自己肯定は最強のバフ
——相川視点——
「勉強教えてくれない?」
「……いいわよ」
それが彼と交わした初めの会話だった。兄の誕生日と同じ日だったから日付も覚えている。五月二十五日。たしか水曜日だったかしら。
彼との、幸島君との面識はほとんどなかった。接点があるとするなら同じクラスで席が隣だったことぐらい。
それでも彼がほぼ初対面の私に勉強を教えてくれ、と頼んできたのは進級が危うくなったからだった。
ちょっと勉強を教えると彼は目を輝かせて、私を称賛した。
自分で言うのもなんだか私の家は代々医者の家系というのもあって厳しい。
小学生のとき、テストが九十点を下回っただけで怒られた。仮に上回っても、百点を取ったとしても褒められたことはない。
中学、高校になってもそれは変わらなかった。
だからだろうか。
私を素直に褒めてくれる彼との時間は心地よかった。
学校での交友関係もなく、部活にも入っていなかった私にとってその時間は唯一の楽しみになっていった。
ある日、彼が同じクラスの女子生徒と話しているのを目撃した。大した会話はしてないのだと思う。でもそのとき、私の胸が嫌だと叫んだ。彼が他の女子と話しているのが許せなかった。
なぜそう思ったのかはわからない。
……いや、白状しよう。わかっていたけど、わからない振りをした。
怖かった。この気持ちを認めたら彼との時間が終わるような気がして。
それからその感情を抑えながら彼に勉強を教える日々が始まった。それで十分だった。彼の悩んでいる顔、わからない問題が解けて嬉しそうな顔、その全てを独り占めしているようで幸せだった。
でも新学期に入ってあの女が現れた。
神宮寺愛名。
傍から見てると幸島君と彼女の仲は悪い。顔を合わせれば喧嘩ばかりだし。
けれど一緒に勉強しているとき、彼は神宮寺愛名の名前を出すようになった。そのときの彼はどこか楽しそうだった。
私は焦った。なんとか彼の気をひこうと体育祭の実行委員にまで名乗り出た。
それなのに最近になって私たちだけの勉強会に彼が神宮寺愛名を連れてきた。そのときの彼女の様子をみて確信した。
神宮寺愛名は彼のことが好きだ。
私は更に焦った。それでつい大人げないことをしてしまった。反省している。また話す機会があったら謝るつもりだ。
それでも焦りは収まらず、私は彼を映画に誘った。
誘うときは無我夢中だったけれど、ふと我に返ると、一気に不安になった。今まで彼を遊びに誘ったことがなかったからだ。
冷静に考えたらあれはデート。そして私にデートの経験はない。学校では勉強という話のネタがあったが、プライベートだと会話が弾まないかもしれない。
というか、どんな服を着ていけばいいのだろう。
いやそもそも彼が映画に行ってくれる保証はない。
不安でいっぱいだったが彼から『行く』と返事が来た。
デートは最初から最後まで緊張してばかりだった。
でもとても楽しかった。あの時間が一生続けばどれだけ幸せなんだろうか。
もうわからない振りなんてしない。
怖くても前に進もう。
 




