
思わず持ってたショルダーバッグを、胸元までひょいっと持ち上げて顔の半分を隠しちゃった。
……うぅ、こんなときに限って、お気に入りのレース付きバッグなのが余計に目立つ〜〜っ!!
チラッとまわりをうかがって……
誰も深く気にしてなさそうなのを確認して、こっそり深呼吸。
……よし。平常心、平常心〜〜っ!
そう心の中で念じ窓の外に目を向け
流れていく景色を見ながら、気持ちを切り替える。
そして私は、そっと背筋を伸ばして、これからのことを静かに考えはじめた。
今日、私が向かうのは常盤町。動物愛護センターを訪れて、何かを学ぶため。そして——。
(今日は、みっちゃんに会いに行く日だ。)
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
電車の窓に映る、自分の顔。少し寂しそう。
私はそっとスマホを取り出して、無意識に画面を開いた。光希とのメッセージが、そこに そのまま残ってる。
『次の試合、絶対勝とうね!』
『ちーちゃん、今日の練習頑張ったね!また明日!』
「……また、明日か。」
ぽつりとつぶやいて、スマホをそっと閉じる。叶わなかった約束。
あの頃の光希は、メッセージの中で今も変わらず笑ってる。
胸が、チクリと痛む。私はまた窓の外へと視線を向けた。
(みっちゃん、私は……今でもちゃんと、覚えてるよ——)