2−17 シンシア・ラッセル訪問
ノーマン・クリフォード経由で魔法資料を渡した後に
手紙のやり取りをしたお陰で、
少しは親しくなったシンシア・ラッセル公爵令嬢が、
冬休みに王都で一度お会いしたい、と申し入れて来た。
公爵令嬢からのお誘いは断れないが、一応王太后に相談する。
「魔法の事でお悩みのシンシア様が相談に来られるとの事なのですが、
一応、第1王子の婚約者候補の私が無闇にラッセル公爵家に近づくのは
問題にならないでしょうか?」
「公爵家当主と商談などという事でしたら問題もありましょうが、
年頃の娘同士が茶会をする事は問題ないでしょう。
但し、当主と何らかの利害関係の話がある様でしたら、
報告はしなさい。」
「わかりました。相談に乗って頂き、ありがとうございました。」
「その件ですが、シンシア嬢とはあちらの3人も面識があるので、
初回は彼女たちを連れていけば、
あくまでシンシア嬢との用事であるとの証明になるでしょう。
誘ってみてはどうかしら。」
「はい、わかりました。ご指導頂き、ありがとうございました。」
当日は4家の馬車がラッセル公爵家のタウンハウスに乗り付けたが、
何せ公爵家である。例え数十家の馬車が来てもびくともしない広さがある。
「皆様、ご無沙汰しております。
シンシア・ラッセルでございます。
ごきげんよう。」
婚約者であるノーマンを隣に、シンシアが挨拶をした。
3人娘達は思わず絶句してしまった。
魔法適性調査で魔法が発動しなかったという事で
領地に引きこもってはいたが、
それ以前に会った時は、
明るい笑顔のシンシアだったのだが...
(陽の当たる場所に咲く花の様だった彼女が、
今はまるで夜に咲く花の様...)
シンシア嬢は、俯き加減の心細そうな作り笑顔で挨拶をし、
そのまま俯いてしまったのだ。
陽の光を見ようとしない花の様だった。
エレノーラには他人事ではなかった。
シンシアは10才の時に魔法の才がないと言われてから、
色んな人に叩きのめされて来たんだろう。
魔法が使えないというだけで全てに対し自信を無くしている姿は、
一年前の自分の姿だった。
何とかしてあげたい、とは思うけど…
本当は、ここで何らか効果のある事はしないつもりで来ていた。
これまで公爵家のお抱え魔法師や教会の治療師など
何人もが診た挙げ句の現状だろう。
もし何か効果がある事をやってしまえば
学院内や魔法院で何かやるのとは違い大きな軋轢を生むだろうから。
但し、状況は分かった。原因も多分分かるし、
解決は問題なく出来るだろう。
後は私が敵を作るのと、彼女の人生を日陰のまま放置するのと、
どちらを選ぶかという問題で、考える時間が欲しいのだけど...
アンジェラもグレースも既に私の逡巡に気づいてしまった様だ。
目を細めてじっとこちらを見つめてくる。
それ、もう睨んでるよ...視線で人を殺せないか、この人達。
これだから未来の国母なんて連中は!
だから、アンジェラが場を仕切る事にした様だ。
シンシアが俯いてしまっている以上、誰かが場を動かす必要があったのだ。
「シンシア様、ご無沙汰しております。
アンジェラ・フィッツレイです。
多分、優先すべきお話がある様ですから、
私が皆を紹介させて頂きますね。
こちらがグレース・ゴードン嬢、その隣がエリカ・スペンサー嬢、
私含めて3人は覚えていらっしゃいますよね?
その隣がエレノーラ・スタンリー伯爵令嬢、
文通なさっているとの事でご存知かと思います。」
アンジェラが目で合図をするので、仕方がなく挨拶をする。
「お目にかかるのは初めまして。エレノーラ・スタンリーです。
このまま、話を続けてもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。」
シンシアが少し顔を上げて言った。
「初対面の挨拶のすぐ後に不躾なお話をさせていただき申し訳ありません。
また、ご機嫌を害する恐れのある話で申し訳ありませんが、
私の見立てでは、シンシア様がお持ちの問題点について、
この冬休み期間中に改善されても、
多分、2組の平均程度の魔力が上限と思われます。
公爵令嬢としては居心地の悪い学院生活になると思われますが、
解決をお望みでしょうか?」
は、と全員の瞼が見開かれた。
シンシア嬢も顔を上げた。
「すみません、仰っている意味が良く分からないのですが...」
「水魔法師の一部の人間は、水魔法の関係で魔法感受性が高く、
人間や魔獣の魔力の検知が出来ます。
その関係で私もある程度、その人の魔力を感じる事ができますが、
それからすると、シンシア様の魔力は2組、
つまり下級貴族の平均程度と思われます。
頭部付近ではそれだけ魔力が発生しているのですから、
伝達経路上を追っていけば問題点は判明すると思います。
私には部位の特定までしか出来ないかもしれませんが、
とりあえずひと月、診断と練習を進めてみてはいかがでしょうか?」
「それは...私も魔法が使える様になる、という事なのでしょうか...」
「問題が解決できれば、の話ですが。
魔力はお持ちですので。」
「私...でも、魔力があるなんて...誰にも言われた事が無くて...」
誰にも、ね?それは興味深い話だ。
震えて涙を流し始めたシンシア嬢に対して、
隣のノーマンが左手を肩に置き、
右手に持ったハンカチでシンシア嬢の瞼を抑えて言う。
「シンシア、取り敢えず話を聞いてやってみよう。
言われる様に進めてみて、その結果を見てどうするか考えようよ。」
うん、うん、と頭を小さく動かすシンシア嬢に対し、
ノーマンは黙って彼女の瞳をハンカチで抑え続ける。
(やっぱり年上の婚約者って良いわね。)
(男性にはこういう包容力がないとね。)
見ている2人はカップルの姿に胸を熱くしていたが、
残りの2人は...
(うんうん、エレノーラが何とかしてくれるから!)
(魔力とか、人間性と関係ないところで差別されると辛いよね)
と色気が足りない感想を持っていた。
シンシアが上手く動いてくれなくて第3稿です。
脚本家が原作を改竄するのは、
こういう腑に落ちない点があってするんじゃないか、
と、ふと思いました。