1−8 剣の授業(2)
剣の授業で、デビット・マナーズ侯爵子息と打ち合いをする。
デビット卿は、恰幅のよい…ゴホン、がっしりした体つきの少年だった。
背もエレノーラより高く、上から攻められると力負けするのが明らかだった。
彼本来のやり方は突き主体と思われるが、
2年までは突きの多用は禁じられていた。
防御が未熟な者が多いからである。
だから彼は、小さく振り下ろす剣を突き気味に前に振り出して来た。
(ちょっと、ガンガン踏み出してくると、捌くのも避けるのも辛いじゃない!)
突き押しで攻め続けるタイプだった。
イノシシ君とも呼ばれるやり方だ。
躱して横から攻めに転じたいが、彼もその対処は身につけていた。
後ろ足中心に回転して、踏み出す足を避ける相手に向けて攻め続ける。
最後は体勢を崩されて、寸止め…しきれずに少し強めに首の下を叩かれる。
「それまで!」
負け判定だった。
荒い息を整えながら、対処法を考える。
うまく躱して盾で守らせる…これはこちらが動きを止められてしまう…
やはり互いに回転しながら攻守を変えていくべきか…
負け直後に対処方法を真面目に考えているエレノーラは、
そこまで剣に一生懸命でない、文官寄りの生徒達から見れば、
男勝りの怖い女だっただろう。
「エレノーラ嬢、また頼めるか?」
異流派体験コーナーの時間の様だ。
相手はアーサー・エセックス。この国の第1王子だった。
エレノーラとほぼ同じ背丈で、
明らかにエレノーラより鍛えていない上背だった。
率直に言って、
エレノーラに当てられる相手とは異なる相手といつも打ち合う彼は、
つまり、剣の実力はエレノーラより格下だった。
教師は明らかにレベルの違う相手とは打ち合いをさせなかったからだ。
彼は大きく横に振った剣を避けようとするが、
残念ながら見切りが足りなかった。
盾に当たって体勢を崩し、
エレノーラの返しの大振りを避ける為に大きく下がる。
(場外になっちゃうでしょう!?)
多くの生徒にとって、
この異流派体験コーナーは大振りの剣をうまく避けて、
エレノーラの首から胸の間に剣を当てるだけの簡単なお仕事である。
さすがに王子にそれを経験させずに場外負けさせるのはまずい。
大きく横にステップして、避けても場外にならない様に攻める。
のだが、何分、王子は打ち合いの能力が低い。
振りの速度を変えたり、
ステップで時間調整をして彼の反撃のための隙を見せるが、
避け、守るだけで攻めようとしない。
(何か、焦れてはいるのだけど、普段から耐えるというか、
我慢するのに慣れている?)
打ち合いの攻防は、相手の身体能力、性格等を見切るのが大切である。
弱気で体が固まる様な相手は早めに終わらせるに限る。
(これ以上続けても、お互い得るものが無いよね?)
横振りの剣の軌道が下から上向きに王子の剣に当たる。
軌道が見切れていない王子は剣を弾かれてしまう。
首筋に寸止めで剣を当てて、終了である。
(よくやるよ)
デビットも、ポール・サマーズ公爵子息も、
その他の者達も、
王子に花を持たせるより
自分の剣術を大切にするエレノーラの真面目さに歎息した。
1組の令嬢達はエレノーラの事を
王子を誑かすために田舎からやって来た身の程知らず、
と馬鹿にしているが、
こんな現場を見れば、そんな揶揄が的外れな事は明らかだった。
「エレノーラ嬢、ちょっとこちらに。」
教官に呼ばれる。
演習場の隅で話すには、
「お前なぁ、王子の性格を探ろうとするなよ。」
この教官、既にエレノーラの事は部下か仲間扱いの口ぶりである。
エレノーラも地元騎士団でおっさんには慣れているが。
「探る積りはなかったんですよ?」
「でも分かったろ?」
「いや、反撃練習になる様に工夫してただけですよ?」
「まあ、そうだろうが…
うん、俺が悪かった。
お前みたいな猛獣には、それなりの相手以外当てないことにする。」
「猛獣じゃないですよ、れっきとした令嬢ですが?」
「剣の授業中にお前のことをそう思う奴は一人もいねぇよ。」
酷い言い草だった。
さて、アーサー王子にとって、
女性と剣を交わすのは初めてだった。
何せ年頃の男の子である。
変な所に剣を当てたらまずいな、等と考えて打ち合いに望んだ。
弱い訳である。
但し、彼から見て、エレノーラは靭やかな猫科の獣だった。
見とれながらも、女の子に負けたら格好悪いな、
等と打ち合いの最中に今更ながら考えていた。
弱い訳である。
そういう訳で、負けて落ち込んだのだが、
そこは王子である。
顔には出さず平静状態を保った、
と見えた筈なのだが。
そろそろ目玉商品を陳列しないと客が来なくなるかな、
と王子を投入しましたが...
王子ぃー...
って感じですね。
ダメ男くんに書きたかった訳ではなく、
普通の中学1年生の男の子なんてこんなもんでしょ、
という書き方です。
次に出てくる時はちゃんと王子の仮面を被って出てきます。