2−32 王都への帰還
漸くサマセット領に勅命と侯爵命令が届いた。
輸送部隊が到着したところでランディーと私で魔獣の周囲だけ溶かし、
改造して荷台長を伸ばした馬車に乗せた後、再度氷で覆う。
後は侯爵領の魔法兵に任せてランディーと私は先にハワード公爵領に急ぐ。
セブン川を渡り、公爵領騎士団の司令官用装甲馬車に乗せられる。
後は公爵領から直轄領を通り王都へ派兵する際に使用する
軍用道路を走るとの事。
次々と変え馬を行い、休みも程々に先を急ぐ。
宿泊も公爵領騎士団の大小の駐屯地だ。
ハワード公爵の領都は一度はおいでと歌われる美しい都だというのに
全く関係ない道を進む。
装甲馬車の小窓から見る風景は荒れ地や林ばかりだ。
「その分道中は短くなる。
王都に早く帰れて良いと思えば良い。」
ランディーはそう言うが、そもそも現地で一週間浪費している。
まあ王家には大層なおみやげが続いて来るので
王太后も怒りはしないと思うが。
王都に着いたら王城に連れて行かれた。
ブライアン・ノット魔法院総長が待っていたのだ。
「まずは遠征お疲れ様だ。
予想以上の成果を挙げた事については王室からお褒めの言葉を頂いた。
だが、本件は秘匿される。
口外は厳禁と心がけてくれ。」
ランディーも私も頷く。予想通りだ。
「討伐報酬は本来は討伐者の権利だが、
事が事だけに王家と魔法院が合計4割、サマセット侯爵が3割、
お前が3割となる。
納得出来なければ打ち上げるが、どうか?」
エレノーラは数秒考えた後、答えた。
「それでお願いします。
報酬は現金で頂きたいのですが、誰が総額を決めるので?」
「買い取る方々が決めるだろうさ。」
ランディーは一言言いたい様だった。
「良いのか?命の代償の成果が3等分以下にされたが。」
「お偉い方が侯爵と交渉して下さったのでしょう?
無理に全部貰っても機密だから魔法院に買い叩かれるだけだし、
お偉いさんの顔を潰して手取りも減るかもしれないより、
今後お会いした時にお互い笑顔でいられる方が良いでしょう。
ちなみに侯爵と交渉されたのはどなたで?」
ブライアンが答える。
「陛下とハワード公爵閣下だ。」
…最初に言ってよ。首を縦に振るしかない案件じゃない。
「手取りは買い取り交渉が纏まった後に連絡する。
戦闘詳報は纏めてあるのか?」
ランディーが鞄から封筒を取り出す。
「ここに纏めてある。」
「分かった。読ませてもらって、宰相と打ち合わせた後に聞き取りを行う。」
ここで終わりかな、と思ったが、総長がまだ話したそうだった。
「で、次の話題だ。
ラッセル公爵のご令嬢についてだ。
何で黙ってた?」
げ、決まってるじゃないか。
遠征前にそんな話をして、
ランディーに突っ込まれても明らかに惚けたら遠征中に気まずいじゃないか。
という本音はさておき。
「王太后様に報告済みですので、そちらから連絡が行くかと思ったんです。」
「原因不明とはどういう事かと宰相に突っ込まれたが、
聞いてなかったから答えられなかったんだよ。
ちゃんと報告しろよ。」
「でも公爵家の機密を魔法院に話せませんよ。
あくまで個人的に請け負った事ですから。」
隣に座っているので見えなかったが、ランディーが眉間に皺を寄せていた。
「エレノーラ、話せない事は良い。
出来る範囲で最初から説明しろ。」
しようがないので一から話す。
「待て、教育資料は魔法院でチェックさせろと言ったろう?」
そこからかい。
「初級魔法の簡単なまとめなので、
あまり専門意見を含めない方が良いと思ったんです。」
「まあ良い。次に持って来い。」
だから初級魔法一覧なんて初心者向けなのに専門者向け100枚資料は
素人に渡せないよ。分かって欲しい。
そこは流して次に進む。
記憶に残っている程度に詳細に治療もどきの内容を伝える。
「患部は右肩か?左肩か?」
ボカしてきた事を突っ込まれたよ。答えたらバレるよね。
「両方です。」
総長が眉間に深い皺を寄せる。
「それで、原因は何だと思う?」
「分かりません。何が有効だったか分からない為、不明です。」
「両肩が一度に偶然何かのはずみで治る訳ないだろ!?」
「それでも分かりません。水魔法の検知では限界があります。」
「だからって!」
「ブライアン、それは良い。
エレノーラ、とりあえず治療内容一覧は残してあるなら持って来い。」
「はい、次に魔法院に行く際に持っていきます。」
漸く退席を許された。
汗だくだよ…
ブライアンの眉は痙攣していたが、残った二人でとりあえず必要な話をする。
「何を考えてる?」
「名指しで批判したらまずいものをぼかしているんだ、
年齢の割に賢い言動だと褒めてやるべきだろう?」
「それでも、我々には魔法現象なら究明する義務がある!
糾弾すべき相手を糾弾する必要もある!」
「お前が人前で教会批判をするなら、
俺だって他で話せと掣肘するぞ?」
ちらっとブライアンの隣にいる書記官に目をやる。
「分かった。それは良い。
ここからは機密だ、書記官は退席してくれ。」
書記官は書類と共に退席していく。
「上級魔獣討伐の要点は何だ?」
「一つは双方が相手に3マイル以上離れて気づいた事だな。」
「またあいつは人間離れした事を…」
「魔獣は多分ミストの変形魔法の様なものでエレノーラを調べていたらしい。
あいつは湿気に気づいていたと言うが、
魔獣の触手代わりと気づいたのは魔獣が移動を始めてからだ。
この魔法は少なくとも風魔法でも使えるかもしれない。
盗聴に使用される危険があるから、風魔法部で極秘に研究させるべきだ。」
「ミストなら水魔法部でやるべきじゃないのか?」
「もう一つの要点を水魔法部でやる。
魔獣は防御として魔法子を事前に把握していたと言う。
これをやられると魔法師の攻撃が無力化される。
最優先で研究すべきだ。」
「魔法子の把握?出来るのか?」
「少しやってみたが呪文がなければ効果が無いだろう。
呪文なしで使えるのは上級魔獣かエレノーラだけだ。」
「またあいつ専用かよ…」
「兎も角、これを他の勢力が使えるなら国防上の一大事だ。
とりあえず似た案件がないか書庫で探してみる。」
「分かった、やってくれ。
それでラッセル家のご令嬢の件だが、どう思う?」
「聖魔法師の治療師が知らんぷりしてたんならそういう事だろう。
今度こそやつらの親玉の責任だ。」
「何があったか明らかにしないと罪を問い様がないぞ?」
「あいつらの領域の話を他の魔法師が話したって濡れ衣だ、って言うだけだろ?」
「それでも、分かってる奴が話さないとどうしようもないぞ!
何であんなに頑ななんだ!?」
「女心なんて俺が分かるか!自分で考えろ!」
「俺に女心が分かると思ってんのか!?」
「…しょうがねぇな、娘が何考えてるか考えてみろ。」
ブライアンはもう結婚して娘がいるが、
最近は話をしてくれないし、それ以前だったら、
欲しいものを買ってあげないと、
”おとうさんのバカっ!”と言われた記憶くらいしかない。
結局、この二人に女心が分かる筈もなかった。
総長は交渉上手な筈ですが、
顔が広いので人脈を利用する、というやり方と思われます。
男同士なら話がある程度出来るけど、
世代が違う女の子と上手くやるのは苦手な様です。
というかランディーが話をしそうもない相手に粘るタイプではないので
勝手に終わらせた格好ですが。




