2−9 王子の執務室(3)
アーサーの執務室に入室すると、
マイクとギルバートは手を挙げて歓迎の意を示してくれるが
アーサーは机に肘を付いて俯いたままだった。
またか。
アーサーを刺激しない様にマイクに近づく。
足音を立てない事にギルバートが驚く。
いつのまにこんな足運びを身に付けやがった!
と目を剥くが、何のことはない、令嬢教育の賜物である。
エレノーラは小声でマイクに話しかける。
「今度は何を言われたんです?」
「や、昨日はエリカではなくアンジェラなんだ。」
完膚なきまでに正論で叩かれたんだね…
後学の為に一字一句正確に思い出させて聞き取りたい所だが、
傷を抉る事になるから無理だろう。
アンジェラの気に障る様な事はやりたくないし、
すぐ直せる事ならアーサーもあんな顔をしてないだろう。
顔は見えないが。
気分転換でもしてもらう、その位しか出来そうにないなぁ。
「じゃあ、気分転換に庭園にでも散歩に行こう、
と誘った方が良いですか。」
マイクからすればまだ残暑の残る秋の日中に
外を歩くなんて真っ平だった。
「それより、いつものをやった方がいいだろうよ。」
「いつもの、って?」
「みんなで考え、みんなで調べようプロジェクト。」
あれはそんな名前なのか!?とエレノーラは思ったが、
それより大事な事がある。
「それで機嫌が上向くとでも?」
「まあ、メンバーとして必要とされている、と思わせれば上向くだろうよ。」
マイクが言っているのは、お前が必要としていると示してやればいいのさ、
と言う事だがエレノーラには伝わらない。
「ええと、じゃあ何やります?」
「丁度、ここに案件が一つある。
これをやれば良いだろう?」
地方都市への書籍流通状況改善案…
本好き(趣味は悪いが)のマイク向けの案件だろう、
それを皆でやらせようと言うのか。
まあ他に案件を探すよりさっさと進めた方が良いか。
優しい声でも作って話かけるか。
「殿下、お取り込み中申し訳ありませんが、
プロジェクトを始めたいと思います。
黒板の前への移動をお願いできますか?」
「あ、ごめん、気が付かなかった。
え、プロジェクト?
うん、分かった始めよう。」
…私の優しげな声に驚いたのか?
まあそこは考えないでおこう。
「3都市の書籍流通量は人口比というより経済規模に比例します。
図書館が唯一ある都市では推定入館人数の8割が週末に集中しており、
つまり余暇が得られる時に読書をする訳で、
余暇が得られる様な富裕層が当然読書をしており、
また識字率が高いのも富裕層です。
富裕層は家庭教師が付きますが、
貧困層は修道院などの付属施設で学ぶしかありません。
よって書籍流通状況の改善は経済状況の改善が必要です。」
「身も蓋もないまとめだな。」
「では、マイク様は何かご意見がありますか?」
「じゃあ学校を増やす。」
「誰が費用を負担するんですか。」
「公的予算には限りがあるからな。
ギルドやら経済界から出させる。」
「案としては悪くないでしょうが。
メリットのアピールが必要ですね。
では殿下、識字率向上と書籍の流通、教育とその費用について
ご意見を伺いたいのですが。」
「教育については地方では修道院に任せっきりだから、
何らかの私塾を普及させる案が必要だろうね。
只、もう少し気軽に文字を学ばせる方法が必要だとも思う。」
アーサーは真面目な子だから、
課題を与えれば考えてくれる。
成る程、プロジェクトをするのが正解な訳だ。
「そうですね、お祭りにやって来る芸人や吟遊詩人等の劇作を
文字にして読ませる等の娯楽で言葉を覚えさせる等
考えた方が良いかもしれません。
ギルバート様のご意見は?」
「よくわかんねぇ。」
「…軍事で言えば、命令書が読めないと困るし、
軍事解説書が読めないと出世は出来ないですよね。」
「そりゃそうだ。
成る程、騎士団の入団試験に筆記試験があるのは貴族なら問題ないが、
多くの騎士が必要なら平民層への教育も重要な訳だ。」
「そうなりますね。
まあ、教育に関しては次回にまた考えましょう。」
ここでアーサーが休憩を提案する。
お茶で喉を潤してから、アーサーが訊ねてくる。
「魔法実技の授業で水魔法を指導している様だけど、
問題ない?」
「勿論、問題はありますが。
1組は魔力の平均値が2組より高いけれど、
中級魔法の発動には足りない人もいるんです。
そこの指導が率直に言えばどうしようも無いんです。
だましだまし何とか指導していますけれど。
本来は教師が長年のノウハウを活かして指導するべきなんです。
その辺りは、火魔法ではどうでしょう?」
アーサーも苦笑するしかない。
「細かい指導はしていないから、
ノウハウが蓄積されている様には見えないね。」
「でも、同じ生徒としては、
なるべく皆に辛い思いをして欲しくないから、
なんとか指導したいんです。」
「本来はどういう指導をして効果があったか無いかを記録して
次の年はそれを活かして違う事をやるとかしていくべきなんだけど、
多分、教師は良否を振り分ける事しかしていないんだろうね。」
横で聞いているマイクとしては心の中で突っ込むしかなかった。
アーサー。訊きたい話は違うだろう。
コリンとかキースとか。
まあ、つまるところ、この二人は共に色気が足りないんだろうなぁ。
色気、と言うが、
ポーズとしての色気でなければそれは欲望の存在を意味する。
アーサーには欲望の持ち様がなかった。
決定権が自分にないからである。
父は子としては愛してくれているだろうが、
王としてはもっと慎重である様に見える。
権力者として最も警戒するのはナンバー2である。
王太子、王妃、筆頭貴族である。
王太子が王の決定を蔑ろにする場合、彼は王太子を変更するだろう。
エレノーラに至っては、結婚は自分の足枷としか思っていなかった。
相手は魔力は持っていても出世をしない男が選ばれるだろう。
エレノーラとその子を大事にする以外に贅沢が出来ない様な男に
一代爵位を与えて自分を娶らせるだろうと予想している。
エレノーラの子はきっと才能があれば上位貴族に売られ、
才能なき場合のみエレノーラの元に残される。
そんな子供をその父親がどう扱うかは明らかだろう。
そんな時の為に、
エレノーラは魔法の才なき者への指導法を身に付ける必要があった。
だから魔法師の指導を給料も貰わずに続けているのだ。
節分の行事と言えば追儺の行事と思いがちですが、
恵方巻はどちらかと言えば迎春の縁起担ぎの様ですね。
そもそもセブンが売り出す時に恵方巻として売り出したからその名で定着したというくらい、
最近の風習。
10年近く前にご近所のスーパーで大量に売れ残っていて
その時初めて食べた位です。
半額でなければそんな怪しい風習に乗りませんよ。