『闇を裂く絆』5
「終わった……?」
私の口からふっと漏れた声は、ちょっぴり震えてた。
目の前に広がってる景色は、さっきまでのあのドキドキの試練の場とはまるで違ってて、すっごく穏やかで、静か。
横を見ると、ヒカリが肩で息しながらこっちを見てる。
「犬神さん、大丈夫?」
「うん……なんとかね。でも……」
自分の足をそろ~っと一歩出して、体を確かめる。
見た目は特に変わってないけど、胸の奥に何かがポワッと宿ってるような、不思議な感覚。
私は犬の姿のまま首をかしげて、自分の首元の首輪にそっと前足で触れてみた。
ちょっと変な感じがして、思わずつぶやく。
「これで……封印、強化できたのかなぁ?」
ヒカリが優しく微笑んで答えてくれる。
「ええ、犬神の首輪にカギが取り込まれたから、この封印はもう大丈夫よ」
「……私、本当にやったんだ……」
そう言葉にしてみたら、ふわっと実感が湧いてきて、胸がじんわりあったかくなった。
ヒカリと顔を見合わせて、にこっと頷き合ったそのとき——
視界がぐにゃりと揺れて、世界がぐらぐら崩れるみたいな感覚に襲われた!
「えっ……!?」
周りの景色が急に変わって、ぽつぽつと雨の音が聞こえてきた。
「この音……なんだか、懐かしいような……?」
——ぽつ、ぽつ。地面を叩く雨粒の音。
気づいたら、私の視線は地面に映る自分の前足を見てて。
泥だらけで、びしょ濡れになりながら、必死で走ってる——犬の私。
「……っ、どこ……? どこにいるの……!!?」
まるで誰かを探してるみたいに、全力で駆けてる。
でも、記憶の中の声はぼやけてて、誰を探してるのか分からない……。
「……私……何を……?」
足がもつれて、泥の中にばったーんって倒れた感覚が全身を包む。
視界がにじんで、誰かの手がそっと私を撫でてくれて……
あったかくて、やさしくて……でも誰なのか分からない。
「……チップ……」
誰かが、私の名前を――
そう、“チップ”って、確かにそう呼んでくれた。
耳に届いたその声は、不思議なくらい懐かしくて。
ふわりと胸の奥が温かくなって、私は思わず涙がこぼれそうになった。
――そのとき、遠くで声がした。
「……さん……犬神さん!」
ヒカリの声が、遠くの方から響いてきた瞬間——
私は一気に現実に引き戻された。
気づけば、さっきの祠の前。
犬神神社の境内には、穏やかな空気が流れてて……試練のドキドキがウソみたい。
「ハッ……!」
私は息を切らしながら、地面に座り込んでた。
——まるで夢を走り抜けてきたみたい。
……でも、胸の奥にはしっかり残ってる、この感覚。
うん、たぶん――これが、第一の試練の終わりなんだ。
「犬神さん、大丈夫?」
ヒカリが私のそばに駆け寄ってくれる。
私はふーっと息を整えて、自分の体に変なとこがないか確認。
「……うん、大丈夫。でも、なんか……変な感じがする……」
右手に違和感。
そっと見てみると、細くてキラッと光る白銀の指輪が、私の右手の薬指に
ぴたりと収まっていた。
「……これって……」
夢幻封界でつけてた犬神の首輪が、指輪に変わってる!?
『フフ……ようやく手にしたな、犬神千陽よ。』
ビクッ!? シロの声がいきなり頭の中に響いた!
「シロ!? どこにいるの!?」
きょろきょろ辺りを見回しても、シロの姿はナシ。
『私はここにいる。だが、お前にしかこの声は届かぬ。』
「えぇっ!? どういうこと!?」
『その指輪はまだ完全な力を宿しておらず、人の姿をしている者には見ることができない。
指輪の真の力を目覚めさせるには、さらに封印を強化せねばならぬ。
そうすれば、人間界でも我との繋がりは深まっていくであろう……』
「む、難しいこと言うなぁ……」
混乱する私の横で、ヒカリがじっと私を見て、小さく頷いた。
「犬神さん、その指輪……」
「え?」
私はヒカリの視線の先を見る。彼女は確かに私の右手の指輪を見つめていた。
「ヒカリ、見えるの? この指輪……」
「ええ、見えるわ。だって、それは“犬神の力を宿すもの”だから。」
ヒカリの言葉に、私はさらに混乱した。他の人には見えないのに、ヒカリだけには見えている。——それはどういうことなのか。
『お前たち二人は、“運命で繋がれた者同士”だからな。』
またまたシロの声がしれっと入ってきた。
「う、運命って……なんかすごいセリフきた……」
指輪をそっと撫でてみると、冷たいけどどこかホッとする感じ。
胸の奥がじんわりあったかくなる。
ふと私は、最近気になってたことを思い出した。
「……ねえ、そういえばさ。犬神神社で見かけた白い影って……」
ヒカリが即答。
「それって、シロじゃない?」
「えぇぇぇ!? やっぱりぃぃぃ!!??」
ショックすぎて、目が点! 私、思わず境内を見渡してた。
『フ……察しが良くなったな、犬神千陽よ。――そう、あれは我だ。』
じゃじゃーん! って感じでシロが登場!
なんだか得意げに私のことを見てる。
「えっ、えっ、マジで!? じゃあ、私がゲンキとお散歩してたときとか!? あの視線も!?」
『すべては、貴様を“観察”し、試すため……』
「ストーカーじゃんかーーーー!!!!」
私の怒鳴り声が境内に響き渡った!
ヒカリは「まぁ……確かに」と苦笑しつつコクン。
「シロ、それはもう完全にストーカーよね。」
『違う。我はただ、お前を“見守って”いただけだ。』
「いやいやいや、言い方変えてもダメー!! それアウト!!」
私は腕を組んで、じとーっとシロをにらみつけた。
『フ……犬神たるもの、選ばれし者を見守るのは当然の義務。我が貴様を影から支えしこと、誇りに思うがよい。』
「うわ〜〜〜開き直った!? もうこうなったら……」
私はシロのもふもふにダイブ!!
そのまま首元ワシャワシャ!!
『ぬぅっ!? くっ……これは、なんという攻撃……!!』
耳がぴくぴく、体がビクビク!
「これはモフモフの刑だよ!! ずーっとつけ回してた罪、今ここで償ってもらいます!!」
『や、やめろぉ! 我の神狼たる威厳が……!!』
「ふふふ~♪ シロってこんなにフワフワだったんだね~」
私はシロの頭から背中、お腹までモッフモフ三昧!
『ぬぅぅっ……こ、この屈辱……覚えていろよ犬神千陽……!!』
横でヒカリがくすくす笑ってる。
「犬神さんって、シロに対して容赦ないわね。」
「だって~、完全にストーカーしてたじゃん!? 当然の報いっ!」
私はちょっとだけ顔を伏せて、ぽつり。
「……怖かったんだからね。」
ヒカリがその一言に、ふっと優しい顔になる。
シロもしばらく沈黙したあと、そっとしっぽを揺らして、ぽつんとつぶやいた。
『貴様を守ることも、我の務めだ。だからこそ……目を離すわけにはいかぬ。』
その言葉に、私は一瞬びっくりしたけど、なんだかちょっぴり嬉しくて、フフッと笑った。
「だったら、ちゃんと最初から言ってよね?」
私は再びシロのもふもふを撫でながら、ちょっとだけ安心したように微笑んだ。
『ともかく、試練はまだ続く。あと三つの封印を解かねばならぬ。』
「はぁ〜……やっと終わったと思ったのにぃ〜」
でも、次があるなら……やるしかない!
私はそっとゲンキに目を向けた。
「ゲンキ……今日は、いろいろごめんね」
私はゲンキの頭をそっと撫でた。
ゲンキは私をじっと見上げて、「ワン!」と元気に鳴いてくれた。
「……ありがとう。」
私はギュッとゲンキを抱きしめた。
そのぬくもりが、心の奥のドキドキをスーッと落ち着かせてくれた。
『さて、これで第一の封印は解かれた。次の封印へ向かう準備を整えるのだ。』
シロの声がまた響いてくる。
私はそっと右手の指輪を見つめて、深呼吸。
「……次の試練も、やるしかないね!」
ヒカリが隣でにっこり。
「ええ、一緒に乗り越えていきましょう。」
私たちは顔を見合わせて、拳を軽くコツンと合わせた。
新しい力を手にして、第一の封印を強化した。
でも……これはまだ、始まりの一歩にすぎない。
まさか私が、こんな世界に関わるなんて――
ほんの少し前まで、普通の女の子だったのに。
けれど、もう戻れない。
この胸に宿った“なにか”が、そう教えてくれる。
——次なる試練が、静かに、その時を待っている。
私の知らない“運命”が、また少し、顔をのぞかせた気がした。
第五話へ続く…