2−37 2年の魔獣討伐演習(2)
出発して1時間程が経ったところで一時休憩となった。
大体1時間毎に休憩が出来る様に丸太で作った椅子が
設置してあるのだ。
マイクが複雑な顔をして言った。
「これ、順調なのか?」
「順調じゃねえの?予定通りに休憩箇所に付いたし。」
ギルバートは進行時間が問題なければ順調という立場だった。
「エレノーラ、次の群れもこんな数なのか?」
「次の群れは良いのですが、その次の群れが少し近いですね。
次の群れにはあまり時間がかけられない様です。」
「その次は?」
「10頭位ですが、その後の3つ目の魔獣が1頭だけなんです。
これが大きい魔獣かもしれないです。」
「エレノーラで対処出来そう?」
「対処は出来ると思うのですが、
速度が早い様なので、
大猪の場合はちょっと忙しいかもしれません。」
「忙しいと言うのは?」
「打撃で倒せないなら、行動を拘束しながら攻撃しないといけないので、
土壁等で皆を防御してから相手をした方が良さそうです。」
「2つの群れに対応した後で協議した方が良いね。」
「そうしましょう。」
アーサーとしては流れを予想したかった様だ。
言われずともリーダーとして先を考えているのは良い事だろう。
休憩の終わる前にアーサーとエレノーラで護衛隊長と話し、
一つ目の群れはエレノーラが全滅させる事になった。
2つの群れを殲滅した後、
3つ目の魔獣は11時の方向から向かってきた。
人の作った道は通らず、姿を隠しながら接近して来たのだ。
仕方なく道に溝を掘り、反対側の林に生徒は避難し、
溝の生徒側に土壁を作り魔獣の突進を防ぐ事にした。
溝を上がってきた魔獣に土壁を壊す助走距離を無くす事で
生徒を守ろうとしたのだ。
壁の一部を空けて護衛騎士達が見守る中、
エレノーラは溝の反対側で魔獣を待った。
魔力の強さと移動する生物の高さが低い事から、
もう大猪であると当たりを付けていた。
高さが低いと言っても、その黒い影はどうやら3ftを越える高さがあった。
木々の間を突進してくる魔獣に、
斜め上から大きなアイスランスを叩きつけた。
上から叩きつけたのは、最終的に落下になるのでコントロールを
早めに手放せるからだ。
斜めにぶつかった氷を魔獣は弾き返せなかった。
それでも半ばを粉砕して顔を出した大猪の顔は出血していなかった。
既に投射を始めていた2本めのアイスランスは通常よりは大きい程度の
エレノーラとしては中程度のアイスランスだった。
これを足元から相手の鼻に上向きにぶつけた。
突進が止まっていた大猪は半ば浮き上がり、口を開けた。
アイスランスに続いて走り出していたエレノーラは接近して
その開いた口に小さなアイスランスを短縮詠唱で畳み込み、
口が閉まらない様にした。
こちらに接近しようとした大猪の前足部分の地面を削って、
顎を地面に着けて前進不可能とした後に口のアイスランスを拡大し、
喉から中を凍らせようとする。
それでも無理やり後ろ足で前進しようとする大猪の接する地面全体を
凍りつかせる。
そんな周囲に構わず暴れて前進しようとするから前面の氷を大きくしながら
口中の冷気を拡大していく。
氷で囲まれ、呼吸も出来ない筈の大猪はまだ前進しようとして
氷にヒビが入る。
何て奴!
全体の氷の温度を更に下げて大猪の口中の氷からの冷却も
加速させる。
この期に及んでも大猪は馬鹿力で氷を粉砕して前進しようとする。
大猪全体を覆う氷を厚くして密閉度を上げながら冷却を続ける。
漸く大猪の動きが弱くなってきた。
最期の足掻きがあるかと身構えたが、
あっさり動きを止めた。
油断せずに口から全身を凍らせる。
ランディーの言う通り、やはり完全に動けなくすべきだ。
全身が凍ってもさらに数分冷却を続けた。
こんなにしつこい生き物だと思ってなかったんだ。
心のなかでデビット・マナーズ侯爵子息に一言謝る。
イノシシ君なんて心の中で名付けてこめんね。
本物はあんなもんじゃなかったよ。
三歩下がって大きく息を吐く。
騎士達が溝を降り上りしてやって来る。
「やったか?」
「全身凍ってますから動きはしないと思いますよ。」
騎士達がすげえな、と口々に言うが、
やはり走る生き物は広い場所で幅広の溝を掘って倒したいと思う。
生徒達もやって来る。
ギルバートが近づいて言う。
「何か顔歪んでねぇ、こいつ?」
「顔で特大のアイスランスを粉砕しましたからね。
頭蓋骨は兎も角、顔面は随分痛かったんじゃないですか?」
マイクも聞いてくる。
「魔獣って外から凍るのか?」
「中級魔獣の皮は基本は魔法を防ぐ様なので、
こいつも口から喉を通って全身を凍らせてます。」
「息出来ねぇで死ぬのって苦しそうだな…」
アーサーがマイクを肘打ちする。
「馬鹿!」
マイクも気づいた。
「あ、ごめん。」
「もう魔獣を倒すのは慣れましたよ。」
と答えるしかない。
騎士としては人間を守る為には魔獣を倒さないといけない。
護衛騎士達が狼煙を上げる。
やって来た魔獣の回収部隊のリーダーはブライアン・ノット魔法院総長だ。
「よぉ、また大物を独り占めか。
お疲れ様だ。」
「…何故総長自らお出ましなので?」
「何が出るか分からんからな。準備してたんだ。」
「…お疲れ様です。
私の所為じゃないですよね?」
「多分な。」
ちゃんと否定してよ…
「大猪か、顔面を叩きすぎだぞ、
買い取り価格は下がっちまう。」
「顔を叩かないで倒せるものなんですか?」
「魔獣の猪は馬鹿力だから罠が使えないしな。
でも上手い奴は腹を破って倒すぞ?」
「そこまでして顔を残す必要があるので?」
「だから顔面が綺麗な死骸の方が高く売れるんだよ。
めったにないからな。」
「命がけで金稼ぎしたくないです。」
「まぁ、人それぞれだな。」
一攫千金の為に命をかけたくないよ…
「ところで、魔獣達は全て東側から来たか?」
「南下する道路の左側から来ましたから全て南南東から南東方向から来ましたね。」
「そうだろうな。西側は我々の回収部隊がいるからな。」
「…罠として監視に穴を開けたと?」
「実際は見つけられずに侵入を許しているから罠になってないんだけどな。」
エレノーラははぁ、と溜息をついた。
「午後も警戒した方が良いですね…」
「悪いな。」
書店で狩猟ムック本の様なものを見つけました。
見てみると、罠で捕まった鹿と猪の写真が出ていました。
思わず心のなかで
南無阿弥陀仏
と唱えてしまいました。