2−22 冬の魔獣討伐(1)
冬休みが終われば、学院で魔獣討伐演習が行われる。
2年でも少数の黒狼まででそれより強い魔獣は現れない、
筈なのだが、昨年に問題が起こっている以上、
備えない訳にはいかない。
という理由で、魔法院ではエレノーラに中級魔獣を狩る
訓練を行わせる事になった。
実態は比較的王都に近い貴族領での魔獣減らしだ。
川を下って移動に4日、現地討伐期間を4日、
王都に戻るのに馬車で6日かける。
実に2週間も婚約者候補教育を休む事になる。
非常に申し訳ない事なのだが、王太后からは逆に
「苦労をかけますね。」
と労いの言葉を頂いた。
魔獣討伐は騎士の本職の一つなのに誠に申し訳ない事だ。
王都近郊からテーマ川を少し下った後、
北運河に移り、高低差を生かした流れに乗り、
テーマ川と並びエセックス王国の水運を担う大河、
セブン川に移るのだ。
さらにセブン川を下り、サマセット侯爵領に入る。
セブン川は初めて見ると言うエレノーラに、
ランディーは色気のない事を言う。
「王都の排水に浄水施設を挟むテーマ川と比べると、
こちらは浄水施設なしで排水している都市ばかりだ。
下流になると匂いが増すから覚悟しておけ。」
旅情も何もないね、この人。
サマセット侯爵領の領都にてフレドリック・サマセット侯爵の
嫡男で領地経営に携わるダニエル・サマセットと
寄せ子のロナルド・コヴェントリー伯爵の歓待を受ける。
今回の討伐は2領を2日づつ行う予定だからだ。
因みに侯爵当主は冬の降雪で交通途絶となるのを避けて、
既に王都に移動している。冬が開けると貴族議会があるからだ。
夕食に招かれたが、
ランディーとエレノーラの夏休みの討伐貢献は知られているので、
待遇は良かった。
領都を早朝に出て、伯爵領に入り、
昼に討伐部隊の駐留地である田舎町に入る。
ここで昼食後に装備に着替える。
冬季装備になる為、金属装甲は少なくなる。
例えば帽子は皮の2重層になり、その間に金属の網で強化する形になる。
場合により早朝・深夜の移動になった時に金属が低温で外部または
人体に凍りつくのを避けるためだ。
要するに全体的に夏季より防御力は落ちる。
魔法師による遠距離攻撃が重要になるのだ。
とりあえず町から近い黒狼の小規模の群れの攻撃に向かう。
主力は伯爵領の部隊、
それに王都から派遣された部隊(我々とその護衛だ)、
そして侯爵領の少数部隊が続く。
侯爵領の部隊は要するにランディーと私の実力を
確認する為の参加だろう。
魔法師の支援が充分でないなら大規模な魔獣討伐戦は出来ない。
尤も、小規模の群れでは二人の連続攻撃で殲滅出来てしまう。
伯爵領の部隊は死体を埋めるだけのお仕事になった。
その小規模の群れが町に近づく原因となったのが、
60頭程の黒狼の群れである。
夏季の若い黒狼の討伐が出来なかった為、
こうして中央からの魔法師の支援が必要になったのだ。
この規模になると人間側の損害が避けられない。
行動速度が人間の方が早ければ、
戦場を選べるのならより多い戦力で包囲殲滅が出来るだろうが、
戦闘装備の人間が狼より早い機動が出来る訳がないし、
狼なんだから何なら飛びかかってくる。
局所的な損害は避けられなかった。
夏季討伐時の様に、土魔法師が空堀を掘れれば良かったが、
群れの斥候がやって来てその一鳴きで大群が動き出してしまった。
「エレノーラ、大きいので幾つか穴を掘れ。
その後は小さいので個別に殲滅する。」
「はいっ!」
ランディーの指示に従い
大きいアイスランスの直撃で数頭毎吹き飛ばし、
その部分に空いた穴で黒狼の進軍を制限する。
二人の前には土魔法師が掘りかけた中途半端な穴があり、
その後ろに魔法師の直掩の騎士達が長短の槍を構えている。
打ち漏らしが多数になると私達にも被害が及ぶ可能性があるのだが…
ランディーがアイスランスを20連発、
私が小さいアイスランスを40連発すれば良かった。
土魔法師の掘りかけの穴に近づけた黒狼はいなかった。
のだが。
大群を目にした騎士達の一部には大きなプレッシャーがかかっていたし、
すぐ近くを次々と飛んでいくアイスランスを見せられ、
多くは顔面に直撃したアイスランスが半身をも大きく変形させられた
黒狼の死屍累々たる場面を見せられて限界を越えた者が少なからず出た。
失禁・嘔吐し跪いたまま立てなくなる者が10名以上いたのだ。
小声でランディーに話しかける。
「私も怯えてるフリとかした方が良いでしょうか。」
「何を今更。」
一蹴されてしまった。
魔法部隊を除く全員で死体を埋めた後、
侯爵領に近い村に移動し、騎士達は野営をする。
指揮官達と私達二人は割り振られた村人の家に泊まる。
まだ、こういうお偉いさん扱いには慣れない。
しかも女騎士が私の部屋の前で立哨するのだ。
何様だよ、エレノーラって小娘は。
しばらくランディーと一緒です。
普通の人にとってはちょっと息苦しい人だけど、
エレノーラはヘタに人懐っこい人よりも
実務的な人の方が領地騎士団で慣れているので、
全然平気みたい。