『交わる記憶、覚醒の契り』4
空は少しずつオレンジから紫へと色を変えていく。
夕陽に照らされた道を歩きながら、私はヒカリとゲンキと一緒に、日向公園の展望台へと向かうことにした。
昼休みに話していた場所へ、こうして実際に行くことになるなんて――なんだか、不思議な縁を感じちゃうなぁ。
「シロも一緒にどう?」
「もちろん。」
私は嬉しくなって、ヒカリと並んで歩き出した。シロとゲンキも、私たちの横をとことこついてくる。
日向公園に向かう道は静かで、夕方の風が気持ちよくて、なんだか胸の奥までスーッとする感じ。
「こうやって二人で散歩するの、なんか新鮮かもね〜」
何気なく口にすると、ヒカリは「そうだね」と小さく笑った。
たわいもない話をしながら歩いてるうちに、日向公園の展望台へ到着!
そこからは、日向町の町並みが一望できた。
夕陽が建物の屋根をやさしく染めて、遠くの山々が幻想的な影を落としてる。
空は橙色から紫色へと移り変わって、静かに夜がやってくる気配。
「綺麗……。」
ヒカリがぽつりと呟いた。
私も頷きながら、心地よい風を感じて目を細めた。
柔らかな夕陽が地平線に沈み始めて、街全体がオレンジ色の光に包まれていく。
鳥のさえずりが遠くから聞こえて、風がそっと木々を揺らして――全部がやさしくて、静かで、好き。
「……やっぱり、ここからの眺めは最高だねっ」
思わず呟くと、ヒカリはこくんと頷いた。
「うん。夕方の静けさって、落ち着くよね。」
私はヒカリの横顔をちらっと見る。
なんだか不思議な子だよね、ヒカリって。最初に会ったときから、どこか懐かしい感じがしてた。
気づいたら、いつの間にか普通に「ヒカリ」って呼んでたし。
だから、ふと思い立って言ってみた。
「ねえ、ヒカリ。」
「……?」
「ヒカリも、私のこと好きに呼んでいいよ? “チハル”でも、“ちはるちゃん”でも……うーん、“ちはるん”とか? 冗談だけどっ♪」
って、おどけて言ってみたけど――
内心、ちょっとだけ……呼ばれるの、楽しみにしてたりして。
……ヒカリの反応は、ちょっと予想外だった。
「……いや、私は犬神さんのままでいい。」
「えぇー? なんかよそよそしくない?」
私はちょっとむくれて、ぷぅっと頬を膨らませた。
でも、ヒカリは静かに夕陽を見たまま、そっと微笑んだ。
「……別に。その方が、しっくりくるだけ。」
オレンジ色の光が、ヒカリの横顔をやさしく照らしてる。
その笑顔は、どこか寂しげにも見えて、胸がきゅんとした。
「むぅー…」
少し不満だけど、それ以上は言わなかった。
しっくりくるって、どういうことなんだろう。
もしかして、わたしのことをあんまり仲良く思ってないのかな……?
でも、ヒカリの横顔からは、冷たさなんて全然感じなくて――
何かを隠してるような、そんな気がした。
私はちょっと考えて、ふっとため息。
「……まぁ、別に犬神さんでもいっかぁ。」
肩をすくめて言ってみたら、ヒカリがちょっと驚いたような顔をした。
そしたら、私もなんだか言いたくなって――
「じゃあ、その代わり――」
にっこり笑って、そっと手を差し出した。
「よろしくの握手しよ?」
ヒカリはびっくりしたように私を見たけど、すぐに小さく微笑んで、ゆっくりと手を伸ばしてくれた。
「……じゃあ。」
握手した瞬間――ビリッと、頭の奥に衝撃が走った!
(――っ!? な、なにこれ……!?)
一瞬だけど、ものすごく不思議な感覚が身体中を走って、手を離しそうになるくらいびっくりした。
懐かしいような、でもよくわかんない感覚が胸に広がって、ちょっと戸惑う。
ヒカリも何かを感じたのか、一瞬だけ目を細めてた。
でも、何も言わずにそのまま手を離した。
握手の余韻が残る中、風がふわっと吹き抜けて、夕陽がゆっくり沈んでいく――
私はヒカリの横顔をちらっと見ながら、黙って景色を見つめてた。
空はだんだん深い群青色に変わっていって、町の明かりがぽつぽつと灯っていく。
ふと視線を落とすと、シロがじぃーっとこっちを見てる。
薄暗い中で、シロの白い毛がふわっと光を反射して、まるで月の下にいるみたいだった。
「……シロ?」
そう呼びかけた瞬間、シロの瞳がキラッと鋭く光った……ような気がした。
「……ねぇ、シロって賢いよね?」
その静かな雰囲気に、ついポツリと呟く。
シロはちらっと私を見たけど、何も言わずにじっとしてる。
「よし、せっかくだし、試してみよっか!」
私はシロの前にしゃがみこんで、笑顔で手を出した。
「シロ、お手!」
……でも、シロはピクリとも動かない。
「おすわり!」
「おかわり!」
「伏せ!」
「ゴロンっ!」
次々に出すコマンドに、シロは軽くまばたきしただけで、完全に無視モード!
「えぇ〜!? なんで!? ゲンキはいつもちゃんとやってくれるのに〜!」
私は思わず頭を抱える。
ゲンキは「ワン!」と元気に吠えて、横でしっかり「おすわり」キメてくれてる。さすが!
「えらいぞー、ゲンキ!」
ゲンキの頭をなでなでしてから、もう一度シロと向き合う。
「ほら、シロもやってみようよっ!」
でも、シロはじーっとこっちを見てるだけで、全然動く気配なし。
そんな様子を見たヒカリが、くすっと笑いながら肩をすくめた。
「……シロに芸を覚えさせるのは、たぶん難しいと思うよ。」
「うぅ〜、どうして〜?」
私はぷぅっと頬をふくらませて、シロをじぃーっと見つめる。
「こうやって手を出したら、普通は乗せてくれるじゃん〜…?」
もう一度「お手!」って言ってみたけど、シロはふいっと目をそらして、なんと遠くの景色を見始めた!
「……完全にスルーされてる!?」
「うん、たぶんシロは、人に指示されるのが好きじゃないんだと思う。」
ヒカリがシロの頭をやさしく撫でながら言った。
「そ、そんな〜…。ワンちゃんって、お手とか伏せとかするものでしょ〜!?」
私は必死に説得してみるけど、シロはやっぱり無反応。
「まぁ、そういう性格なんじゃない?」
ヒカリはあっさり言って、また景色に視線を戻した。
「うぅ〜、なんか悔しいなぁ……。」
私はしばらく考えたあと、ぐっと拳を握って宣言!
「……よーし、いつか絶対、お手してもらうからねっ!」
するとシロが――なんと、小さくため息をついたように見えた!?
『……果たして、その日は来るのか。』
……え? いま、誰かしゃべった!?
「えっ!? 今なんか言った!?」
びっくりしてシロを凝視するけど、彼は静かに目をそらしただけ。
「……気のせいじゃない?」
ヒカリがしれっとした顔で言った。
「いやいやいやいや! 絶対今、なんかしゃべったよね!? しかも、ちょっと呆れてた感じで!」
「気のせい、気のせい。」
ヒカリはクスッと笑って、またシロの頭を撫でた。
私はモヤモヤしながらも、もう一度シロをじーっと見つめる。
「うぅ〜、なんか納得いかない〜!」
ゲンキはそんな私を見て、嬉しそうに尻尾をパタパタしてる。
――その時だった。
『フッ……本当に、にぎやかだな。』
「……!!???」
空気がピキーンと凍る。
今の、ぜっっっっったいに聞こえた!!! しかも、はっきりと!!!
「ちょっ、ヒカリ!? 今の聞こえたよね!? ねぇ、聞こえたでしょ!?」
私はヒカリの腕をガシッと掴んで叫んだ!
「え? 何のこと?」
ヒカリはニヤリと笑いながら、しれっとしてる。
「うそでしょ!? 絶対聞こえたって!! ……だって、だって……」
「シロが…、しゃべったぁぁぁぁぁぁ!!!」
「……犬神さん、落ち着いて。」
「落ち着けるわけないよぉー!! 犬がしゃべったんだよ!? なにこれ、夢!? 夢なの!?」
私は自分のほっぺを全力でつねる。
「いたっ! ……夢じゃないっ!!」
『ふむ……ようやく気づいたか。』
シロが、ため息まじりに言った。
「いやいやいやいやいや! 待って!? 本当に喋ってるんだけど!??」
もう私の頭はフルパニックモード!
でもシロは落ち着き払って、ゆっくりと口を開いた。
『これから、お前には知るべきことが山ほどある。』
「し、知るべきこと……?」
『そうだ。そして、お前がそれを知る準備ができているかどうか……』
シロの瞳が、夜の闇の中で青白く光ってる。
まっすぐに私の心を見透かすみたいに、じぃーっと見てきた。
『今こそ、試される時なのかもしれんな。』
「えっ……?」
私は言葉を失った。
胸の奥が、ざわざわと騒ぎ出す――
何かが変わろうとしてる。
私の運命が、大きく動き始める――そんな予感がした。
第四話へ続く…