2−27 公爵領での討伐(4)
昨日の魔鹿との戦闘で精神的に疲れているらしい。
眠りが浅かった。夢さえ見ない。
早朝の喧騒で、もう眠れなくなった。
喧騒は合流部隊の先鋒だ。
次々と馬と馬車がやって来る。
こちらは朝食を取り、合流部隊は暖かい飲み物で身体を温める。
今日は小さい群れを蹴散らした後に
魔獣生息領域近くの大きな群れを殲滅するとの事だ。
昨日同様に大きな群れは近くに作った陣地で監視しており、
柵である程度行動を制限しているとの事だ。
昨日みたいに柵が壊されていなければ良いが…
小さい群れを殲滅した後、
大群を監視する陣地に入る前に早い昼食を取る。
陣地での煮炊きは煙を立てない様に小規模で行う為、
この部隊全部を賄えないのだ。
固めの黒パンとスープが支給される。
この位粗食でないと戦場らしくないから丁度良い。
しかし、何か湿気が気になる。
連日の大群との戦闘で心が毛羽立っているのか。
纏わり付く様な湿気が汗を生じさせる。
寝不足の頭が一層苛立つ。
ああ、神経が参っているんだ…
ランディーがこちらを見つめている。
この精神状態がバレているのだろう…
「疲れたか?」
「寝不足なだけです…」
疲れは否定できない。精神が疲れているんだ。
「気合を入れるのは陣地に入ってからで良い。
すこし力を抜け。」
「はい…」
周りの目もある。
情けない姿は見せられない。
我々、王都から来た魔導師が攻撃力の中心なのだ。
周囲を不安にさせれば、統率が乱れ損害が増える。
目を軽く閉じ、深く息を吐き、ゆっくり吸う。
纏わり付く湿気が抜けない気がする。
気の所為だと分かっているのに…
陣地の柵の上の台に登る。
土魔法師の掘った溝で突進力を落とし、
最終的に柵で防御しているのは今までと変わらない。
今日も誘引役は侯爵の部隊だ。
昨日の反省から魔法師を増やしているらしい。
今度は計画通りに黒狼を連れ出した。
ランディーと私が合わせて30連発のアイスランスを放つが、
次の波が続く。
再び二人で30連発を放つ。
怖気づいて引き返そうとする残り10頭を背後から
アイスランスで突き刺す。
これで今日の討伐は終わりの筈だが…
ここで漸く、湿気の正体に気づいた!
何て事!
見られていたんだ。
さっきからずっと。
「ランディー!」
「何だ!」
「見られてた!何てバカなんだ、私って!
ずっとずっと気づいていたのに!
これが水魔法の探知だって気が付かなかったなんて!!」
「エレノーラ!!!」
ランディーが一喝する。
え?
「落ち着け!
まず、何が何を見ていたんだ?」
落ち着く…慌てていたか?
私?
ぶるぶると首を激しく振る。
纏わり付くこの湿気が私を揺さぶっているんだ。
「水魔法を使う相手が、私を見ていたんです。
昼食の頃からずっと。
湿気が気になっていたんだけど、
これが水魔法による探知なんです。」
「湿気による探知?
聞いた事がないが、
水中の敵を水を震わせて探知する事に近いのか?」
「多分違います。
空気中の魔法子と湿気を相手に接触させ、
自分と繋いでいる様です。」
「魔法行使力も魔法干渉力も充分ないと使えそうにないが。」
「多分、細く伸ばして魔力の拡散を防いでいるんだと思います。
それで普通の魔法干渉力より距離を稼げるんだと。」
「…魔法談義は後にしよう。
それで、相手は何者だ?」
「右側に流れる川を多分ビッグウェーブで水の塊を動かして
移動しています。かなり大きい水の魔獣です。」
「自分で積極的に魔法を使う魔獣は上級魔獣だ。
最後に上級魔獣が討伐されたのは500年以上前の話で、
その後は不確かな目撃証言しかない。間違いないのか?」
「3マイル離れて魔力が大きいと思える生き物が人間の訳ないです。」
3マイル離れた魔獣を感じられる人間なんていないぞ?
普通は。
ランディーはそう思ったが、口には出さなかった。
「だが、上級魔獣をここの魔法戦力では倒せないぞ?
もっと大人数で魔法の連続攻撃をしないと無理だ。」
「でも、川を下って来るんです。
このまま下流へ進まれてセブン川に入られる訳にはいきません。
おまけに、あいつは私を見て、やって来るんです。
少なくとも集落には向かえません。」
セブン川には上流に北運河が、下流には南運河が接続しており、
王都横を流れるテーマ川と接続している。
水棲の上級魔獣がセブン川に入るという事は、
その後に王国全土殆どの場所を襲う可能性があると言う事になる。
勿論、王都も標的に成りかねない。
普段は「様」付けのエレノーラが呼び捨てた段階で
おかしいな、と気づいた様です。
ランディーは。




