2−41 王城での教育(6)
翌日の貴族議会で飛竜の討伐が報告された。
噂やデマの拡散を避ける為である。
飛竜の討伐自体が最早伝説でしか残っていない事から、
後日、王から表彰が行われると発表された。
一方、魔法学院の討伐演習は演習場に入り込んだその他の魔獣の
調査が終わるまで中断される事になった。
また、演習時の状況については後日調査結果を発表する為、
学院内で関係者への質問等を行う事は禁止された。
王城での婚約者候補の教育の場では、
アンジェラの声が完全に威圧レベルの低さになっていた。
「何があったか話して貰えるわね?」
威嚇音すら発しそうなアンジェラの様子に、
王太后も折れた。
「エレノーラさん、話してあげても良いでしょう。」
「はい、分かりました。」
まあ、表彰までする予定だから、
ある程度は話して良いのだろう。
私が魔法院で報告しているシナリオなら。
お茶が用意された。お茶会で話す内容じゃないんだけど。
「午後の休憩後に東側から飛来する魔獣を感じて、
殿下や皆様にはなるべく大きい木の木陰、幹にしがみついたりと
飛行生物から襲いにくい様に避難して頂き、
私は林の中に駆け出してなるべく集団から遠くで
迎え撃とうとしました。
ただ、相手が速いので、あまり離れられない内に攻撃する事に
なりました。
相手が速い事から投射系の魔法は当たらないと考えたので、
直接凍らせる様にしました。
ところが、やっぱり氷の付きが悪いんですね。
相手も急降下して風で氷を落としてしまうので、
何度か近づいては氷を付けて、
氷が付いたら相手も落とそうとして、
という事の繰り返しでした。」
アンジェラが聞いてくる。
「どのくらいの距離で飛竜を見つけたの?」
…聞いてくるよね。控えめに答えても普通じゃない回答なんだけど、
迎撃時間を考えると1マイル以上遠くで見つけないと
戦闘が成り立たないんだ。
「1マイル位だったと思います。」
王太后まで反応してるよ。淑女の鑑たる方が。
4人4様で顔に驚きやら怪訝さやらを表している。
エリカが聞いてくる。
「1マイルで魔獣が見つかるもの?」
「見てる訳じゃないんです。魔力を感じる、魔法感受性の能力です。」
「いや、だから、そんな距離でいくら大きな魔力だからって、
感じるって何?」
「スタンリー領の魔獣生息地と人の居住地の境目みたいな所で
散歩している内に、なんとなく分かる様になったとしか言えないですね。
当時はそんなに遠くは分からなかったのですが。」
グレースが聞いてくる。
「それは人に対しても分かる事?
魔力の大小とかも含めて。」
「人間だと、近くなら大小も分かりますよ。
シンシア様の魔力を検知したみたいにね。」
王太后は兎も角、3人は、あ、という顔をした。
この3人にとって、シンシアは警戒すべき人物じゃないから、
あの時の事はもう忘れているんだ。
「そういう事で、王都などでは近くに人がいる、位は分かりますが、
森の中で魔獣の群れがいる、等と言うのに比べると詳細は
分かりかねますね。」
アンジェラが話を戻す。
「それで、飛竜と分かったのは何時?」
「落として近くで見た時ですね。
木々に隠れて攻撃してましたので、
何が飛んでるのかは分からなかったんです。」
「見ないで魔法攻撃ができるのね…」
「強い魔獣でしたら。」
「飛竜の外見はどうだった?」
「全身凍りつかせるのに精一杯で、見たのは終わってからですが、
渡り鳥の様に首が長く、胴はすこし太くなり、
その両側に翼が生えていました。
だから、蜥蜴の仲間というよりは、
大型の鳥に近い体型でしたね。
顔は蜥蜴の仲間ですし、羽毛は生えていないので、
飛竜と思われた訳です。」
「飛竜と断定したのは魔法院?」
「魔法院総長が回収に当たりましたし、
そのメンバーは当然魔獣の専門家ですので、
その人達が断定したと思います。
私は飛んできた魔獣、としか報告していません。」
エリカが話を逸らす。そのつもりはないのだろうが。
「飛竜って、目は大きい?まつ毛はある?」
まつ毛…蜥蜴にまつ毛はないだろうに…
「目は大きめでしたね。まつ毛は見えませんでした。」
そりゃあ無いでしょう、とアンジェラとグレースが突っ込む。
グレースが話を戻す。
「他に特徴は?」
「う〜ん、女の子だから殿下の美貌に迷ってやって来たのかもしれません。」
全員が目を見張る。
「女の子、って、性別が分かるの?」
「全身凍らせましたので、凍らせる過程で内蔵の分かれ目が分かったのですが、
排泄器官以外に外部に開く穴がありましたので、
子宮だったと思います。」
王太后は扇子で口を隠していたが、
全員が口を開けて声を上げた。
「卵ってあったの!?」
「いえ、産卵期でしたら巣から遠くに出ないでしょう。」
全員が落胆した。飛竜の卵があれば歴史的大発見だからだ。
全員がお茶を口にした。落ち着く時間が欲しかったんだ。
アンジェラが話を戻す。
「皮とか爪等は利用価値がありそうなの?」
「皮の魔法防御が死後どのくらい保つか分かりませんが、
当面は充分な魔法防御となるでしょうね。
固いからどうやって解体するのか分かりませんが。
爪は大きかったから、何かには利用出来そうですね。」
「そういえば止めはどうやったの?
皮が固く魔法防御が強いなら、倒し様が無い気がするのだけど。」
「相手が墜落する前に全身凍らせましたが、
中身が無傷だったので、比較的柔らかそうな首に傷を付けて
そこから凍結していったんです。」
「傷を付けた位で凍結するものなの?」
「そこは気合で!」
ああ、この娘は脳筋だったわね、
と全員が納得した。
最期に王太后が一言告げた。
「アンジェラさん、エレノーラさんに余り甘えてはいけませんよ。
この娘はあなたの妹でも家来でもないのですからね。」
実際には寄せ子の娘だからキャサリンの様に家来扱いをする人もいるが、
王子の婚約者が貴族の娘にそういう扱いをする訳にはいかない。
もちろんエレノーラが王子の婚約者になる事もあり得るのだから、
そういう扱いはしてはいけないのだ。
アンジェラも理解して恥じた。
「ごめんなさい。エレノーラ。
親しい人だからと気安く扱ってしまった様ね。」
エレノーラとしては威嚇さえされなければ
綺麗なお姉さんと知り合いでいるのは嫌じゃない。
「いえ、お気になさらずに。
ただ、色気のない話なので話すのは気が引けるだけですので。」
そうは言っても謎の魔獣の話などはさすがに聞きたいのが人情だった。
どう言ってごまかすのか苦労しますね…