2−29 水の上級魔獣(2)
広い川原を選んだのは正解だった。
相手はエレノーラを倒す為に川本来の流れから陸に上がってしまった為、
川から一々水を寄せなければ波を起こせず、
波の大きさがエレノーラにとって過大になっていない。
それもこちらがある程度攻勢に出ているからだが。
「相手は意図して魔法を奪える訳では無い」
「1ftで魔法を奪う魔法を使っている」
「1ft魔法と同時に他の攻撃魔法は使えない」
ここまでに得た情報に勝機がある筈だが、
何せ1ftを突破出来ない以上勝ち目はない。
攻め続けるにも限度がある。
もう、アイスランスを掴んで叩くしかない。
これなら槍の先端に魔法付与する要領で
物体先端まで私の魔法干渉力が最大になる筈だ。
ところが、やはり1ftで魔法を奪われる。
アイスランスは魔獣を叩くことなく溶けていく。
何で!?
相手の魔力は圧倒的という事はない。
ゼロ距離なら勝負出来る筈なのに…
一瞬意気消沈した私の右側から波がぶつかろうとしていた。
コントロールを奪い弾く。
その水飛沫が魔獣にかかる。
あれ?
続いて左側から波が寄せる。
今度は魔獣側に全部弾く。
やはり魔獣に水がかかる。
1ft防御がなければこちらの魔法コントロールが魔獣に届くのだ。
即座に短縮詠唱のアイスランスを連続で叩きつける。
1ftで全て溶けるが…
見えた!
1ft防御魔法を使う時、魔獣から1ft以内に魔法子が流れ込むのが分かった。
その空間の魔法子全てが一瞬魔獣のコントロール下に入るのだ。
魔法を介在する魔法子自体を奪われては
こちらの魔法のコントロールが失われる為に魔法を奪われるのだ。
そして、魔法子を体表に集中させるという魔法を使っている為、
1ft防御と他の魔法は併用出来ないんだ。
それなら、こちらが先に魔法子を奪ってしまえば
その箇所だけは1ft防御魔法は使えなくなる筈!
魔法が上手く使えなくて泣くほど練習した私の魔法制御を舐めるなよ!
丁度近くにあった魔獣の左前足付近の魔法子を奪い、凍らせる。
アイスランスをそこに生成して固定したのだ。
既に物理現象の氷となった以上、
魔法で溶かさなければ動けなくなる。
魔獣が溶かそうとする隙に、魔獣の左目の近くの魔法子を奪い、
小さなアイスランスで突き刺す。
魔獣が大きく口を開け、重低音で悲鳴を上げる。
その隙に魔獣の右前足の付近の魔法子を奪い、
アイスランスをその場に生成して固定する。
魔法子が魔獣の左目に集まっているのが分かる。
水魔法で治癒しようとしているのだ。
その隙に魔獣の右目付近の魔法子を奪い、
アイスランスで突き刺す。
再び重低音の悲鳴が上がる。
そんなに口を開けるのはマナーが悪くてよ?
口中の魔法子を奪い、特大のアイスランスを生成して蓋をする。
魔獣は魔法子をどこに集中したら良いか判断出来なくなっていた。
魔獣の顔の前の魔法子を奪い、
口中のアイスランスの冷却に集中する。
凍れ、凍てつけ、と氷結系の魔法の単語をひたすら並べる。
最初は拮抗していた凍結と溶解が、
だんだん凍結が強くなっていく。
魔獣には鼻の穴があった。
つまり、呼吸する生き物なのだ。
口に蓋をされ、鼻からの気道だけでは暴れ、魔力を操るだけの
酸素が得られないのだ。
そして、相手は爬虫類、変温動物なのだ。
口中の冷却が頭部の体温をどんどん奪っており、
それが脳活動、そして魔法能力を低下させる。
こちらはもう余裕が出来た。
一瞬口中の氷のコントロールを手放し、
魔獣の鼻の穴にアイスボールを詰めてやる。
あとは口中の凍結に専念するだけだ。
最後に暴れようとするが、もう余裕だ。
首の周りも凍結させて動きを拘束する。
それでも外側から内部を凍らせる事は出来ない。
魔獣の皮の魔法防御力は凄まじい。
最後に身体を痙攣させた魔獣は、力を失い地面に身体を付けた。
念の為、喉から体内の循環器と肺、頭部を凍らせる。
私も大分力んでいた様だ。
足ががくがくする。
膝に両手を付いてなんとか立ち続ける。
もういいかな?
「エレノーラ!」
ランディーの声がする。
ああ、魔法戦の報告をしないと。
ランディーが私の右手を掴んで真っ直ぐ立たせる。
「凍れ、凍てつけ、って凍る単語ばかり唱えたのに、
何度も魔法を奪われそうになりましたよ。
上級魔獣って凄いですね…」
ランディーが私の左手も掴んで喚く。
「エレノーラ!!
しっかりしろ!」
え?
「お前、今自分の生死関係なく
相手を倒そうとしたろ!」
そんな事ないよ、何時だって死なない様にがんばってるよ?
「しっかりしろ!
お前、腕を吹き飛ばされるとか、
足を凍りつかせられるとか考えてなかったろ!」
そんな事ないよ、凍れ凍れって考えてただけで、
死んでもいいとは…
考えてないけど、
足とか腕とか考えては…いなかった?
あれ?
「俺はお前に、
死んでも魔獣を倒せなんて命令した事はないし、
これからもないぞ!
俺達はチームで、
チームってのは全員で突撃して
全員で撤退するもんだ!
勝手に突撃して勝手に死ぬな!」
気がついた。
自分は戦闘に飲まれてしまったんだ。
相手を倒す事のみ考え、
作戦目的とか、友軍との連携とかを考えてなかった。
戦場で一番やってはいけない事だ。
さあっと血の気が失せる。
疲労もあるが、何よりここは…
「ランディー様…」
「何だ!!!」
そこまで怖い顔しなくてもいいじゃない…
「寒い…」
はっとしたランディーの目の焦点がぼける。
水魔法で私の体温を見ているのだ。
助平、と言いたいところだが心配して見ているので文句は言えない。
いきなりランディーが私を抱きかかえ、
友軍の方に小走りで進み始める。
あのー、ランディー、あなた肉体派でないから、重くない?
こんなに重いのは装備のせいだからね?
言いたいけど言えない。
本気で心配してくれてるのだから。
あのー、私降りて走った方が早く身体温まると思うよ?
女騎士達が走ってくる。
「どうしました!?」
「脳は問題ないが、水で濡れて体力も減っている。
濡れた服を着替えさせて、
暖かいものを飲ませた後、
布団に入れてくれ!」
「分かりました、お任せを!」
女騎士が私を受け取り、こちらは走り出す。
ランディーはもう一人の女騎士に耳打ちする。
女騎士は頷いてこちらの女騎士を追ってくる。
黒狼の待ち伏せ用の陣地に戻り、
そこで天幕を張り私は寝かせつけられた。
まあ、ランディーウィークだからね…
今ひとつセリフが決まってない気もしますが、
この人のセリフを盛る訳にもいかないので、
この辺りで。