2−2 王城での教育(4)
王子の婚約者候補教育の為に王城にまた来た。
エリカが近寄って来るが、いつもと様子が違う。
何か、こう、公爵令嬢の威厳の様なものが翳っている様な?
「あのね、エレノーラ、この間殿下に私の事で何か言ってくれた様だけど、
そういうのいいからね。」
「あの、もしかして上手くいかなかったのでしょうか?」
「いや、そんな事ないから!」
「その、何かあったら仰って下さいね。
普段お世話になっているだけに、
必要なら泥でもなんでも被りますから。」
ひー…お世話してないよ、小言やら皮肉やらしか言ってないよ…
エリカとしては背中に汗をかいてしまう状態だった。
「えーと、でもさ、それであの子と距離が出来たら嫌でしょ?」
「大丈夫です。そこは私の甲斐性で何とかします。」
「その、喧嘩とかしたら嫌じゃないの?」
「それこそ、エリカ様も喧嘩していたら嫌でしょう?
そういう時は言って下さいね。
自分の事は何とかしますし。」
「えーと、何とかなるの?」
「同級生ですから、何とかなりそうな気がするんですがね。」
「え、何とかならなかったらどうするの?」
「…殿下はお優しいから、きっと謝ればお許し頂けますよ。」
優しい?私には微妙だぞ、あいつ。とエリカ的には気になった。
「具体的には、どう優しい?」
「…女の子扱いしてくれますし。」
それだけで!?あれ、でも私の事、女の子扱いしてるか?あいつ。
「その他には?」
「色々気遣ってくれますし。」
…ちょっとこの娘、アーサーの評価甘くない?
話の内容が気になったのか、アンジェラとグレースもすすっと近づいてくる。
「もう、この際だからどこが気に入ってて、どこが駄目と思うかを
はっきり口にしてもらいましょうか。」
エレノーラとしては、
エリカは愛すべきお姉さんに見えるから気安く喋れるが、
アンジェラはもうミニリーダーだし、
グレースは上手くアンジェラの影に入って要領よく振る舞って
正体を隠している、これもとても怖い人と思ってるだけに、
この二人に迫られるとちょっと怖かった。
「ええと、お顔は麗しく思いますが、
むしろ内面的に悩んだり自信がなかったりしていても
頑張って王子らしく振る舞おうとしているのはとても好感を持っております。
駄目っていう点が分かる程親しく出来ていないのでそちらは何も言えません。」
「何気に、自信がなかったり実力の無い点を悩んでいるのはバレているのね。」
あーそこは言っちゃいけない事だったか。
「でも物腰が柔らかいのは好感が持てますし、
気遣いをして頂けるのも有り難い事です。」
「物腰が柔らかいのも自信の無さとも言えるし、
気遣いも余裕がある時だけだしね。
もうちょっと余裕を持てないと男性としてどうかと思うのよ。」
他人の話を聞くというより愚痴になってますよアンジェラ様…
殿下もまだ若いのだから、
皆で守り立ててあげれば段々成長するから、
長い目で見てあげてよ…
王太后が顔を出せずに困っていた。
この娘達の教育より前に、アーサーの教育を進める必要があるんじゃないか、
とは常々思っていた事なのだが。
こう愚痴を聞かされると実感する。
ダンスの授業は女教師の前で模範演技の男女が踊る。
有り難い事に女性はスラックスを履いていて、
ステップが良く分かる様にしてくれている。
ダンスは詰まる所、一つ一つのステップを覚えていくしかない。
舞踊は武道と通ずるものがあるとも言うが、
剣舞の様なものをやらない領地騎士団出の人間としては、
やはりダンスは畑違いなのだ。上達は早くなかった。
尤も、エレノーラは未成年だからまだ夜会などでダンスを踊る事は無い。
次は上期末の冬至祭前のダンスパーティである。
時間的な余裕はまだあった。
歴史の授業は一度古代から現代まで簡単に済ました後、
再度古代からの各国の興亡の詳細を教わっていた。
但し、歴史は勝者が書く。
民衆向けの宣伝である
「前王朝の最後の王は傾国に色を上げ国を滅ぼした」
の類はより現実的な考察を教えられていた。
権力の頂点付近に立つ者は真実を知る必要があるから。
こうなるとその内、現王朝の裏を教えられる日も来るだろうか。
本当に不味い内容は婚約者に決まった者しか教えられないだろうが。
一方で、古代には多発していた神話的な超人魔法使い達の話は
現代に近づくと減っていく。
それら古代の伝説に出てくる竜の類は、現在は存在を否定されている。
歴史に1000年以上、その記載がないから只の神話と見なされた。
尤も、魔法を使うと言われる上級魔獣の数々も500年以上
討伐されていない。真偽不明の目撃情報だけだ。
よって、それらを倒す伝説の魔導士も近代では出現していない。
これらは何らかの目的で残された神話の一部なのだろう。
それら神話の数々に代わって現れたのは、
この国の建国前に現れ始めた聖女となる。
教会は新たな神話でも作るつもりなのだろうか…
教師がその名前を並べていくが、
彼の聖女に対する説明も熱が無い。
明らかに超人と言えるのが初代と7代だけだからだ。
つまり、記録に残る最大の闇魔法である召喚門を打ち破る、
使徒召喚を行った二人である。
こうやって見ると、王国も聖女には冷淡な様だ。
その用意する教師がこんなに冷淡なのだから。
教会の宣伝を真に受けている民衆とは大きな差がある。
その点、いつか教会に足を掬われないと良いが。
成る程、アーサーの婚約者候補に聖女候補が入らない訳だ。
少なくとも現王は教会の新たな神話を必要としていないと思われるから。
鋼鉄の仮面を被っている筈の公爵令嬢の仮面の隙間から
何か見えてくるとちょっと可愛いですね。
アーサーから見ると「要求高すぎだよ!」と言いたい所でしょうが。