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トラウマ

「末期の癌で…明日死んでもおかしくない状態なんです。それで、最後にパパをよろこばせたくって……」

「ふーん。だからあんな嘘ついたのか」


 あれから俺たちは神宮寺の父親の病室を抜けて、同じく病院の中庭のベンチに座っていた。

 今は神宮寺があの意味不明でクソみたいな嘘をついた理由を聞いている。


「でもなんで俺なんだよ。普通にカレシ紹介したら良かったじゃねぇか?」

「……いませんよ」

「え? マジ? クソビッチのお前が?」

「はっ倒しますよ?」


 意外だった。知っての通り神宮寺は人気者だし、男絡みの噂は後を絶たない。こいつに一ミリも興味のない俺でも何度か耳にするぐらいだ。


「そもそも…誰とも付き合ったことないですし、そういうことも一回もないですよ……」


 神宮寺は下を向いてバツが悪そうに言った。彼女の頬はほんのり赤くなっている。

 これも意外だった。色んな男とノリで何発もやってると思ってたんだけどな。人は見かけによらない。


「センパイをカレシ役にしたのはたまたま病院に居たのと、センパイなら迷惑かけても心が痛まないからです」


 こいつマジ背負い投げしてやろうかな。


「てか、病室の前にいたスーツの人らは何もんだよ? 怖かったんだけど」

「……」


 神宮寺は黙りこくった。


 やべ。聞いちゃまずかったか?


「……誰にも言わないって約束します?」


 沈黙のあと、吹っ切れたようにため息を漏らして彼女はそう聞いてきた。


「おう」

「私の家は神宮寺組。まあ…ヤクザです。それでパパは神宮寺組の組長なんです」

「え、マジ?」


 病室の前にいた人たち反社だったの? で、こいつの親父はその親分? 俺そんな人と喋ってたの!


「絶対…誰にも言わないでくださいよ? 小中と、ヤクザの娘って周りにバレてみんな私から離れていったんですから」

「う、うん。マジ誰にも言わない。てか今まで生意気言ってごめんなさい」

「やめてください! なんか調子狂います!」

「でも神宮寺さん、病室で外の二人を使って俺をボコボコにするみたいなこと言ってたじゃないですか?」

「あれは、センパイになんとか恋人を演じてもらおうと思って冗談で言っただけですよ! 謝ります! 謝りますからさん付けも敬語もやめてください!」


 どうやら神宮寺はヤクザの娘という理由で一歩引かれるのがよほど嫌らしい。


 しかたない。おっかないけどいつも通りにするか。


 そう思った矢先俺たちの前にオールバックの男が現れた。

 歳は二十歳前後ってところ。黒いスーツに首にはハートのタトゥー。言われなくてもわかる。間違いなく神宮寺の関係者だ。


芝山(しばやま)……」


 答え合わせをするように神宮寺が男を見て呟く。


「お嬢様! その男と付き合ってるというのは本当なんですか! この俺がいるのに!」


 芝山は俺を指差して叫ぶなり、突然泣き出した。


 なんなんだこの人は……


「本当。カレとの時間の邪魔をしないでよ」


 と、神宮寺は俺の肩に引っ付いてきた。


「離れろ。気持ち悪い」


 不意にこんなことされたらドキドキしそうなものだが、こいつにやられるとイライラが勝つ。


「私だってこんなこと好きな人にしかしたくないですよ。あいつは芝山。神宮寺組の若頭で、私のストーカーみたいなやつです。あいつが私たちの関係に気づいたら絶対パパにバラします。ここはカップルっぽくお願いします」


 こいつとカップルって、改めて考えたら吐きそうだ。でもやるしかないか。ここで頑張れば神宮寺との関係も切れるわけだし。


「見てくださいこのタトゥー! お嬢様への愛の印です! なのに…なのに…!」


 えぇ…そのためにタトゥー入れたの。


「何度も言うけど芝山とは付き合えない。恋人っていうより、なんていうか…家族みたいな感じなんだ」

「俺が…家族…」

「うん。大事な家族。だから芝山にも私たちのこと応援してほしいな」

「嫌です!」


 ああ、嫌なんだ。説得できそうな雰囲気だったけど。


「俺は誰よりもお嬢様を幸せにできます! それにその男は絶対にやめておいたほうがいい!」


 芝山は俺をビシッと指差す。


 さっきから何回も人に指差してきやがって。俺だってこいつと付き合うのは嫌だわ。お前にやりてぇわ。


「幸島幸斗。俺はこの短時間で貴様の経歴を調べに調べた。そしたら四年前の事とある件の記事が出てきた」


 その瞬間心臓がドクリと高鳴った。俺は思わず胸を抑える。すると今度は周りの酸素がなくなったみたいに息ができなくなる。


「センパイ? 大丈夫ですか?」

「ハハッ! その動揺っぷり! やはり噂は本当だったんだな!」


 二人のそんなやり取りも水の中にいるみたいに遠くに聞こえる。

 代わりに頭には聞き馴染みのある声たちが響く。


『お前が殺した』

『なんであんなことしたの?』

『お前なんて産まなきゃ良かった』

『君と出会ったから私は不幸になったんだよ?』


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい__」


 俺は頭を抱えて震える声で何度も何度も謝った。


「芝山やめて! センパイ落ち着いてください!」

「いえ。それはできません。お嬢様はこいつの罪を知らなくてはならない」


 やっぱりそうだ。俺が、俺が、全部悪い…生きてちゃいけないんだ。

 死ななきゃ……


「そいつは我々極道より極道! なんせりょう__」


 ベチン!

 俺がベンチの角に頭を打ちつけようとしたとき、その音が聞こえた。

 音の方を見ると神宮寺が手を振り切っていて、芝山が赤くなった頬を抑えている。

 状況から見て神宮寺が芝山の頬を引っぱたいたのだろう。


「やめてって言ってるのが聞こえないの? 人の思い出したくないような過去を掘り起こしてあなたって最低! 謝ってよ! センパイに謝って!」


 神宮寺が何か叫んでいるが、意識が遠のいていく。


 ……そうだ。俺は四年前、大切な人たちを……

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