病院通うのってめんどくさいからだいたい三週目でバックレる
神宮寺との一悶着を終えた俺は病院に向かった。近所で一番の大きな病院。昔色々あって俺はここの精神科に通っている。
予約しているから待合室をスルーして診察室に入るとその人はいた。
霞んだ白髪に、妙な色気が滲み出る赤い瞳、白衣を纏っていることからこの人が医者なのがわかる。
この人は白石先生。俺の担当の先生だ。
「こんにちは。幸斗君。さて…今日は週に一度のカウンセリングだが…最近どうだい?」
先生の声は淡々としているが、その声音からは温もりを感じた。
「ぼちぼちですかね。嫌なやつが一人いますけど」
「ああ…神宮寺って子のことか」
先生は薄っすらと笑った。
「その子とは仲良くできそうにないのかい?」
「無理ですよ。あいつと仲良くするぐらいなら全裸でライオンの群れに飛び込んだほうがマシです」
「そんなにか。まあ…合わない人間と無理に関わる必要もないか」
それからも先生と世間話をして今日の診察は終わった。
処方された薬を受付でもらって俺は病院を出ようとする。
そのとき忌々しい人物が目に入った。神宮寺だ。なんであいつがここにいるんだ? どっか悪いのか?
顔を合わせたくなかったから見て見ぬふりをして立ち去ろうとしたが、奴が俺に気づいた。
神宮寺はとことこ、こちらに近寄ってくるといきなり俺の手を引っ張り歩み始めた。
「おい。なんだよ急に」
「私を助けると思って着いてきてください」
俺は神宮寺の手を振り払った。
「なんで俺がお前を助けなくちゃなんねぇんだよ。絶対やだね」
「……わかりました。なら今私を助けてくれたら金輪際センパイには関わりません。それでどうですか?」
なるほど。悪くない提案だ。こいつさえいなくなれば学校でのストレスはなくなる。
「いいぜ。乗った」
というわけで俺は神宮寺に着いて行くことにした。病院の廊下を進み、ある病室の前で立ち止まる。
その部屋の扉の両端にはスーツ姿の屈強な男たちが立っていた。
男たちは俺をギロリと睨みつける。心臓がドクリとはねた。
何この人たち? 怖いって。
神宮寺は俺になにさせる気なんだ。
「大丈夫。この人は例の……」
神宮寺が言うと男たちは突然頭を下げてきた。
「すいませんでした!」
その声の迫力に俺は肩を震わせた。
だから怖いって。ほんとに何者なんだよこの人たち。
ビビりつつも神宮寺に連れられて病室の中に入っていく。
中は個室だった。大きなベットの上にいたのは四、五十代の男だった。眼鏡をかけているからか知的な雰囲気を感じる。
男はこちらを見ると優しそうに微笑んたが、俺と目が合った瞬間一気に表情が険しくなった。
「愛名…その子が…」
男が神宮寺の名を呼ぶ。この二人はどういう関係なんだ?
そんな疑問を吹き飛ばすように神宮寺は衝撃の一言を言い放った。
「うん。私のカレシだよ」
はぁぁぁぁぁ!
「待て! 待て! どういうことだよ! 俺はお前と付き合った覚えなんてねぇぞ!」
「良いから今は私に合わせてください。じゃないと部屋の前にいた二人を動かしますよ? 私が指示すればセンパイボコボコです」
背筋がゾクリとした。
クソが。こいつと付き合うなんてゴキブリと結婚するぐらい嫌だけど、今は話を合わせるしかないみたいだ。
「ああ…どーも。幸島幸斗っていいます」
「初めまして。愛名の父の神宮寺信彦です」
なんとなく予想できてたけど、この人神宮寺の父親か…さっきから顔が険しいままだ。
「幸島君…単刀直入に聞くが愛名とはどこまで考えているのかな?」
「どこまで…って将来的なことですか?」
「それ以外なにがある?」
一言一言に圧を感じる。空気が薄くなったみたいに息苦しい。
なんなんだこの状態! 俺はなんて言えばいいんだ! 幸せにしますとか結婚しますとか言えばいいのか?
……わかんねぇ!
もういいや。普通に答えよう。
「まあ…なんていうか…まだ全然そういうのは考えてなくてですね。ほら…僕らまだ高校生ですし…二人の未来どころかお互いの未来も見えてないもんでぇ…」
神宮寺の父親の顔がさらに険しくなってくる。
やばいって。眉間にしわ寄りすぎてアンジェリーナジョリーのモノマネしてるキンタローみたいになってんだけど。
「で…でもまあ…今は二人で支え合っていけたらいいと思います! はい!」
良かったのかこれで?
助けがほしくて神宮寺の方を見たが、私には無理ですと言わんばかりに首を振った。
テメェが巻き込んだんだろうが!
俺が心の中で叫んでいると神宮寺の父親に肩を掴まれた。
「ひっ!」
「良かった!」
びくりと肩を震わせる俺に対して、神宮寺の父親は安心したように笑った。
「試すような真似をしてすまないね。娘が変な男に引っかかってないか心配で」
「は…はぁ……」
俺もほっとして腰が抜けそうだった。良かったぁ。乗り切ったぁ。
「君は君なりに愛名のことを考えている。なにより正直な子で良かった。軽い気持ちで結婚するなんて言っていればどうしていたことか」
一瞬だけまた表情が険しくなった。
危なかったぁ。セーフ。まあそもそも付き合ってるってのが嘘なんだけど。
「幸島君のような子なら安心だ。僕も安心して逝ける」
「え? いけるって?」
「幸島君…僕の命はもう長くないんだ」
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