2−28 水の上級魔獣(1)
ランディーは迷っているが、
私の為に上級魔獣を都市部に移動させる訳にはいかない。
魔獣が移動に使っている川の川原が広がっている場所がある。
そこなら流量的に川原の外側まで大量の水を波として
撒き散らし攻撃をする事が難しいかもしれない。
「半マイルほど下流に広めの川原があります。
そこで迎撃します。
万一の際に水攻撃を受けない様に
侯爵の部隊には山に登ってもらいましょう。」
「そちらは移動させる。
だが、どう戦う?」
波に乗って移動する水の魔獣である。
多少の地形の変化は乗り越えてしまう。水量に余裕があれば。
「馬鹿の一つ覚えみたいでなんですが、
長距離からのアイスランスで攻めるしかないです。
それで波を押し分けないとどうしようもない。」
「無理なら風魔法で上空に逃げて、山へ向かえ。
川を使って移動している魔獣なら、
川からはそう離れないだろう。
だが、場合によりドライや氷結で相手の移動を阻害する事も
検討しておけ。」
「分かりました…」
何分、近年誰も倒した事がない魔獣だ。
そもそも名前すら付いていない魔獣かもしれない。
倒し方が分からないのだ。
ランディーから侯爵領の部隊を率いる指揮官に
水棲の魔獣とだけ告げて山側への移動を促す。
私の護衛の女騎士が避難を拒否する。
ランディーとの話を横で聞いていたからだ。
仕方がないので私から100ft離れてランディー、
そこから100ft離れて女騎士二人が待機する事になった。
もう半マイルになっていた。
さすがにランディーにも分かるほど桁違いの魔力を持った魔獣だった。
下手をすると一気に勝負が決まるかもしれない。
その時、自分が割り込んでエレノーラを引きずって逃げられるのか…
魔法院の中でも一際強い魔力を持つランディーでも、
この魔獣に立ち向かう自信はなかった。
それでも救出方法を幾つか考えた。
絶望する訳にはいかなかった。
エレノーラ自身が立ち向かう決心をしているのだから、
何らかの決着は付く筈だから。
大きな波が川原に広がっていく。
この川原を決戦場に選んだのは正解だった。
川幅の狭いところならすぐ相手の操る水に飲まれてしまうだろう。
波に乗って川原に打ち上げられた水の魔獣は、
魚ではなかった。
4本の足をもった、蜥蜴の一種の様だった。
ただし、20ftを超える全長を持つ巨大な魔獣だった。
水中を前に進むというより、浮かぶのに適している様な、
平たく水平方向に丸まった先端の上に2つの鼻の穴があり、
両側に小さい目が付いていた。
危険な事に、黒っぽい身体の先端だけ赤かった。
普通、目立つ色をした生き物は
毒を持つか強大な攻撃力がなければ生き延びられない。
こいつがどちらを持つにしても危険極まりなかった。
だから、最初の一撃はエレノーラの特大アイスランスとなった。
うなりを上げて飛んでいくアイスランスは、
魔獣の顔面から1ftの距離で溶けて砕けた。
「なっ!」
エレノーラもランディーもそれしか声に出せなかった。
あの魔獣は魔法防御ではなく、
魔法自体を奪ったのだ。
まずい。巨大な水量を操る相手に、
大質量のアイスランスが通用しなければ
最終的にこちらが水に溺れる未来しかない。
せめて相手を防御に専念させる様に、
通常のアイスランスを3連発撃ち込んだが、
魔獣は表情一つ変えずに(爬虫類には元々表情はないが)四散させた。
焦って中途半端なアイスランスを打つが、
やはり四散させられる。
ところが、全て同じく魔獣から1ftの距離で魔法を奪われる。
1ftに何があるのか?
一瞬気を取られた隙に、魔獣が波を操って攻撃してきた。
ウォーターウォールで防御するが、
水の壁を乗り越えた水に巻き込まれる。
(それでも水なら!)
水をコントロールして両側にはじく。
うん?
気を取られた隙に再度波が来る。
今度は波自体を最初から弾いてみる。
波はエレノーラを境に両側に別れていく。
こうして水魔法のコントロールは奪えるのだから
相手の魔力はエレノーラと比べて過大という事はないのだ。
それは向こうから遠くてこちらからは近いから
魔法行使力と魔法干渉力のかけ合わせで近距離の方が勝つからだが。
それなら相手も1ftより遠くで奪えるのではないか?
こんどは相手も波を止めて巨大なウォーターボールというより
ウォーターランスを丸めた様な水量を打ってくる。
攻め続けられては1ftの謎が分からないままだ。
その巨大ウォーターボールをそのまま凍らせて打ち返す。
やはり相手の体表から1ftを境に溶けていく。
体表近くに何かある?
いずれにせよ魔法行使力と魔法干渉力の関係で、
近づかないとあの1ftの壁を乗り越えられないだろう。
再び相手が打ってきた巨大ウォーターボールを凍らせて打ち返し、
それを追う様に魔獣に走り寄る。
相手が溶かす前にコントロールを放棄し自由落下に任せるが、
相手は衝突寸前の1ftで溶かすことしかしない。
つまり、魔法を意図して奪っている訳ではなく、
それは反射動作の様なものなのだ。
衝突前にコントロールを放棄したのは観察の為ではない。
その後ろでアイスランスの連続攻撃をする為だ。
アイスランスを放っては途中で自由落下に任せ、
連続攻撃をする。
その間に相手に接近するのだ。
その1ftの防御が反射動作なら他の動作でこちらを攻撃する筈だが、
それはなかった。
つまり、1ft防御は意図した魔法なのだ。
簡単に魔法を奪い合う両者に、ランディーは驚愕を隠せなかった。
属性が同じだからとは言え、これが上級魔獣や伝説の魔導師の戦いなのか。
挙げ句に接近して行くエレノーラの無謀さに、
馬鹿野郎、そんなに近づかれたら、何かあった時に助け様がないじゃないか、
相手が格闘戦を選んだらどうするつもりか!
と憤慨するしかなかった。
コモドオオトカゲとオオサンショウウオのあいのこみたいなイメージですが。
全長6mだと初期の合衆国の荷馬車からはみ出るサイズ。