2−33 王都の水面下の動き
ラッセル公爵家は治療師としての水魔法師を探し始めた。
教会と距離を置く以上、
水魔法の治療師の人員数を強化する必要があった。
そして、教会の二人の治療師を出入り禁止にした。
シンシアの治療に当たって何も報告しなかった連中だ。
もちろん、婉曲にお断りしたのだ。
また、領地と王都での出入りの水魔法師の調査も行い、
シンシアの魔法判定が悪いと判明した当時に調査・治療に当たった水魔法師が
他の貴族家に雇われた後、行方不明になっている事も判明した。
こうして、ラッセル公爵家を出入りする人々は大分制限される様になった。
王家、フィッツレイ公爵家、スペンサー公爵家、ゴードン侯爵家も
件の教会治療師を出入り禁止にした。
事ここに至り、さすがに教会も自分達の立場が悪化した事を悟った。
原因は調査するまでもなかった。
「シンシア様は体調を崩されていたとの事でしたが、
今年の魔法学院の入学前試験を受けられるんですか?」
「ええ、加減が悪く、魔法の練習も出来なかったのですが、
エレノーラお姉様のご指導で魔法の調子が良くなりましたの。」
「エレノーラ様、というと、あのエレノーラ様?」
「ええ、学院1年にして魔導士試験に合格されたエレノーラ・スタンリー様です。」
と、シンシアが嬉しさのあまり吹聴していたのだ。
ラッセル公爵夫妻はエレノーラの意向を汲んで黙っていたが、
娘には口止めをしなかった。
また娘が不幸になるよりは、
標的が他所に行って欲しかったのだ。
王家も2公1候も揃って水魔法師を探し始め、
秋以降の水魔法師の契約条件の相場は随分跳ね上がった。
それは秋以降の教会へのお布施の減少を意味していた。
まだ冬であったが、
魔法師の契約期間は魔法学院卒業後の9月に始めるのが通例の為、
半年前には探し始めないといけないのだ。
因みに、スタンリー領の教会治療師はスタンリー領が出来る前から現地にいた
司祭の子孫やその親戚が代々努めており、
王都の大聖堂の影響がなかった。
150年前の疫病発生時に見捨てられた土地の一つであり、
その後に大聖堂から司祭を派遣しようにも行きたがる者がいない為、
世襲を認められていたのだ。
一方、謎の積荷が王都に運び込まれた事は当然噂になった。
王やハワード公爵の努力も虚しく、
川を渡る際の積み下ろしは隠し様が無かった。
夜に松明の明かりの下の積み下ろしでは作業を間違える危険があり、
払暁の作業となったが、2月の払暁を早朝とは言えず、
多数の目撃情報が各貴族にもたらされた。
表向きは夜間にハワード公爵領の軍用馬車が王城に入った事が
謎の積荷と噂になったが、こちらは魔鹿の死骸だった。
上級魔獣の死骸は王城より上流でテーマ川に浮かぶ運搬船に乗せられ、
こちらも夜間に王城付近の物資搬入場所から荷揚げされた。
荷揚げは近衛騎士団が行ったが、
近衛の中に上位貴族の手先がゼロではなく、結局情報が漏れた。
使用されていない離宮が解体現場となり、
サマセット侯爵関係者数名の立会の元、
魔法院の魔獣調査部により魔獣は解体された。
結局魔獣は王家と魔法院が質量ベースで6割、
サマセット侯爵側が4割を入手する事になった。
解剖図はサマセット侯爵も持ち帰った。
この魔獣は何よりサマセット侯爵領付近に生息していた為、
その親戚がまた川を下ってくる可能性があったから、
生態の研究が必要だったのだ。
もっとも魔法防御に優れた表皮がある為、
魔法以外での攻撃が必要となるだろう。
また、素材としてはそういう事で表皮を利用した魔法防具が作られた。
足の爪は固い上に怪しく黒く光っていたので、
武器にするか宝石として扱うかは迷うところだったらしい。
いずれにせよそれらの出どころは表に出せなかった。
ブライアン・ノット魔法院総長はそれらを
エレノーラとランディーに説明してくれた。
「魔鹿の死骸は頭部が金になった。
角も頭部も綺麗だったから、装飾品として価値があったんだ。」
「どなたが買われたので?」
「王家だ。」
うあ、王城の何処かで飾るつもりなら、
そこには行かない方が良いね。幽霊に取り憑かれそうだ。
「そういう訳で、魔鹿の討伐報酬は高くなったが、
そこに上級魔獣の買い取り価格も一部混ぜられている。
残りは裏金として渡される。
派手に使わない様にな。」
「魔鹿の報酬の方を家に入れて、
細々と使いますよ。裏金の方は。」
「そうそう減らない額だけどな。」
これからもこんな風に上前をはねられる事があるかもしれない。
口止め料だと言いたげなんだが。
あまりに搾取が過ぎる様なら逃げるしかない。
その為の力は今回の知識だ。
…結局逃げる事ばかり考える人生か。
上級魔獣討伐について聞き取りはされたが、
ラッセル公爵家のご令嬢については再度の聞き取りはなかった。
どちらにせよ王家の対応はラッセル公爵家の対応の後追いとする方針で
決まっていたからである。
また、魔法子制御魔法については実演を求められたが、
他者が再現する事は難しかった。
水魔法部が蔵書から類似の魔法現象を探す調査を、
また風魔法部が属性を使った探知魔法の調査をそれぞれ秘密裏に進めていた。
こういう事は実現可能性が高い物から進めていく事が多いからだ。
あらすじを変更した通り、
そろそろ王子が顔を出します。