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正直に生きたほうがいい

 数分して神宮寺は戻ってきた。


「すいません。待たせましたよね?」

「いいよ。これも買えたしな」


 と、俺は神宮寺にこの水族館のロゴマークが入っている袋を渡した。


「何ですかこれ?」

「いいから中見てみろよ」


 神宮寺が袋に手を突っ込んで中のものを取り出す。出てきたのはジンベイザメのぬいぐるみ。さっき俺がお土産コーナーで買ったものだ。


「勘違いすんなよ。昨日の借りを返しただけだ」


 昨日はなんやかんやでこいつの世話になった。その借りを返しただけだ。それにまだ芝山が監視してんならこういうカップル的なことをしといて損はない。

 神宮寺を喜ばせたかったわけじゃない。あくまで自分のためだ。


 それを分かってほしかったが、彼女はボーっとぬいぐるみを見つめていて俺の声なんて届いてないようだった。


「おい! 聞いてんのか!」

「はい。ほんとにありがとうございます」


 神宮寺は幸せそうにくしゃりと笑う。

 ……キモチワルイ。そんな顔すんなよ。

 水族館を出ると神宮寺は俺の手を握ってきた。


「無理すんなって言っただろ? それにもう十分カップルだってアピールできてるって」

「……好きな人と、デートするときのための……練習ですよ。練習! ちょっと付き合ってください」


 神宮寺は顔を反対に向けているが、耳が真っ赤になっていた。照れるにもほどがあんだろ。


「ねえ、センパイ。一つお願いがあるんですけど」

「やだよ」

「まだ聞いてもないのに!」

「お前の願いことなんて聞きたくない」

「もう二回聞いてるくせに」

「特別に聞いてやっただけだ」


 一回は神宮寺との関係を断つため、二回目は俺の優しい心が痛んだから。三回目はない。


「てか、お前水族館デートに付き合う代わりに俺の願いを聞くって言ったよな? まずはそっちだろ」

「へー。覚えてたんですね。じゃあ、センパイの願い聞くんで私の願いを聞いてください」


 なんでそうなるんだよ。


「じゃあもう俺に願いごとしてくんな。それが俺の願い」

「ズル! ズルいですよ! ああ、もういいです! 願いごとなんてしません!」


 神宮寺は俺から手を離す。なんか怒ってるみたいだ。

 そのとき電話でもかかってきたのか神宮寺のスマホが鳴った。彼女はスマホを見て、誰が自分に電話してきたかわかったのか血相を変えた。

 俺に断りを入れて、電話に出て少し話すと今にも泣き出してしまいそうな表情でこう言った。


「——パパの容態が急変したみたいです……」


◇◇◇◆◇◇◇


 神宮寺の父親の担当の医師は重苦しく頭を下げた。病室の前にはスーツ姿のいかつい連中がいて、顔を背けたり、涙を浮かべるものもいる。

 神宮寺の父親がどれだけ慕われていたかがわかる。

 病室の中には俺と神宮寺、それから昨日会った時とは別人のように衰弱した彼女の親父。心拍を計る機械が彼がまだ生きていると伝えるように一定のリズムで音を鳴らす。

 神宮寺は父親の手を握り、泣き崩れている。


「ごめんパパ…私なんにもできなかった。たくさんお世話になったのに」

「親が…子の世話をするのは…当たり前のことだよ。謝るのはパパのほうだ。ただでさえママがいないのにお前にかまってやれなかった……」

「謝らないでよ! パパがパパだったから私は……幸せだったんだよ!」

「……よかった」


 今にも消えそうな声で言うと神宮寺の父親は俺を見た。


「君も来てくれたのか……ありがとう」

「……」


『なにより正直な子で良かった』


 そういや最初会ったとき、そんなこと言ってたっけ? なんで今そんなこと思い出した?


 ……。


「今日は伝えたことがありまして。実は噓なんです。娘さんと付き合ってるっての」

「ちょっと、センパイ——」


 神宮寺の声を無視して俺は続ける。


「俺はカレシじゃありません。でも娘さんは大丈夫です。友達いっぱいいますし、モテモテですよ? 親衛隊まであるぐらいなんで。なにより神宮寺は優しいやつです。人を傷つけるやつじゃありません。だから、大丈夫です。まあ…ムカつくとこもありますけど」


 何言ってんだろ俺。噓つき通せばいいってのに。


「ハハッ…やっぱり正直ものじゃないか」


 神宮寺の父親は穏やかに笑った。


「君はよく愛名を見てる。別に恋人じゃなくていい。愛名の傍にいてやってくれ。君がいてくれれば安心だ」


 俺にそう言って再び神宮寺の方を見た。


「愛名……愛しているよ……」


 神宮寺の父親は静かに目を閉じそれ以降、言葉を発することはなかった。

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