2−40 2年の魔獣討伐演習(5)
また早馬で王城に飛竜討伐が伝えられた。
生徒も教師も飛竜の死体を見ている。
箝口令は既に無駄である。
宰相から報告を受けたジョージ王は今度こそ本気で頭を抱えた。
王冠を外して頭皮マッサージまで始めた位だ。
(あの馬鹿娘は!
前回の我々の苦労を無駄にしおって!
ちょっとは自重しろ!
もう少し頭は良いかと思っていたぞ!
ちょっとは顔が良いからと褒めてやったのに
恩を仇で返すつもりか!)
その件は褒められたどころか嫌味とまで受け取っている。
そりゃあ王には気を使わないだろう。
と言うかアーサーの命がかかっているから
倒す以外なかったのだが。
(苦労ばかり増やしおって。
気苦労で髪が薄くなって女房に嫌われたら
どうしてくれるんだ!)
頭皮マッサージをしたがる訳である。
頭皮マッサージは効果があった。
少なくとも彼の精神面には。
頭髪に効果があったかは神のみぞ知る事である。
精神的に立ち直った彼は、
宰相と幾つか議論をした後、
騎士団の先行部隊を飛竜確保に派遣する命令が下された。
総長以下魔法院の回収部隊は演習場の終着地点の施設から
天幕を借りて兎も角も飛竜を隠す努力をした。
羽を広げた姿は30ftもあったので、
エレノーラは一度氷を溶かして羽を畳んだらどうかと提案したが、
総長は何度も凍結・解凍を繰り返したくない様だった。
結局そのまま天幕の布をかけて隠した。
何かを隠しているのは明らかなのだが。
演習の警戒に当たっていた騎士達は集められて
飛竜の死体の警備に当たった。
当日の演習に参加していた生徒の2つの班は宿のある町まで
移動する事になった。
馬車を待つ間に、アーサーから話しかけられた。
「お疲れ様。
今回も苦労をかけて済まなかったね。」
と言われても、この場合王家が動いて護衛を増やしていたとしても
結局魔法師を増やすしかない。
そうなると声がかかるのは当然私だ。
「気にしてませんのでお気になさらずに。
殿下もその他の方々もご無事で何よりです。」
「そう言われてもね。
結局迷惑をかけているのだから。
…そうだ、何かひとつお願いを聞くよ。
何かないかい?」
…そんな事を言われると、
言わなくても良いことを言いたくなる。
言わなければ良いのに…
「そうですね、殿下はいずれ王位に就く訳です。
よしなしごとは記憶の奥底に隠れていってしまいます。
それでも、もしよろしければ、
学院時代の同級生の顔を覚えておいて頂けないかと。
私達は王様と同級生で話した事もあるんだよ、
そう言える事が自慢の種ですので。」
「うん、分かった。
決して忘れないよ。」
馬車が来て、私は先に移動する事になった。
人生経験も、恋愛経験も足りないアーサーでも、
彼女の言いたい本当の言葉ぐらい分かった。
わたしのこと、わすれないで。
それは彼女が、二人の今の関係が永遠じゃないと思っている事を
表している。
でも、それは…
そこでギルバートがアーサーの右肩を後ろからバンバン叩く。
痛いんだよ、お前は手加減って言葉を知れよ。
更にマイクが左肩をぽんぽんと叩く。
お前、今にやにやした顔をしてるだろう?
その顔、今見たく無いんだよ。
丁度馬車が来たので、
二人の顔を見ずに言った。
「帰るぞ。」
町に着き、夕飯を取って暫くした夜、
宿を出て近くの丘に登った。
女騎士が付いてくるが、とりあえず喧騒を離れたかった。
丘の上のベンチに座り項垂れる。
とりあえず一難は去ったがこれはこれで厄介な事になっている。
100ftのアイスボックスで倒した、と貫き通すしかない。
100ftのアイスボックスなら魔法子コントロールを使わなくても
再現できる。
これ以上厄介な事になる様なら、対処を考えないといけないが…
と考えている時、人の近づく気配があった。
良く知った気配だ。
「エレノーラ…」
アーサーが声をかけてくれる。
顔を上げて微笑む。
彼の護衛が持つランプが周囲を仄かに照らしている。
「こんばんは。夜のお散歩ですか?」
そんな訳ないだろう。
護衛から私がふらついていると報告を受けてやって来たのだろう。
「ああ。夜の散歩なんて、王都では出来ないからね。
君は?」
そういう事にしてくれる様だ。
「星が見たくなりまして。」
「星?詳しいの?」
「騎士団で方角を見極める為に教えられまして。」
「具体的には?」
「南の空に三連星がありますよね?あれです。」
「ああ、あれなら僕にも分かるよ。」
「冬ならあの三連星と逆の空に柄杓座か南の王妃座を探して、
その形状から北の極星を見つけるんです。」
「柄杓座はともかく、南の王妃座は知らないなぁ。」
「娘の美しさを自慢して神々の怒りを買ったとかいう
地方の伝説があるらしいですよ。
その星たちの形状から、弓を引く様に見立てて
弓矢の飛ぶ方向に極星があるんです。」
「そうなんだ。」
黙っていたギルバートが声をかけてくる。
「三連星が見えない時はどうするんだ?」
「直接、柄杓座か南の王妃座を探すしかないですね。
夜の森で方角を見失っているときついですが。」
マイクも声をかけてくる。
「夏は三連星は出てこないよな。
あれは狩人の腰のベルトで、
狩人が苦手なサソリの星座が出ている夏は空からいなくなる。」
「よくご存知で。」
アーサーが締める。
「あまり冬の夜に出歩くと身体が冷えるよ。
もう帰ろう。」
「はい。」
丘を下りながらアーサーが話しかけてくる。
「もう温室で球根の花が咲き始めているんだ。
帰ったら一度見に行こうよ。」
「そうですね。お誘い頂けるなら。」
「ああ、予定を知らせるよ。」
そんな風に王都で女の子みたいな経験が出来るとは思わなかった。
まあ、私を気遣ってくれているんだろうけど。
別に作品世界が地球と同一な訳ではなく、
星座に纏わるエピソードはこれ位しか知らないだけです。
もうちょっとちゃんとした星空イベントにしたかったんだけど。