2−7 2年1組の魔法の授業(4)
一応、スプリングの呪文による魔法発動は全員出来た。
5人は水の量と発動距離を練習していく必要があるが。
「なあ、そろそろ俺達は次の魔法やっちゃいけないか?」
コリンはもうスプリングは飽きたらしい。
そんな気はしてた。
「一応用意してはあるんですが…
まあ詠唱だけ皆でやりましょうか。」
次の中級魔法は水で結界を作るウォーターボックスだ。
カバンに入れておいた資料を配る。
水魔法師は水に濡れる事があるから、
魔法実技の授業にはカバンにタオルを入れて持ってくる事が必要なのだ。
そこについでに入れておいた。
「おうっ!待ってました!」
コリンは元気だよね。まあキースも機嫌は逆方向だが元気な発言が多い。
色々持て余す年頃か。
カーラもしげしげと眺めてくれる。
野郎どもに知性を感じないだけに、
こういう落ち着いた人がしっかり読んでくれると嬉しい。
まず資料をしばらく読んでもらう。
「呪文構造から見て、ウォーターシールド系の魔法となります。
最初はウォーターウォールを丸くして囲ってみる、
という感じです。
最終的には内部空間に物を閉じ込める形になりますが、
当面はウォーターウォールの変形として練習して慣れるのが良いでしょう。」
皆で3回詠唱だけしてみる。
スプリングが出来た4人も、
まだこの魔法は練習不足との事で、
カーラーが形になった以外の3人は崩れてしまう。
というか、ウォーターシールドと類似点があるのにアクセントが変な人がいる。
「えーと、コリン様、
ウォーターシールドを唱えてみてもらえませんか?」
「あいよ。」
やはりアクセントがおかしい。
「最近、家庭教師にウォーターシールドの詠唱を聞いてもらった事は
ありますか?」
「ないよ、入学前に教わったからな。」
…ちょっと復習した方が良いね。
「それでは、一度ウォーターシールドの呪文を復習しようと思います。
類似点を正しく詠唱して欲しいので。」
私が詠唱した呪文を同じ様に復唱してもらう。
ちょっとアクセントが変な数人が直っていく。
「些末な事ですが、3年のアイスボックスにも関わるので、
注意して下さいね。」
カーラーが一言口にする。
「こういう類似は他にもあるの?」
「そこは資料に書いていくつもりですので、
そちらを参考にして下さい。」
「分かった。」
スプリングが問題ない4人はとりあえず相互に気づいた点を指摘しながら
練習してもらう。
残り5人はまだスプリングの練習だ。
本来、1ヶ月はこれの練習をする筈なんだ。
キースが文句を言いながら質問をしてくる。
それでもちゃんと質問してくれるだけ良いか。
「何か、水の量を増やす手っ取り早い方法はないのか?」
「それでもこの呪文は、魔法行使力が低めな人に合わせて作ってある様ですよ。」
「どういう意味だ?」
「40年以上前に使っていた呪文は、
魔法行使力が多い人向けに作ってあったそうです。
でも、もっと多くの魔法戦力が必要なので、
魔法行使力が低めな人に合わせて呪文を作り替えて、
それまでより多くの魔法師がいざという時に使える様になったという訳です。」
「それって、何か悪い事はないのか?」
「若干魔力を多く使うらしく、
魔法行使力が弱めな人は魔法継続力も若干短くなった様です。
だから、家庭教師は安全を見て、
半時間で練習を止める様に指導してると聞きました。」
「確かに、半時間位で練習を止める様に言われたな。」
練習をしていると、
ダニーの腕の途中で魔法の通りが悪い気がする。
「ダニーさん、左肘の調子が悪いとかあります?」
「今は良いんだけど、冬に左肘が痛い事はあるね。
昔、強く打った事があってね。」
「少し血行が悪いのかもしれません。
魔法練習の前には腕を伸ばしたり縮めたりして肘を温める方が
良いかもしれませんね。」
「え、それって魔法に関係あるの?」
「神経系を通って魔法が伝達すると言われています。
だから、血行が悪いと神経も若干鈍る可能性があります。」
「分かった。これからは腕を温めてから練習する様にするよ。」
キースも気になったらしい。
「それって、俺もやった方が良いか?」
「ダニーさんは左肘の魔法の感じが少し見ていて弱い気がしましたが、
キース様はそれほど顕著には感じないです。
まあ、簡単な柔軟体操をやって見ると良いかもしれません。」
「じゃあちょっとやってみるわ。」
まあ、少しでも血の巡りが良くなれば怒りやすいのが治るかもしれないね。
キーズはやはり元気が有り余ってるらしく、
身体を捻ったり伸ばしたりと暫くやっていた。
まあ、この人だと1時間ずっと練習は出来ないから、
こうして間をおくのは良いかもしれない。
「じゃあ、やってみるぜ。」
と詠唱すると、今までより多めの水が出ていた。
「えっ!?」
6人全員が驚いた。
「効果あるじゃねぇか!」
「間をおいたのが良いのかもしれませんが、
多少は血行が好影響を与えたのかもしれませんね。」
エレノーラ以外が柔軟体操を始めだした。
「その、間をおいて練習するのが良かったのかもしれないし、
それ程の効果はないと思いますよ。」
「そのちょっとの効果が俺達には大きいんだよ!」
そうだろうけど、汗かくほと体操やるのはどうかと思うよ。
しかし、こうやって普通に練習してくれる様になると、
こちらも落ち着くお陰で気がつく事がある。
水魔法師の事じゃない。
練習場の端で練習を行っている、聖魔法師の事だ。
聖女候補、ノエル・アップルトン男爵令嬢。
私が水魔法師として感じる彼女の魔力は、
とてもじゃないが聖女なんてレベルじゃない。
1組の平均位だ。
ずば抜けているのはアーサー、
その他はそれ程差は感じられないが少しずつ差があり、
ノエルはその中に埋没している。
大体、ノエルより教えている講師の方が魔力が強い。
教会上層部も分かっている筈だ。
完全にアーサーの嫁用に選んだ見た目だけの聖女候補なのか。
それとも聖女の魔法は我々が知る物とは別なのか…
そうじゃないとしたら、
そろそろノエルもギブアップして逃げた方が良い筈だ。
婚約者候補の魔法師枠を奪った私が言う事ではないが、
婚約者になれる可能性は、アーサーと直接会える生徒の間だけだ。
なれないならノエルは用済みになる。
聖女候補と言われた女が、その後大した活躍をしない。
出来ない。
その時、いやそうなる前に教会は動くのではないか。
聖女に纏わる教会の闇を彼女は気づいていないのだろうか。
「魔法詠唱の前に柔軟体操をしなさい。」
…本作はシリアス小説です。
基本的には。