2−31 王都の攻防
サマセット侯爵領での魔獣討伐に参加していた王国騎士団の指揮官は
最優先の連絡命令を出して早馬を走らせた。
騎士団から連絡を受け取った宰相は急ぎジョージ王に伝えたが、
それを聞いた王は1分間頭を抱え続けた。
その後再起動した王は宰相と今後の対応を短く話し合った後、
チャールズ・ハワード公爵を呼んだ。
ハワード公爵は王弟が就く地位である。
王の弟とは言え臣下である事を明らかにし、
貴族議会に影響力を及ぼす為の地位である。
現れたチャールズに王は用意していた手紙を渡し、
連名でサインをさせる。
ハワード公爵家の領地は王都近くの王家直轄領の南部に位置し、
セブン川にも面している。
ここから上級魔獣の死骸を押さえる部隊を発した方が
直轄領から出すより早いので、
その為の命令書である。
「質問はあるか?」
兄である王の質問に、チャールズの応えは多分予想外だったろう。
「エレノーラ・スタンリーの扱いはどうなさるので?
これが明らかになれば、殿下の婚約者候補という立場では
守りきれないと思いますが?」
「ランディー・アストレイが同行している。
二人の功績と言えるだろう。」
「お戯れを。」
その答えに王が視線で続きを促す。
「あの男は知に走る。
人間、窮地で頼るのは得意な事と相場が決まっている。
だからあの男が中心なら、対策を奏上するのが関の山だ。
少し考えればエレノーラ嬢の単独討伐と分かるでしょう。」
「それでも二人で討伐した方が勝ち目は多いと思うが。」
「伝承ではそういう規格外の敵は殆ど単独討伐されたとされている。
弱い者が戦闘に参加すると逆に狙われ、
守る為に戦力が削がれて結局負けてしまうからでしょう。
聞き及ぶエレノーラ嬢は前線向きの性格だ。
あの男を巻き込まない様に戦うでしょうよ。」
溜息をついた王は、当面成すべき事を話し合う事にした。
王の溜息はこの弟に対する溜息だ。
結局知を誇る様に話してしまう弟は、爪を隠す事が出来ない男だ。
だから信用出来るとも言えるが。こうも喋っている間は。
もちろん、弟は弟で思う事がある。
いい年をした弟を試すのは止めて欲しいですね。
すんなり公爵として臣下になった、
一代限りの貴族に嫁ぐような二流の女とも仲良い夫婦をしている。
今更王に背く事などないと分かるでしょうに。
ナンバー2として一番警戒されている事を知っているこの男は
今までも、これからも、乞われれば腹を見せ続けなければならなかった。
一方で、王都のフレドリック・サマセット侯爵に一報が届いたのは
王とチャールズが会話をしている最中だった。
その連絡を目にしている最中に、
王からの突然の招集の使者がやって来た。
サマセット侯爵の領地司令官は良い仕事をしたと言って良い。
前線からの至急の連絡を受け、こちらもすぐ早馬を出したのだ。
心の準備を何もせずに王と交渉は出来ない。
エレノーラ嬢の能力はもう国家機密だ。
それを餌に上級魔獣を一欠片だけでも手に入れる様、
交渉をしないといけない。
殆どの貴族が一生手に出来ない物なのだ。それは。
斯くして、王とチャールズ・ハワード公爵対フレドリック・サマセット侯爵の
2対1の対決が始まった。
「突然呼び出してすまないな、侯爵。
サマセット侯爵の領地にて珍しい魔獣が魔法院の魔法師により討伐されて、
これの移送を速やかに行いたいのだが、
その為のハワード公爵領の部隊の通行を許可してもらいたいのだ。」
「その様なご用向きなら、我が領の部隊でも可能です。
お申し付け頂ければ移送の準備を致しますが如何でしょうか。」
王もチャールズも、サマセット侯爵にも情報が既に入っている事を察した。
「その口ぶりでは既に情報が入っている様だな。
ただ、物が物なだけに、警備を強化する必要がある事と、
秘匿して移送したい事、速やかに行いたい事がある。
他意は無い事は理解して貰えると思う。
その上で再度通行をお願いする。」
「我らが騎士でも護送は出来ましょう。
依頼を頂ければ川を渡すところまでお持ちしましょう。」
「機密であると分かっていて、人目に付けさせると言うのか?」
「もちろん、それなりの秘匿手段を取らせて頂きます。」
輸送費と機密保持の費用として代償を要求するのか、
元々はそちらにお願いされて出した人員だと言うのに恩知らずな要求だが、
逆に機密を持ち出して今後も依頼が出来ると思っているのだろう。
ここはチャールズの出番だった。
「サマセット候、あまり欲をかく様だとこちらもそれなりの
対応をせざるを得ないのだが、
もう少し穏やかな対応を出来ないものかね?」
「そちらこそ穏やかなご対応をお願いしたいですな。
こちらは王命があれば対応させて頂くと言っているのですから。」
一世一代の勝負所と思っているのだろうが、
少々こちらを舐め過ぎている様だ。王も押す所と考えた。
「それで、セブン川を封鎖する者がいたとして、
どう輸送するのかな?」
セブン川両岸は基本的に統一前の旧エセックス勢力が抑えている。
ただし侯爵領全軍で攻めれば侯爵領側を一時的に数カ所は制圧可能だ。
それでも長期的に川を封鎖されればそれを保持する事は無理で、
水軍は旧エセックス勢力しか所持していない。
最終的には反乱者として討伐される未来しかない。
さすがにフレドリック・サマセットも背中に汗をかいた。
自分が強引過ぎた事を理解した。
「誤解して頂いては困りますな。
私は陛下の忠臣として協力を申し出ているのです。
要請には応えましょう。」
サマセット候が一歩引いた以上、王も前向きに話しを進めるべきである。
「分かった。
それでは、貴領に少し入った所での受け渡しなら了解して貰えるかな?
ただし、受け渡し時に人目に付かない必要がある。」
どうやら分前を貰えそうだ。サマセット候もこの線で進むしか無い。
「受け渡し場所の検討が必要ですな。
地図をご用意頂けますでしょうか?」
その後、受け渡し場所の検討、移送日程概算でその日の夜が更けてしまった。
翌日、双方の計画案を突き詰めつつ分配を決めるのにまた時間がかかり、
双方の輸送命令が出たのは一報があってから2日後になってしまった。
妻を二流というお前こそ三流だ!
と言いたい方も多いと思いますが、
「王になれたかもしれない」男なんて
年中愚痴が心の中に渦巻いていると思うんです。
こんなもんじゃないかな?
後、プロフィールを追加しました。
検索さんが催促してる気がして。
書くことないので放置してたんです。