1−7 放課後の図書室
水魔法の参考書を読むと、
水魔法の治癒と水魔法の植物育成促進が載っている。
治癒も植物の育成促進も内部の水分を移動させるのだが、
呪文が結構異なる。
人体内には脳内の魔法機関と、主な魔力放出場所である手や足に魔法信号を繋ぐ神経系があり、
ここを流れる魔力が外部から体内に魔法を流すことを阻害するからだ。
もちろん、自分の体内であれば強化魔法の要領で該当する箇所に魔力を流せば問題無い筈だった。
そして、聖魔法の治癒が有効なのは、
通常は人の体内に浸透し難い外部からの魔力が、
聖魔法では浸透力が高いらしく、
水魔法の治癒より数倍効果が高いらしい、と参考書には書いてある。
(ふ〜ん。)
エレノーラにとっては他人事である。
むしろ植物育成促進魔法が水魔法と土魔法でどう違うかの方が大事である。
特に秘密と思ってはいないのだが、
エレノーラは水魔法と土魔法が使える。
攻撃力がない土魔法は親に申告する必要がないと考えているだけである。
その、使える土魔法が植物育成促進である。
もちろん、呪文なしで地元ではやっていた。
川沿いの道を歩きながら、花の咲く草を見つけては魔力を注いで蕾が膨らむ様にするのである。
(呪文はどうなっているのかな、と。)
土魔法の参考書を初めて開いてみる。
(水魔法と色々違う呪文なんだ…)
土に穴を空けたり、逆に持ち上げて壁にしたり。
(たまには土魔法も練習してみれば、何か上達のコツが分からないかな?)
土魔法の方は完全に興味本位である。
だってエレノーラは水魔法で授業をうけているのだから。
評価されるのは水魔法だけである。
放課後の図書館は割と閑散としている。
いるのは殆ど平民だ。
エレノーラ同様、家庭教師について習っていない平民で真面目な人は、
図書館で勉強している。
そんな中、司書が近づいてきて言う。
「こんにちは、エレノーラ嬢、よろしいかしら?」
図書館の常連であるエレノーラはもう司書に名前を覚えられている。
「こんにちは。何か御用ですか?」
「1年の土魔法の参考書を読みたい人がいるのだけれど、
あなた読んでないかしら?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと興味本位で読んでいました。」
司書の後ろに同じクラスの平民の女の子が立っている。
勉強の邪魔をしてしまった格好だ。
「はい、どうぞ。」
「もう良いの?」
「勉強していた訳ではないので、読みたい人がいるなら譲りますよ。」
「ありがとう。マリーさん、あなたからもお礼を言って頂戴。」
「あの、申し訳ありません。お読みでしたら良いです。」
平民の彼女は伯爵令嬢に本を譲らせた事が不敬でないか心配している様だった。
「大丈夫、勉強していた訳ではないから。」
口元を少し上げる程度に微笑んで見せる。
この程度の愛想笑いはいくら悪ガキに囲まれて育ったエレノーラでも出来る事だった。
なのに逆に恐縮されている。
「あの、あの、本当にごめんなさい…」
うん、そんなに私が怖いのか…剣の授業を見ていなければ、大人しい女に見える筈なんだけど。
「マリーさん、こういう時は、ありがとう、って言うものでしょう?」
司書まで宥める始末。
「あ、ごめんなさい!…いえ、ありがとうございます。」
「同じクラスなんだから、そこまでかしこまらなくていいのよ?」
「はい…ありがとうございました。」
彼女は最後まで固いままだった。
ここまで怖がられるとあんまりなので、
その後に図書室で見かける度に、彼女に声をかけることにした。
彼女も真面目なのか、地元の期待の星なのか、
図書館によく来る人だった。
魔法以外の勉強もお互いしているので、
隣に座って勉強する様になった。
主人公に話し相手がいないと作者も辛いです。